表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/32

第31話 タカシの心の傷

「ああ、大丈夫だよ」

 3月31日、月曜日の夜中、カニの長老がトイレに起きると、タカシがスマホを耳に当たまま階段を降りてくるところだった。

 階段を降りると、台所の椅子に掛けた綿入れ半纏(はんてん)をパジャマの上に羽織り、茶の間の炬燵に足を入れた。

 茶の間の右手にハコちゃんのピアノ部屋があるけれど、その引き戸が少し開いていて、タカシの話す声が水槽の中の長老にも聞こえてきた。

「そうなんだ?」

 明るく相槌を打つ。

 目が覚めてしまった長老は、ガラス壁に寄りかかって、なんとなく話に耳を傾けた。


「誰かと思ったら、長老じゃないですか?」

 右手で目をこすりながら、カニのタロウが岩陰から現れた。

「起こしてしまったかの?」

「いえ、明日は4月1日じゃないですか。

 なんとなく眠れなくて」

 振り返る長老。

「明日、何かあるんかの?」

 首を振るタロウ。

「ぼくは何もありませんが、この家のヒトたちは、色々あるみたいですよ?

 コズエさんは仕事が変わるみたいだし、シゲルは展覧会の準備があるみたいだし」

 タロウが続けた。

「タカシも明日は新年度初日で、人事異動があったり色々忙しいんでしょうけれど、こんな時間に起きてて大丈夫なんですかね?」

 うなずく長老。

「お見込みのとおりじゃ。

 コズエさんに見つかったら、一言あるじゃろの。

 だがの、この電話は特別じゃ」

 そう言って、肩をすくめる。

「何があるんですか?」

 笑う長老。

「何もない」

「何もないのに、何が特別なんですか?」

 少しムッとした顔のタロウに、真顔に戻った長老が答えた。

「電話の主はの、中学時代の友達なんじゃ」

「ずいぶん昔の友達ですね?」

「友達というよりも」

 ここで長老がタロウの耳元に口を近づけた。

「付き合ってた子、なんじゃ」

「えーッ!」

 急いでタロウの口をふさぐ長老。

「ばか! 皆が起きるじゃないか。静かにせい!」


 真っ赤になって、両のハサミで口を押さえるタロウ。

「こんな夜中に、何なのよ?」

 石造りの小屋の中から、頭にカーラーを巻いたまま、イソスジエビのスジコちゃんがパジャマ姿で出てきた。

「あちゃ!」

 がっくり肩を落とし、両目を閉じる長老。

 両目をふさいだハサミの隙間からさりげなく覗くタロウ。

「いいわよ、今更目を隠さなくたって。

 減るもんじゃないし」

「おお、助かった」

 ため息をつく長老に、スジコちゃんからの鋭い質問。

「だから、何なのよ? こんな夜中に?」

 長老が手招きして2人を集める。

「いいかの。コズエさんには内緒じゃぞ?

 この電話の主は、タカシが中学生の時に付き()うとった女の子なんじゃ。

 今は、もうおばさんじゃがの」

 そう言って、少し笑った。

「での。時々電話をくれる」

 スジコちゃんがパジャマの腕を組む。

「そんなの、何でもないじゃないの?」

 真顔に戻る長老。

「病気なんじゃ」

 息をのむ2人。

「調子が良い時と、悪い時がある。

 調子が悪いと、何ヶ月も部屋から出てこれなくなるそうじゃ。

 良くなると、時間を気にせず何時でも電話をしてくる。

 その電話に、タカシは必ず出る」

「えー、そこまでしなくてもいいんじゃない?」

 頬っぺたを膨らませるスジコちゃん。

「タカシは心にひとつ傷を持っておっての。

 当時、その子を深く傷つけたことがあって、それが後々の病気の原因の、わずかかもしれないが、じゃが、少しはある、そう思っとるんじゃ。

 だから、何時でも、必ず出る。

 出て、話を聞いている。

 聞くだけなんじゃ。反対したり、助言めいたことは口にせん。

 うなずいてあげて、同意してあげる。

 彼女が満足して自分から電話を切るまで、ずっと聞いとるんじゃ」

 生唾をのむ2人。


「長老、良く知ってますね?」

 ようやく、タロウが口を開いた。

「ばか。わしが何年この水槽で暮らしてると思っとるんじゃ!」

「恐れ入りました!」

 スジコちゃんの声にあわせて頭を下げる2人に、胸を反らせる長老。


「ありがとう?

 いや、おれのほうこそ。

 また、電話くれよな?

 じゃあ」

 ガチャガチャ。

 新聞配達がポストに朝刊を入れる音がした。(終わり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