第百六十三話 理不尽だが平和な日々
あの後、結局オルフィアとはまたサイコロで遊ぶことになった。
小屋の中には、さっきまで魔力を細く小さくする感覚について話していた名残がまだ残っているような気がするのに、机の上にはもう三個のサイコロが転がっている。
持ってきている時点で、最初からやる気だっただろ、こいつ。
「今度は別のやり方ね」
オルフィアは楽しそうに三個のサイコロを掌へ乗せた。
「また三個か?」
「三個だけど、昨日とは全然違うわよ」
そう言って、机の上へ放る。
乾いた音を立てて転がったサイコロが止まった。
六、四、二。
「最初に三個振って、一番大きい目を一つだけ残すの」
オルフィアは六だけを指先で自分の方へ寄せ、残った二個を拾い上げた。
「ふむ、この場合は六を残すんだな」
「そう。残りの二個は必ずもう一回振る」
再びサイコロが転がる。
三と四。
「これを足すから、今は十三」
「六に三と四で十三か」
「ここで止めてもいいし、もう一回だけ振ってもいいわ。もう一回振ったら、その二個の出目もさらに足すの」
なるほど。
最初に三個。
その中で一番大きい一個だけを残し、残った二個をもう一度振る。その二個の合計を最初の一個へ足す。
最低でもそこまではやらなければならない。
そして、さらに攻めるなら二個をもう一回。
つまり最初の一投を含めて最低二回、最大三回ということだ。
「一番高い奴が勝ちか?」
「そう。ただしドボンがあるわ」
「またか」
「十八以上か十九以上。どっちでドボンにするかは、前の勝者が決めるの」
俺は一瞬考えた。
「十九以上?」
「そうよ」
三個のサイコロなら、一度に出る最大は十八だ。
だが、この遊びは途中の合計にさらに二個の出目を足していく。
十三からもう一度振れば、そこへ二から十二までが加わる。
十八以上でドボンなら、かなり早い段階から最後の一投が怖くなる。
十九以上なら、十八までは生き残れる。
たった一しか違わない。
なのに、最後にもう一回振るかどうかの判断はかなり変わりそうだった。
「面白いな」
「でしょ?」
オルフィアが少し得意そうに笑う。
「ただし、勝った人は次の勝負で最初に振るの」
「なるほどな」
ドボンの数字を決められる代わりに、後ろの奴らの点を見てから判断することは出来ない。
一番手は自分の点だけを見て、もう一度振るか止めるかを決める必要がある。
後ろになるほど前の点数を見て攻め方を変えられる。
単純なようで、なかなか考えることが多い。
「昨日一番勝ったレティシアからね」
そう言われて、レティシアが静かにサイコロに手を伸ばした。
「じゃあ、やりましょう。えっと最初は十八にします」
それから何度か勝負した。
十八でドボンにした時は、少し高い点になっただけで最後の一投がやたら怖い。
十九になると、あと一つだけ上まで許される。
その一つが妙に大きい。
俺とオルフィアが相手の点を見ながら、振るか止めるか悩む横で、レティシアはいつもの穏やかな顔でサイコロを振っていた。
そして勝った。
「では、次は十九で」
勝者であるレティシアがそう決め、次の勝負では一番最初に振る。
そして、また勝った。
「次も十九でお願いします」
またレティシアが最初に振る。
そして、また勝った。
……おかしいな。
勝者が次は一番手になるというのは、少しくらい不利になるための仕組みじゃないのか?
