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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第六十七話 崩れる迷宮


 迷宮の入口は、思っていたよりも素直な洞窟だった。


 岩肌の割れ目がそのまま口を開けたような暗がりで、外から差し込む光はすぐ奥で弱くなっている。前回入った迷宮のように、石造りの管理建物の奥から下っていく整った入口ではない。踏み固められた土も浅く、誰かが頻繁に出入りしている様子は薄かった。草は入口の周りで短く途切れ、岩の隙間から湿った空気だけがゆっくり流れてくる。


 ギルは入口の前で一度足を止めた。


 振り返れば、外の空はまだ見える。風もある。遠くの草むらが揺れ、陽の残りが岩の縁を鈍く照らしていた。だが、目の前の洞窟は別の場所へ続いているように冷たい。中から獣の唸り声が聞こえるわけでも、魔物が飛び出してくるわけでもない。それでも、ただの洞窟とは少し違う空気があった。


 まあ、迷宮だしな。


 ギルは息を軽く吐き、肉体強化魔法を身体へ馴染ませた。足裏から膝、腰、背中、肩へと力が通っていく感覚がある。続けて防御魔法を張り、感知魔法を展開した。自分を中心に魔力が洞窟の奥まで拡がり、周囲の魔力反応を拾っていく。


 強い反応はない。


 入口近くには、ほとんど何もいない。小さな点が岩の奥でちらちらしているだけだ。魔物なのか、迷宮内に染みついた薄い反応なのか、一瞬では判別しにくい程度の弱さだった。


「……うーん」


 ギルは少しだけ首を傾げ、それから洞窟へ足を踏み入れた。


 足音が思ったより大きく返ってきた。石を踏む音が壁に当たり、少し遅れて耳元へ戻ってくる。入口付近は暗い。だが、完全な闇ではない。外の光が背中から差し込み、足元の凹凸くらいは見える。進むほどその光は細くなっていくはずなのに、数十歩ほど歩いたところで、ギルは違和感に気づいた。


 暗くならない。


 いや、最初より少し明るいかもしれない。


 岩肌の奥に、淡い白さが滲んでいた。燭台の火のように揺れるわけでも、陽光のように差し込むわけでもない。岩そのものが薄く光を含み、洞窟全体をぼんやり浮かび上がらせている。足元の石、壁の窪み、天井から垂れた小さな突起が、輪郭だけを柔らかく現していた。


 迷宮の特徴なのかな。


 前回の迷宮も、地下に森があった。空ではないのに明るく、薪の木まで生えていた。あれはあれで意味が分からない場所だったが、迷宮とはそういうものなのだろう。常識に合わせて眺めるより、目の前にあるものをそのまま受け入れた方が早い。


 ギルは感知魔法を維持したまま進んだ。


 洞窟の道は細くない。馬車は無理でも、人が数人並んで歩くくらいの幅はある。足場はやや湿っていたが、滑るほどではなかった。壁の一部には水が流れた跡があり、天井から落ちた水滴が岩の窪みに溜まっている。ぽたり、と音がした。遅れて、また別の場所からぽたり、と落ちる。


 やがて通路が広がった。


 視界の先に、大きな空間が口を開けている。


 ギルは歩く速度を少し落とし、感知魔法の範囲を拡げた。大きな魔力反応はやはりない。代わりに、小さな反応が点々と散っている。壁際、足元、岩の隙間。強さはどれも頼りない。サーベルタイガーのような圧はまるでなく、フォレストディアほどのまとまった反応すら見当たらなかった。


 空間へ入る。


 そこは、前世的に言うのであれば、鍾乳洞に似ていた。


 天井から白っぽい石の柱が垂れ、床からも同じような突起が伸びている。水滴を含んだ石肌は艶を帯び、全体が薄く光っていた。奥まで見える。広いには広いが、果てが見えないほどではない。天井も高いとは言えず、前回の迷宮で見た森の天井を思い出すと、どうしても小さく感じてしまう。


 足元には草が生えていた。


 岩の裂け目や湿った土の溜まりに、細い葉がまとまって伸びている。地上の草と同じなのかは分からない。ただ、珍しい素材というほどの存在感はない。薪の木のように、探索者の収入になるものが見えるわけでもなかった。木もない。倒せそうな魔物もいない。光る岩を削れば何かしらになるのかもしれないが、少なくともギルの目には価値があるようには見えなかった。


