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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三十二話 三重の帝都


 ダリアが加わったことで、俺たちはようやく帝国内を歩いているという実感を少しだけ持てるようになった。


 安全になった、というわけではない。


 そんな都合のいい話ではない。


 だが、何も知らずに敵地を歩くのと、道の端に転がっている石がどこの家のものかを知っている者がいるのとでは、だいぶ違う。村の入り口に掲げられた古い紋、宿場で使われている言葉の癖、商人が荷に結んでいる細い布の色、街道沿いの小さな祠に残る家名。俺にはただの景色にしか見えないものを、ダリアは淡々と拾っていく。


 おかげで、俺たちはしばらく大きく暴れずに進めていた。


 もちろん、まったく何もなかったわけではない。遠巻きにこちらを見た騎士はいたし、街道脇の宿場で妙にこちらへ気を向ける男もいた。だが、ダリアが一言添えるだけで避けるべき場所と通ってよい場所が見え、無駄に相手を潰す回数は減った。いや、潰すこと自体は別に嫌ではない。必要ならやる。ただ、帝都に着く前に目立ちすぎるのは面倒だった。


 まずは帝都だ。


 せっかくここまで来たのだから、見物くらいはしたい。


 俺は王国の辺境伯家の三男で、帝国の皇帝継承に表立って関わる立場ではない。今の俺は上品な山賊で、アバルディア家とは何の関係もない。そういうひどく面倒な形を保ったまま、帝国の中心を見に行く。考えれば考えるほど意味が分からないが、まあ、今さらだ。


 旅の列は以前より少し締まった。


 セバスチャンが先頭寄りで周囲を見ながら馬を進め、オルドとジノが左右に散る。ダリアは俺の少し後ろ、声をかければすぐ答えられる位置にいる。彼女は馬にも普通に乗れた。魔力がないので騎士のような無茶な乗り方はできないが、道中で遅れることはない。長身痩躯の体は鞍の上でも無駄に揺れず、外套の隙間から見える褐色の首筋が陽を受けていた。


 魔力を抑えながら移動するのは、もう慣れた。


 俺だけでなく、セバスチャンもかなり抑えている。直属騎士たちは完全とは言い難いが、以前よりはだいぶましになっていた。セバスチャンにしごかれた成果だろう。あのクソじじいの訓練は、嫌になるほど実戦向きだ。文句を言いたい気持ちはあるが、結果が出ている以上、文句だけでは済ませにくい。


「帝都までは、あとどれくらいだ?」


 馬上でギルが尋ねると、ダリアは前方の丘並みを見た。


「このまま順調に進めば、数日です」


「近いな」


「近いと言える距離まで来ております」


「そこまで来ているなら、なおさら大人しくしないとな」


 セバスチャンが鼻で笑った。


「若様の大人しくは、信用していいんですかね」


「失礼な。帝都見物ぐらいはしたいからな。着く前に大騒ぎにするほど馬鹿じゃない」


「見物した後は?」


「その時考える」


「ほら、信用ならねえ」


 ギルは軽く睨んだが、セバスチャンはまったく気にしない。ダリアは表情を変えずに前を見ている。まだ俺たちの軽口に慣れていないのか、それとも慣れる気がないのか。まあ、どちらでもいい。


「ダリア、帝都はどんなところだ?」


「一言では難しいです」


「なら長くていい。道中は暇だ」


「帝都は、およそ五百年の歴史を持ちます。建設当初は今より小さく、皇帝宮とその周辺の貴族屋敷を中心とした城塞都市でした。その後、三度の大規模な拡張が行われ、現在は三重の防壁を持つ都となっております」


「三重か」


 ギルは少し身を乗り出した。


 防壁が三重。


 それだけで、見てみたくなる。


「中心に近い方から第一市街、第二市街、第三市街と呼ばれることが多いです。正式な呼び方は別にありますが、旅人や商人は大抵そう呼びます」


「分かりやすい方がいいな」


「第一市街は、ほぼ貴族たちの屋敷です。四帝家に連なる屋敷、古くから帝都に土地を持つ貴族家、皇帝宮に近い役職を持つ家などが並びます」


「ふむ」


 ギルは頷いた。


「つまり、第一市街とやらを焼き払えばいいのか?」


「絶対にやめてください」


 ダリアの返事は早かった。


 淡々としているのに、妙に力がある。


「あそこにはアバルディアの屋敷もあります」


「いや、ただの冗談なんだが」


「若様の冗談は冗談らしくないんですよ」


 セバスチャンが横から言う。


「む」


 ギルは少しムカついた。


「俺はそんなに冗談が下手か?」


「下手ですな」


「即答するな」


「若様は本当にやれますからな。やれる人間が言うと冗談に聞こえねえんです」


「うーむ」


 それは少し分かる。


 俺が攻撃魔法で焼き払うと言えば、本当に焼ける。小さな街程度なら、たぶんどうにかなる。だから周囲は冗談として受け取ってくれない。これでは気軽に物騒な冗談も言えないではないか。