少なくとも俺にはそう見えた。
だが、気付けば全部レティシアが最初に振っている。
しばらく続けているうちに、さすがに俺も同じ遊びばかりでは少し飽きてきた。
「今度は俺が別のやつを教えるか」
「知ってるの?」
「ああ。少しだけだがな」
三個のサイコロを手に取る。
前世で知っていたチンチロリンだ。
もちろん、そのままの呼び方まで教える必要はない。
「こっちは三個を一緒に振る。最大三回までだ。役が出来たらそこで終わり」
「役?」
「一のゾロ目が一番強い。それ以外のゾロ目も強い。四、五、六の連番も強いな」
オルフィアとレティシアが机の上のサイコロを見る。
「同じ目が二つ出たら、残った一つの数字で勝負だ。六なら強くて、一なら弱い。一、二、三の連番は一番弱い」
「へえ」
オルフィアがすぐに興味を示した。
なら、やってみれば早い。
そう思って始めたのだが――。
「またレティシアの勝ちね」
「はい」
レティシアが控えめに微笑む。
俺は机の上のサイコロを見た。
隣ではオルフィアも同じものを睨んでいる。
「……もう一回」
もう一回やった。
負けた。
さらにもう一回。
やっぱり負けた。
「一度も勝てないなんておかしい!」
とうとうオルフィアが机へ身を乗り出した。
いや。
気持ちは分かる。
俺もそろそろ、そう思い始めていた。
レティシアは困ったように俺たちを見ていたが、別に何か変なことをしている様子はない。
以前オルフィアにも確認してもらった。
魔力は動いていない。
つまり魔法ではない。
それなのに、遊び方を変えても勝つ。
オルフィアの知っていたサイコロ遊びでも勝つし、俺が前世で知っていた遊びに変えても勝つ。
ここまでくると、なんだか研究したくなってくるな。
運の強さというものは、一体どこで決まるんだろうか。
同じサイコロを使い、同じ机の上で振っている。
俺が振れば俺の出目になり、オルフィアが振ればオルフィアの出目になる。そしてレティシアが振ると、なぜか勝つ。
もちろん、何回か勝った程度なら偶然で終わる。
だが、こうも続くと気にはなる。
もし運の強さなんてものを明らかに出来たら、それはそれですごい気がする。
……まあ、無理だろうけど。
そんなことを考えながらレティシアを見ると、本人は自分が何かおかしいとはまるで思っていないような顔で、転がったサイコロを拾っていた。
うん。
考えても分からんな。
俺は早々に諦めた。
それからの日々は、まあ順調だったと言っていいだろう。
謹慎中だから城の外へ出ることもなく、急いで片づけなければならない仕事もない。
だから時間だけはある。
オルフィアとは相変わらず魔法の話をした。
感知魔法のことだけではない。
こういうことは出来ないか。
ああいう使い方はどうだ。
思いついたことを口にして、出来そうなら考えてみる。
俺だけでは思いつかなかった方向へオルフィアの話が飛ぶこともあれば、オルフィアが首を傾げたところに俺が別の考えを出すこともある。
答えが出ないことも多い。
それでも、魔法の可能性について話しているだけで面白かった。
ただし、こいつの興味は時々おかしな方向へ飛ぶ。
その日も、いつものように魔法について話していた時だった。
「ねえ、治癒魔法がどこまで効くか知りたくない?」
「ん? どこまで?」
何気なく聞き返した俺に、オルフィアは少し考えるように首を傾けた。
「うん、貴族なら縦半分とか横半分から復活出来るか、とか」
「いや、興味ないな」
即答した。
何を言い出すんだ、こいつは。
治癒魔法の限界に興味を持つところまでは分からなくもない。
だからといって、その確認方法まで興味を持つ必要はないだろう。
「えー、今暇でしょ。協力してよ」
「あのな、暇だからって縦半分にも横半分にもなりたいわけないだろうが!」
「ケチ」
「どこがだ!」
思わず声が大きくなった。
身体を半分にされるのを断ってケチと言われるとは思わなかったぞ。
オルフィアは何が不満なのか、少し唇を尖らせている。
俺は絶対に悪くない。
むしろ、これで協力する奴がいたら顔を見てみたい。
そんな話をした後には、またサイコロを転がした。
そしてレティシアが勝った。
オルフィアが悔しがった。
翌日も魔法の話をして、途中で別のことを試し、一区切りつけばまた遊ぶ。
やっぱりレティシアが勝つ。
オルフィアが今度こそと言い出す。
俺も付き合う。
そして二人で負ける。
そんなことを何度繰り返しただろう。
昨日までなら退屈だと思っていたかもしれない時間が、思ったより退屈ではなかった。
魔法について考えることはいくらでもある。
オルフィアは放っておけば妙なことを言い出す。
レティシアはなぜかサイコロで負けない。
謹慎という言葉から想像していたものとは、ずいぶん違う毎日だった。
大きな変化があるとすれば、たまにセバスチャンがレアを連れてくるくらいだった。
その日は、よく晴れていた。
俺はレティシアとオルフィアを連れて城の中を歩いていた。