「思ったより普通だな」


 声が空間に広がった。


 返ってきた反響も弱い。


 もっと、こう、迷宮らしいものを期待していた。


 前回は地下に森があり、小川があり、薪の木があり、ホーンラビットやフォレストディアが出た。奥へ行けばサーベルタイガーまでいた。危険ではあったが、迷宮らしい面白さは確かにあった。だから今回も少し期待していたのだが、目の前にあるのは、うっすら光る鍾乳洞と申し訳程度の草、それから弱い反応だけだ。


 ギルは感知魔法で近くの反応を確かめた。


 右手の岩陰に一つ。


 近づくと、小さな影が走った。ネズミに似た魔物だった。普通のネズミより胴が太く、背中に硬そうな毛が並んでいる。こちらに向かってくる様子はなく、岩の隙間へ潜り込もうとしていた。ギルは指先を向け、攻撃魔法で軽く貫いた。


 魔物は小さく跳ね、すぐに動かなくなった。


 残った魔力反応も弱い。


 魔石を取れるとしても、小さいだろう。わざわざ持ち帰るほどではない気がした。


 今度は左の壁近くで、虫のような魔物が石の上を這っていた。甲殻がある。大きさは手のひらほど。攻撃魔法で焼くと、乾いた音を立てて落ちた。これも大した反応ではない。


「うーん……これはなあ」


 ギルは腕を組んだ。


 この迷宮に、大型の魔物はいないのかもしれない。


 いや、以前はいた可能性もある。だが、この程度のネズミや虫ばかりでは、サーベルタイガーのような魔物は腹を満たせない。フォレストディアでも厳しいだろう。草があるとはいえ、量は少なく、森とは呼べない。もし成長途中の迷宮なら、まだ大型の魔物を抱えるだけの環境が整っていないのかもしれない。


 あるいは、それなりに大きな魔物は飢えて外へ出たのか。


 それなら、外で騒ぎになるのも分かる。


 ギルはもう一度、空間全体を見渡した。淡く光る石。小さな草。水滴。弱い魔力反応。どれも悪くはないが、わざわざ長居したくなるほどではない。採れる素材がない。魔物も弱い。魔石も安そう。探索者が入っても、入口近くで小型魔物を潰して終わりだろう。


 つまらない。


 実に、つまらない。


 いや、迷宮に面白さを求める方がおかしいのかもしれない。迷宮は本来、魔物が出る危険地帯であり、資源地でもある。遊ぶ場所ではない。だが、ギルとしては、せっかく入ったのだから何か驚きが欲しかった。珍しい素材でも、強い魔物でも、未知の構造でもいい。目の前の空間は、少し綺麗ではあるが、それだけだった。


 一応、確認くらいはしておくか。


 ギルは奥へ歩いた。


 通路はいくつか枝分かれしていたが、どれも似たようなものだった。細い洞窟道。淡い光。湿った岩。ところどころに草。小さな魔力反応。ネズミに似た魔物が走り、虫のような魔物が壁に張りついている。たまに足元から飛び出してくるものもいたが、肉体強化魔法を使ったギルに当たるほど速くはない。


 攻撃魔法で潰す。


 攻撃魔法で焼く。


 攻撃魔法で貫く。


 どれも一瞬だった。


 奥へ進んでも変化は薄かった。広い空間がもう一つあり、そこには少し大きめの水溜まりがあった。水面は薄い光を返し、天井から落ちる水滴で小さく揺れている。だが、魚のような魔物はいない。水場の周囲には草がやや多く、虫型の魔物が数匹まとまっていた。ギルが近づくと散ろうとしたので、まとめて攻撃魔法で焼き払った。


 焦げた匂いが湿った空気に混じる。


 それだけだ。


「本当に何もないな」


 少し声が低くなった。


 知りたいことはある。


 迷宮がいつから広がるのか。どの段階で森になるのか。薪の木はどういう条件で生えてくるのか。魔物はどこから増えるのか。小型魔物しかいない状態から、フォレストディアやサーベルタイガーが現れるまでに、どれくらいの時間がかかるのか。


 前回の迷宮を見たからこそ、比べたくなる。


 だが、ここで観察を続けるのは無理だった。


 この迷宮はマバール家が管理している迷宮ではない。小領主たちが所有権で揉めている場所だ。ギルが興味本位で通い、成長記録を取るような位置ではない。今は弱いが、迷宮が成長するなら、このまま弱いとは限らない。だが、観察するのは難しいだろう。


 帰るか。


 ギルはそう思って、来た道へ戻りかけた。


 その時だった。


「……ん?」


 足が止まった。


 頭の中に、変な考えが浮かんだ。


 この迷宮は、資源らしい資源がない。


 魔物も弱い。


 魔石も大したことがない。


 薪の木も見当たらない。


 しかも所有権争いをしている連中は、たぶんまともに対応しない。揉めている間に成長して、外へ魔物が出て、近くの平民が困る。小領主たちは互いに責任を押しつけ、結局誰かが被害を受けてから騒ぐのだろう。


 なら。


 これ、壊してもよくないか?