 いや、言わなければいいのか。


 それはそれでつまらない。


「第二市街は?」


 ギルが話を戻すと、ダリアは何事もなかったように続けた。


「第二市街には豪商、上級騎士、小貴族の屋敷が多くあります。第一市街ほど血統や格式に縛られませんが、帝都の中でもかなり力を持つ者たちが住む場所です。商館や倉も多く、皇帝宮に品を納める商人たちの拠点もあります」


「ふむ。つまり、そこなら焼き払っていいと」


「絶対にやめてください」


「冗談だって」


「若様は冗談が下手くそなんです」


 セバスチャンがもう一度言った。


 ダリアがそっと目を逸らした。


 その目の逸らし方が、肯定にしか見えない。


「ダリア、お前までそう思っているのか」


「判断に困ります」


「それは思ってるやつの言い方だぞ」


「否定は難しいです」


「くっ」


 ギルは胸の奥で少しだけ敗北感を覚えた。


 加入して数日しか経っていない女にまで、冗談が冗談に聞こえないと思われている。なんだこれは。俺はもっと軽やかな貴族男子であるはずだ。上品な山賊ではあるが、上品なはずなのだ。


「第三市街は?」


「一般的な商家や裕福な市民が住んでおります。職人の工房、店、宿、倉、馬市なども多いです。外から来る者が帝都らしさを最も感じるのは、第三市街かもしれません」


「ん? 普通の市民はどこに住むんだ?」


「防壁の外です」


「外?」


「はい。帝都はすでに三重防壁の内側が飽和しております。第三市街に住めるのは、それなりに財を持つ者たちです。一般の市民、下級職人、荷運び、日雇い、下級兵の家族などは防壁の外側に広がる市街地に住むことが多いです」


「城壁の外に市街地があるのか」


「かなり広がっております。今も広がり続けています」


 ギルは少し想像した。


 三重の防壁に囲まれた古い帝都。その外側に、さらに街が滲み出すように広がっていく。城壁の内と外で身分も金も安全も変わる。外側の住人は、いざ攻められた時にどうなるのだろう。城壁内へ入れるのか、見捨てられるのか、入ろうとして混乱するのか。


 まあ、帝都が攻められる状況自体がかなり特殊なのだろうが。


「第四城壁は作らないのか?」


「これまで何度も計画はございました」


「計画は、か」


「はい。ですが、測量や予算、立ち退き、どこまでを内側に含めるかで揉めている間に、市街地がさらに広がります。新しく広がった場所を含めるべきだという声が出て、計画を見直し、また予算を考え直している間に、また広がります」


「計画して、だいたいの予算を考えている間に広がって、また計画して予算を考えている間に広がっているのか」


「おおむね、そのように聞いております」


「なんか永遠に出来なそうだなぁ」


 ギルは少し呆れた。


 前の人生でも、都市計画だの再開発だのに似たような話があった気がする。計画している間に事情が変わり、予算が膨らみ、反対が出て、また計画する。人間が集まる場所は、どこの世界でも面倒なのかもしれない。


「貴族なら無理矢理人々を追い出して強引に計画を実行しそうだがな?」


「それを行う者が、後にどう評価されるかが問題になります」


「評価?」


「第四城壁を完成させた功績として語られるのか、帝都の発展を止めた愚か者として非難されるのか、判断が難しいのです」


「なるほど」


 ギルは笑いそうになった。


「市民に対する配慮というより、自分たちの評判を気にしているのか」


「それもあります」


 ダリアは否定しなかった。


 正直でいい。


 人々の暮らしを守るため、などと綺麗に言われるより分かりやすい。貴族が民の暮らしをまったく気にしないわけではない。税を納め、働き、兵にもなるのだから、完全に壊すのは損だ。だが、最終的には家の利益と体面が大きい。帝都の第四城壁も、誰が得をして誰が責任を負うかで止まっているのだろう。


「複雑だな」


「帝都は複雑です」


「帝国は、の間違いじゃないか?」


「否定できません」


 ダリアは淡々と返した。


 ギルは少し笑った。


 この女、無表情だが、返しは意外と悪くない。


 街道はなだらかな丘を越え、低い林の横を抜けていく。道沿いには小さな集落があり、畑では平民たちが作業をしていた。俺たちを見ると、彼らは手を止める。赤布を巻いた十人ほどの集団に、灰色髪の女が一人。どう見ても普通ではない。だが、ダリアが選んだ道だからか、すぐに兵や騎士が飛んでくるような場所ではなかった。