特に何か目的があったわけではない。部屋の中にいるのにも少し飽きたから、案内がてらただ歩いていただけだ。
そんな時、少し離れたところから見覚えのある大きな白い姿がやって来るのが見えた。
レアだ。
その背にはセバスチャンが乗っている。
地面を踏む長い脚は相変わらず力強いが、今日は急いでいるわけでもないらしく、こちらへ向かってゆっくりと歩いてきていた。
それにしても。
セバスチャンがレアに乗っている姿も、ずいぶん馴染んだな。
最初の頃なら、あの大きな白い鳥の背に人間が乗っているだけでも妙な光景に見えたはずなのに、今ではセバスチャンの姿勢にも余裕がある。
おそらく、俺が見ていないところでも何度も乗っているのだろう。
俺たちの前まで来ると、レアが足を止めた。
セバスチャンが慣れた動きで地面へ降りる。
「よう、なんか用か?」
俺が聞くと、セバスチャンは少し苦笑した。
「若様が、たまには連れてこいって言ったんですぜ」
「……ああ」
そうだった。
言った気がする。
俺が思い出している間にも、レアはセバスチャンへの興味を失ったらしい。
大きな身体をくるりと動かすと、真っすぐレティシアのところへ行き、その頭を擦り付けた。
「レア、元気そうですね」
レティシアが笑いながら白い頭を撫でる。
レアも満足そうに目を細め、その手へさらに頭を押しつけていた。
相変わらずレティシアには甘えるな、こいつ。
「ねえ、あれなに?」
横から声がした。
見ると、オルフィアがレアを見つめている。
ああ。
そういえば、オルフィアはレアと会ったことがなかったな。
今、俺たちが魔法を試すのに使っている小屋は元々レアが使っていたものだが、追い出してセバスチャンに預けた後にオルフィアが小屋を使っている。
知らなくて当然か。
「ん? 焼き鳥の元だ」
「食べるの?」
「うむ、その予定だ」
俺が頷くと、オルフィアはもう一度レアを眺めた。
レアはそんな会話など関係ないというように、まだレティシアに撫でられている。
「ねえ、ちょっと触ってみていい?」
「たぶん大丈夫だろうが、一応気をつけろよ」
「うん」
オルフィアは少し慎重な足取りで近づいていった。
レティシアの横まで来ると、レアの様子を窺いながらそっと手を伸ばす。
指先が白い羽毛に触れた。
「ふわふわ!」
途端に弾んだ声が出た。
さっきまで恐る恐る近づいていたのが嘘みたいに、今度は掌でそっと撫で始める。
レアも嫌がらない。
それどころか、大人しくオルフィアに撫でられている。
……なんでだ?
なぜ初対面のオルフィアには撫でられている?
俺が納得出来ずに見ていると、レアがちらりとオルフィアを見た。
そして。
甘えるように、その大きな頭をオルフィアへ擦り付けた。
「なんでだ?」
思わず声に出た。
オルフィアが振り返る。
「食べようとしてるからじゃない?」
「まだ食べてないんだから問題ないだろ」
何を言っているんだ、こいつは。
助けたのは俺だぞ。
俺だって少しくらい撫でてもいいはずだ。
そう思ってレアへ手を伸ばした。
次の瞬間。
「痛っ」
くちばしが手をつついた。
ダメージなんてない。
ただ、ちょっと痛い。
「ほら」
オルフィアが言った。
むかつくな。
しかも横を見ると、セバスチャンが豪快に笑っている。
レティシアまで口元へ手を添え、控えめではあるが笑っていた。
「俺が助けてやったんだぞ」
納得出来ずに言うと、オルフィアはレアを撫でながら首を傾げた。
「それで食べようとしたら、助けたって言わないんじゃない?」
意味不明なことを言いやがる。
「助けたのは事実だが、まだ食ってない。俺は恩人のはずだ」
正しいことを言った。
だが、オルフィアは全然聞いていないようだった。
レアの背中へ視線を向けると、今度は楽しそうに言う。
「ねえ、乗ってみたい」
その言葉が聞こえたのかどうかは知らない。
だが、まったく意味不明なことに、レアはその場で静かに身体を低くした。
背中をオルフィアへ差し出している。
「……おい」
なんでだよ。
俺にはそんなことしたことないだろ。
オルフィアが嬉しそうにセバスチャンを見る。
セバスチャンはレアとオルフィアを見比べてから、特に止める様子もなく頷いた。
「まぁ、馬に乗れるんなら大丈夫でしょう」
「ほんと?」
「いきなり無茶しなきゃ平気ですぜ」
オルフィアはレアへ近づき、背中の鞍へ乗った。
レアは少し待ってから、ゆっくりと立ち上がる。
そのまま歩き出した。
「わっ」
揺れに合わせてオルフィアの身体が少し動く。
だが、危なそうな様子はない。
すぐに慣れたのか、楽しそうに笑いながらレアの背に乗っている。
俺はその光景を見つめた。
初対面だぞ。
さっき初めて触ったんだぞ。
それなのに撫でられて、頭まで擦り付けて、挙げ句の果てには自分から乗せてやがる。
そして俺はつつかれた。
「なんでだ! 理不尽だろう!」
思わず叫んだ。
俺の叫びには、誰も答えてくれなかった。
まあ、平和な日々と言っていいだろう。
その平和は、父上からの使者が来るまで続いた。