 ギルはゆっくり天井を見上げた。


 淡く光る石の突起が並んでいる。水滴が落ちる。ぽたり、と音がした。その音が、急に間抜けに聞こえた。


 迷宮を壊す。


 普通に考えれば無茶だ。迷宮は地下に広がる巨大空間で、魔物を生み、資源を抱える。前回の迷宮の規模なら、どうこうしようとは思わない。あれを壊せば管理上の問題も大きいし、そもそも有用な資源地を潰すことになる。


 だが、ここは違う。


 弱い。


 小さい。


 つまらない。


 放置すると迷惑。


 所有権で揉めている。


 うん。


 これは俺が対応するべきだな。


 こうなんというか、それが正しい貴族の義務だ。たぶん。


 ギルは口元を少し緩めた。


 実に合理的だ。迷宮を放置すれば周囲の迷惑になる。小領主たちは揉めていて対応できない。資源も大したことがない。なら、規格外の魔力を持つ辺境伯家の三男が、将来の被害を防ぐために処理する。完璧な理屈ではないか。


 いや、ちょっと遊びたいだけではない。


 断じて違う。


 これは正しい行いなのだ。


「まずは天井かな」


 ギルは広い空間の中央へ戻った。


 足場を確かめ、防御魔法を少し厚くする。感知魔法では相変わらず小さな反応が散っているだけだ。近くに大きな魔力反応はない。迷宮内に誰かが入っている様子もない。なら、遠慮はいらない。


 ギルは天井へ向けて攻撃魔法を放った。


 岩が砕ける音が響いた。


 空間全体が揺れ、細かい破片が降ってくる。防御魔法に当たり、ぱらぱらと弾かれた。天井には黒く抉れた跡が残っている。しかし、貫通はしていない。思ったより硬い。少し期待外れでもあり、少し面白くもあった。


「ふむ」


 ギルは目を細めた。


「貫通しないか」


 次はもう少し強めにした。


 同じ攻撃魔法でも、力を一点へ寄せる。広く焼くのではなく、貫くように。天井の同じ箇所へ放つと、今度は先ほどより深く抉れた。鈍い音が腹に響き、白く光っていた石の一部が暗く欠ける。破片が落ち、草の上に散った。


「お、ちょっと穴空いたか?」


 ギルは少し笑った。


 迷宮の天井はただの岩ではないのかもしれない。だが、壊せないわけではない。攻撃魔法を強めれば、きちんと削れる。なら壁はどうか。


 ギルは右手の壁へ向き直った。


 攻撃魔法を叩き込む。


 轟音。


 壁が震え、光が一瞬だけ強く揺らいだ。岩肌が砕け、粉塵が舞う。だが壁全体は崩れない。抉れた跡はあるが、奥まで抜けたわけではない。見た目より粘る。


「おお、耐えた」


 楽しくなってきた。


 ギルは場所を変えながら攻撃魔法を放った。天井、壁、床際。広く焼くように。細く貫くように。薙ぐように。叩き潰すように。全て攻撃魔法だが、使い方を変えれば壊れ方も変わる。光る石は焦げ、砕け、抉れ、草は焼けて黒く縮んだ。虫型の魔物が逃げ出したので、ついでに焼いた。


 音が重なっていく。


 洞窟の奥へ響き、戻り、また別の音と混じる。


 天井から水滴ではないものが落ち始めた。小石だ。細かい土も混じっている。防御魔法の外側で跳ね、足元へ転がる。光る壁の一部が、明るくなったり暗くなったりした。


「ん?」


 ギルは一度手を止めた。


 迷宮全体の光が点滅している?