 ギルは魔力を抑えたまま、さらに話を聞く。


「帝都に貴族が多いのは分かったが、帝国の貴族家はかなり多いのか?」


「多いです。ですが、かなりの数が廃嫡されてもおります」


「騎士家ならともかく、貴族家まで潰すのは珍しいな」


 少なくとも王国では、貴族家を簡単には潰さない印象がある。家を残すために養子を取ることもあるし、血縁から後継を入れることもある。貴族家を消すのは領地や権利の整理が面倒だ。よほどの失態や反逆でもなければ避けるだろう。


「帝国では、子の無き貴族家は基本的に廃嫡されます」


「ん? 養子でも取ればいいんじゃないか?」


「帝国では、養子縁組は基本的に禁じられています」


「養子が禁じられているのか」


「はい」


 ギルは眉を寄せた。


 かなり違う。


 後継がいない家は潰れる。養子でつなげない。そうなると、貴族家の数は自然に減る。だが、貴族は魔力を持つ血統だ。簡単に潰してよいものなのかとも思う。いや、増えすぎたなら減らしたいのかもしれない。


「うーむ。まあ、後継者なしの場合限定なら、野に貴族が溢れることもないだろうしいいのかな」


「その考え方に近いかと」


「理由は?」


「四帝家では、初期に支持を拡大するため、可能な限り貴族家を増やしたのです。とくにメガレス家は多く、五百家以上の貴族家を作ったと伝わっております」


「五百?」


 さすがに驚いた。


「多すぎないか?」


「多いです」


「あー、なるほど。兄だろうが弟だろうが、どんどん独立させたのか」


「はい。血縁、功臣、婚姻で近づいた家、帝家への忠誠を示した者。それらに小さな領地や権限を与え、貴族家として立てました」


「しかし、そうなると一つの貴族家あたりの領地や権限はかなり限定されそうだな」


「その通りです」


 ダリアの声に少しだけ硬さが混じった気がした。


「そうすることで、帝家と貴族家の差を拡大させたのです。帝家は巨大なまま、周囲の貴族家は細かく分けられる。貴族家は数こそ多いものの、一つ一つの力は小さくなります」


「なるほど。強大な帝家と、小さな貴族家集団か」


 ギルは馬上で顎に手を当てた。


 面白い。


 いや、当事者にとっては面白くないだろうが、構造としては興味深い。大きな家が、周囲に小さな家を大量に作る。小さな家は帝家から与えられた土地や権限で生きているので、帝家に逆らいにくい。もし貴族家が団結すれば対抗できるかもしれないが、そもそも利害が違いすぎる。歴史的経緯も、婚姻関係も、恨みも恩も違う。


 団結しろと言われても無理だろう。


 その分、帝家は安泰になる。


「けれど、あまりに貴族家を増やしすぎたので、今では機会があれば貴族家は容易く潰されてしまいます」


「細切れにしすぎて対応できなくなったのだな」


「はい。家としての体力が小さいため、後継が途絶えれば終わります。養子でつなぐこともできません。土地や権限は帝家に戻るか、別の家へ再配分されます」


「それで文句は出ないのか?」


「出ます。ですが、帝国の法と慣例はそうなっております」


「法と慣例か。厄介だな」


「はい」


 王国とはだいぶ違う。


 マバール家のような大貴族が西の国境を担い、広い裁量を持つ王国。対して、帝国は四帝家を中心に大量の小貴族を配置し、血縁と権限を細かく編み込んでいる。どちらが良いかは状況次第だろうが、少なくとも帝国の仕組みは俺の頭にはかなり面倒だ。


「ですが、伝統的に貴族は家を分けたがりますので、今でも分家や新家の話は出ます」


「まだ増やしたがるのか」


「はい。今では貴族一人しかいない貴族家まであります」


「いや、一人貴族ってどうなんだ?」


 ギルは思わず声を上げた。


「いくら魔力があっても力はなさそうだよなぁ」


「実際、大きな力は持ちません。ですが、貴族として名を持ち、屋敷や小さな権限を与えられれば、それだけで周囲からの扱いは変わります」


「まあ、そうか」


「一代で終わるとしても、名を残すことには意味があります。子ができれば続きますし、できなければ消えます」


「うーむ」


 ギルは唸った。


 複雑すぎる。


 貴族家が多い。小さい。潰れる。増える。養子は禁じられている。帝家は巨大。小貴族は帝家に依存。けれど血統と名誉で動く。家を分けたがる。終わると分かっていても名を欲しがる。前世でも肩書きや法人や名義がどうこうという話はあった気がするが、この世界ではそこに魔力と血統が絡む。余計に面倒だ。


