第56話 ヒューマノイドが無料で3か月?
「こんにちは~」
10月3日、秋晴れの土曜日の午後。
三浦半島の西海岸にある深井町、青木家の玄関の外で明るい声がした。
手ぬぐいで両手を拭きながら、エプロン姿のコズエさんが奥のキッチンから出て来た。
夫のタカシは買い物、娘のハコちゃんは友達の家と、独りでの留守番だ。
玄関扉の曇りガラスのスリットの向こうに、スーツ姿の男のシルエットがぼんやり見えた。
ロックを回しながら、ドアを開ける。
「なんでしょう?」
「お忙しい中、申し訳ありません」
そう言って笑顔で会釈したのは、身長160センチほどのジャニーズ系の顔をしたヒューマノイドだった。
口元の歯が白い。
表情筋が上手く造り込まれていて、口角の上がり方が自然だ。
ダークなスーツに身を包み、右手に黒いアタッシュケースを提げている。
ワイシャツとネクタイまでダークだ。
上半身を引くコズエさん。
10軒1ブロックの住宅地。向かいの家との間の私道に1台の黒いワゴン車が停まっていて、運転席の男が前を向いたまま電子タバコをくゆらせている。
つばを飲み込む家人。
「どんなご用でしょう?」
改めて用件を聞くと、意外な答えが返ってきた。
「お宅で、ロボットを雇うご予定はありませんか?」
ロボットが、ロボットの訪問販売に来たのだ。文字通り、青天の霹靂。
よどみなく、流暢な日本語を話す。
運転席以外に窓のないワゴン車のボディに、小さく「M-Robot」と社名が書かれていた。
「そういえば、役場で総合案内用にロボットを採用したって、夫が言ってた、、、」
妻のつぶやきに、思わずロボットが左手で拳を握る。
「それです、それ。
深井町役場で、弊社の機種を導入していただきました。とても、ありがたいことです。
そこで」
ここで、ヒューマノイドが半歩前に出た。
「地域の皆様限定で、弊社の最新型の機種を導入されませんか?」
突然、玄関の内側で拍手の音がした。
コズエさんがびっくりして振り返ると、上がり框にお掃除ロボットのロンバ君が来ている。
液晶画面に若い男性の顔が表示されていて、ロボットに手を振っている。
「あなた、今、掃除の時間じゃないわよね?」
コズエさんがいぶかしがると、白い歯を見せて言った。
「アプリのバージョンアップがあって、指定の時間以外でも、床のチリやホコリの量によって、追加で掃除するようになりました。
いつも、同じ清潔さを保つという弊社の理念から出たものです」
画像が胸を張った。
「そう。
ありがと」
うなずくと、改めて、訪問客に向き直る。
「それで」
と、そこまで言って、言葉が途切れた。
一瞬の間を埋めるように、明るい声が続けた。
「試験的に、いかがですか?
最初の3か月は、無料です。
お気に召さなければ、返却はいつでも可能です。
お部屋の隅に椅子をひとつご用意いただければ、動かない時は、いつもそこに座っています。
食事もしませんし、トレイに行くこともありません。
お家に赤ちゃんや介護が必要な高齢の方がいれば、最新の知見に基づく監護や介護ができます。
留守番も出来ますし、押し込み強盗とは闘うことができます。
空手の黒帯の資格と、アメリカ海兵隊が制式採用しているマーシャルアーツの訓練プログラムにも参加しています」
コズエさんの口がぽかんと開いた。
確かに、米海軍横須賀基地が近くにあるのだから、そうしたコラボも可能なのかもしれない。
玄関の中でロンバ君の目が輝いた。
「ちょ、ちょっと、待ってください。
今、世帯主が不在なので、わたしひとりで決めるわけにはいきません。
何か、連絡先のチラシとかありますか?」
販売攻勢をやっとの思いで押しとどめた。
「これをどうぞ」
黒い鞄から1枚のチラシを出すと、妻に渡した。
ジャニーズ系の面立ちのヒューマノイド5人が、色とりどりの衣装を着て、笑顔で肩を組んでいる。
チラシの上には、大きく「ぼくたちに、チャンスをください」と書かれていた。
鼻から息を吐く奥様。
「ありがとう。
夫と相談して、必要なら、連絡します」
ヒューマノイドが、満面の笑顔で頭を下げた。
「ご連絡を、心からお待ちしています」
チラシを持ったまま、コズエさんは、黒いワゴン車が去って行くのを見送った。(続く)