 さっきまで淡く一定に光っていた岩肌が、呼吸でもするように明るさを変えていた。天井、壁、床の亀裂。その全部が同じ拍子で揺れているように見える。水面にもその光が映り、ちらちらと歪んだ。


「まあ、いっか」


 壊すのが目的なのだ。


 光が点滅するくらい、むしろ効いている証拠だろう。


 ギルはさらに攻撃魔法を強めた。


「よし、今度は全体的に焼き払ってみるか」


 広範囲へ攻撃魔法を広げる。


 空間の壁沿いを舐めるように焼き、草の生えた床を薙ぎ、天井の突起をまとめて砕く。熱と衝撃が重なり、湿った空気が一気に変わった。水溜まりが跳ね、白い蒸気が上がる。虫型の魔物の反応が次々と消えた。ネズミ型の魔物が岩陰から飛び出し、走る前に焼け落ちる。


 迷宮の光が激しく瞬いた。


 さすがに、少し変だ。


 ギルがそう思った時、天井から土が降ってきた。


 ぱらぱらではない。


 ざらざらと、まとまって落ちてくる。


「ん?」


 足元が揺れた。


 感知魔法の中で、小さな魔力反応が乱れた。魔物たちが逃げているのか、迷宮内の反応そのものが揺らいでいるのか、判別しにくい。壁の光が急に暗くなり、奥の通路が影に沈んだ。


「んん?」


 次の瞬間、天井が割れた。


 音ではなく、圧が先に来た。空間全体が上から潰されるように軋み、岩の柱が砕け、壁の亀裂が一気に走る。淡い光が一瞬だけ強く光り、それから途切れた。落ちてくる岩が視界を塞ぐ。土砂が降る。水溜まりが弾ける。


 ありゃ。


 そう思った時には、ギルは埋まっていた。


 上から落ちた岩と土が防御魔法を叩き、周囲を完全に塞いでいく。身体には届かない。防御魔法が圧を受け止め、肉体強化魔法で姿勢も崩れなかった。だが、視界は真っ暗になった。耳元で岩同士が擦れる重い音が続き、足元からも別の崩落が伝わってくる。


 空気が押し潰されるように重い。


 普通なら死ぬ。


 間違いなく死ぬ。


 だが、ギルは無傷だった。


 防御魔法の内側で、少し首を傾げる余裕すらある。岩と土に囲まれた暗闇の中、感知魔法だけが周囲の魔力反応を拾っていた。弱い反応がいくつか潰れ、消えていく。迷宮全体のぼんやりした気配も、どんどん薄くなっていた。


「……崩れたか」


 声は防御魔法の内側で小さく響いた。


 やりすぎたらしい。


 いや、目的は壊すことだったので、成功と言えば成功だ。ただ、もう少し段階的に崩れると思っていた。迷宮にも根性がない。あれだけ耐えていたくせに、一度崩れ始めたら一気に潰れるとは。


 ギルは上を見た。


 もちろん岩しか見えない。


「出るか」


 攻撃魔法を上へ向けた。


 一点を貫くように放つ。


 岩と土が吹き飛んだ。暗闇の中に細い光が差す。続けてもう一度、今度は広げるように攻撃魔法を放つ。頭上を塞いでいた瓦礫が爆ぜ、重い塊が外へ飛んでいく。土煙が一気に流れ込み、崩れた空間の圧が変わった。


 ギルは肉体強化魔法を効かせた足で瓦礫を蹴り、さらに攻撃魔法で周囲を押し広げた。


 崩れた迷宮の残骸が吹き飛ぶ。


 外の光が広がった。


 土煙の中へ出ると、そこはもう洞窟の入口とは呼びにくい場所になっていた。岩が割れ、地面が沈み、土が山のように盛り上がっている。入口の形は崩れ、周囲の草も土に埋もれていた。淡い光は見えない。迷宮内から漂っていた湿った空気も、外の風に散らされていく。


 ギルは肩についた土を払った。


 服は少し汚れたが、傷はない。痛みもない。防御魔法はきちんと働いているし、肉体強化魔法も問題ない。感知魔法を拡げると、地下に残る魔力反応はかなり弱っていた。さっきまであった小型魔物の反応もほとんど消えている。


「やれやれ」


 ギルは崩れた入口を見下ろした。


「根性無しな迷宮だな」


 言ってから、少しだけ頷いた。


 まあ、迷宮も退治できるらしい。


 もちろん、全ての迷宮がこうなるとは限らない。前回のような大きな迷宮で同じことをすれば、もっと面倒なことになるかもしれない。だが、少なくとも小さく、資源も少なく、弱い迷宮なら、強い攻撃魔法を叩き込めば崩せる。これはこれで知見だ。


 ただ、父上やアル兄さんに話したら、どういう顔をされるだろうか。


 ギルは少し考えた。


 うん。


 細かいところは黙っておこう。


 迷宮が危険だったので対応した。


 成長前に処理した。


 周囲への被害を防いだ。


 間違ってはいない。


 間違ってはいないはずだ。


 ギルは崩れた迷宮から離れた。


 帰り道へ向かいながら、感知魔法を拡げる。地下に残った反応のほか、周囲の草むらや岩陰にも小さな魔力反応がある。迷宮から出ていた魔物か、周辺に元々いた魔物かは分からない。どちらにしても、放っておく理由はない。