「ダリアがいなければ、誰がどの血統なのか区別つかないだろうな」


「私も、お家関係しか覚えておりません」


「それだけで十分だ」


「全てを把握している者は、帝都でも限られます」


「だろうな。俺なら三日で嫌になる」


「三日も持ちますか?」


「お前、意外と言うな」


 ダリアは表情を変えない。


 セバスチャンが笑った。


「若様は一日目で焼こうと言い出しそうですな」


「言わない」


「第一市街を焼けばいいのか、と先ほど言っておりやしたが」


「あれは冗談だ」


「冗談が下手くそなんですよ」


「何回言うんだ」


 ジノが少し肩を震わせていた。オルドも顔を逸らしている。ギルは不満だったが、旅の空気が少し軽くなるのは悪くない。帝都へ近づくほど危険は増す。だからといって全員で顔を固めて進めば、余計に目立つ。山賊らしくないかもしれないが、まあ上品な山賊なので仕方ない。


 道の先に、少し大きな宿場町が見えてきた。


 ダリアが手綱をわずかに引き、進路を少し外すよう示す。


「あそこは避けます」


「理由は?」


「メガレス家に近い商人が多く使います。騎士の詰所もあります。今入れば、余計な目を引きます」


「なるほど。なら避けよう」


「代わりに、南側の古い荷道を使います。少し遠回りですが、帝都へ向かう行商が使いますので不自然ではありません」


「山賊なのに行商の道を使うのか」


「山賊なら、なおさら人の通る道を知っているものでは?」


「それもそうだ」


 ダリアは道案内として優秀だった。


 必要以上に話さない。聞けば答える。分からないことは分からないと言う。アバルディア家に都合の悪いことを隠している可能性はあるが、少なくとも今のところ、こちらを変な場所へ誘導する様子はない。セバスチャンも、彼女への警戒を完全には解いていないが、使えるとは判断しているようだった。


 夕方が近づくにつれ、街道を行く人の数が増えた。


 帝都が近いからだろう。


 荷車、行商、家畜を連れた平民、粗末な馬に乗った下級騎士らしい男。皆、どこか忙しそうで、荷を守る目つきも鋭い。帝都へ近づくほど金が流れる。金が流れれば人も集まる。人が集まれば、噂も危険も増える。


 ギルは遠くの空を見た。


 まだ帝都は見えない。


 だが、空気は少しずつ変わっている気がした。道の幅、荷車の数、宿場の匂い、平民たちの顔つき。すべてが中心へ向かって密度を増している。


「三重の防壁か」


 ギルは呟いた。


「見れば分かります」


 ダリアが答える。


「かなり大きいのか?」


「大きいです。初めて見る者は、大抵しばらく言葉を失います」


「ほう。それは楽しみだ」


「ただし、近づきすぎれば危険です」


「分かってる。見物ぐらいはしたいが、捕まる気はない」


「帝都の外市街だけでも、かなりの情報が得られます」


「内側には入れないか?」


「入り方はあります。ただ、人数を絞る必要があります」


「なるほど」


 ギルは少し笑った。


 人数を絞って帝都へ入る。


 なかなか面白そうだ。


 セバスチャンが横からじろりと見た。


「若様、今の顔はよくねえですぜ」


「何も言ってないだろ」


「何か考えてる顔でした」


「考えるだけなら自由だ」


「その言葉を聞くたびに嫌な予感がしやす」


「お前は心配性だな」


「若様相手なら、誰でもそうなりますぜ」


 ダリアがまた目を逸らした。


 だから、その目を逸らすのはやめろ。


 ギルは少しだけ不貞腐れながらも、前を見た。


 帝都へ向かう。


 まだ暴れない。


 まだ焼かない。


 まずは見る。


 帝国が五百年かけて築いた中心。三重の防壁。膨れ上がった外市街。増えすぎた貴族家。巨大な帝家と、小さな家々。皇帝が死に、次の座を巡って揺れている都。


 そこを見てからでいい。


 どこを荒らすか。


 誰を削るか。


 何を壊せば一番嫌がるか。


 それを決めるのは、見てからでいい。


 ギルは赤布の下で静かに笑った。


 ただの観光で済めばいいんだけどな。


 まあ、たぶん済まないだろう。


 そんな予感を抱えたまま、一行は帝都へ続く道を進んだ。

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