 近くの岩陰に反応。


 ギルは歩きながら攻撃魔法で貫いた。ネズミ型の魔物が転がる。


 草むらに反応。


 攻撃魔法で焼く。虫型の魔物が焦げた匂いを残して動かなくなる。


 少し先に二つ。


 片方は逃げようとしていたので、肉体強化魔法で距離を詰め、攻撃魔法で潰した。もう片方は岩の隙間に潜っていたので、岩ごと軽く砕いた。大した魔石は取れないだろうが、周辺に残しておくよりはましだ。


 帰るだけの道が、少し掃除のようになった。


 しばらく進んだところで、感知魔法に別の反応が引っかかった。


 少し大きい。


 これまでのネズミ型や虫型とは違う。強いとまでは言えないが、まとまりがある。動いてはいない。位置は道から少し外れた岩場の奥。生きている魔物というより、何かがそこに置かれているような反応だった。


「何だ?」


 ギルは足を止めた。


 周囲を見回す。草は低く、岩がいくつか転がっている。崩れた迷宮の影響なのか、地面には細かい亀裂もある。反応はその向こう、岩と草に隠れた窪みの中にあった。


 近づく。


 防御魔法は維持したまま、感知魔法を少し絞る。反応は確かにそこにある。動かない。こちらに向かってくる気配もない。だが、魔力はある。


 岩を回り込んだところで、ギルはそれを見つけた。


 卵だった。


 大きい。


 両腕で抱えれば持てるくらいだが、普通の鳥の卵とは比べものにならない。表面は白というより薄い灰色で、ところどころに淡い斑点がある。殻は硬そうで、近づくとほんのり温かい気がした。卵の周りには、乾いた草や細い枝のようなものが寄せられている。


 巣か。


 ギルは周囲を見た。


 親らしき魔物の反応はない。少なくとも感知魔法の範囲内には、それらしい強い反応はなかった。崩れた迷宮の影響で逃げたのかもしれないし、そもそも戻ってこないのかもしれない。何の卵かは分からない。鳥か、爬虫類か、もっと別の魔物か。殻だけ見ても判断できない。


 ただ、卵から魔力を感じる。


 小型魔物よりは、よほどしっかりした反応だ。魔石とは違う。生き物の内側で静かに保たれているような、柔らかい魔力だった。


「うーん」


 ギルは腕を組んだ。


 持って帰るべきか。


 放置するべきか。


 割って確認する手もあるが、それは少しもったいない。何が生まれるか分からない以上、危険ではある。だが、危険なら危険で対応すればいい。少なくとも今この場で中から何かが飛び出す様子はない。


 土産。


 その言葉が頭に浮かんだ。


 レティシアに見せたら、どういう顔をするだろう。ダリアもたぶん困る。セバスチャンなら大笑いするかもしれない。アル兄さんに見せれば、迷宮絡みの卵として興味を持つだろうか。父上には、また余計なものを拾ってきたと思われるかもしれない。


 まあ、いいか。


 ギルは卵へ手を伸ばした。


 表面は思ったより滑らかだった。殻は厚く、指で軽く叩くと鈍い音が返ってくる。温かい。魔力反応も近くで感じると少しはっきりした。危険なほど強くはない。だが、ただの卵ではない。


「とりあえず、お土産だな」


 ギルは卵を抱え上げた。


 ずしりと重い。


 だが、肉体強化魔法を使っているギルには大した負担ではなかった。防御魔法を少し調整し、卵に余計な衝撃がかからないように抱える。こうして見ると、なかなか悪くない拾い物に思えてくる。つまらない迷宮だったが、最後に少しだけ面白いものが出た。


 ギルは崩れた迷宮の方を一度振り返った。


 土煙はもう薄くなっている。入口だった場所は、岩と土の山になっていた。淡い光は完全に消え、ただの崩落跡にしか見えない。


 迷宮を一つ潰した。


 ついでに魔物も減らした。


 卵も拾った。


 うん。


 悪くない。


 ギルは卵を抱え直し、帰り道を歩き出した。


 何の卵かは、帰ってから考えればいい。


 今考えても分からないものは分からない。


 それよりも、これを見たレティシアが少し困った顔をするところを想像すると、足取りが少し軽くなった。

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