第22話 坊ちゃん文学賞発表
「あー、またダメよ」
水槽の中でストレッチをしていたカニの長老が目をやると、炬燵のテーブルにコズエさんが顔を伏せていて、隣りのタカシが背中をさすっている。
子供達がみんな出払ったあと、夫婦二人だけの週末の朝だ。
「イチ、ニ、サン、シ、、、」
長老は、今度は両足の屈伸運動をする。
「なんか、あったの?」
ダボハゼのヨッシーが水槽の壁の上から聞いた。
「うん? 坊ちゃん文学賞、またダメだったらしい」
「松山の友達が、地元新聞に載った記事の写真をラインで送ってくれたの。
大賞受賞作は『読書完走文』。やっぱりタイトルが大事よね」
首を左に曲げるタカシ。
笑い出すヨッシー。
「長老もイケるんじゃね? 駄洒落じゃ誰にも負けねぇ」
「バカもん! 中身が大事にきまっとるじゃないか」
「応募が9,900作。この中から大賞を射止めるんだから、司法試験に受かるより難しいわ。
わたし、司法試験の勉強に変えようかしら、、、」
「それもいいね。歳とってからでも受かる人、いるよね?」
コズエがまたテーブルにつっぷして泣く。
「ニジュサン、ニジュシ、、、」
長老はスクワットを続けている。
「いつも長編を書いてたよね?」
やさしい声でタカシが聞くと、顔をあげる。
「そう。わたし、自分にはショートショートは向かないと思ってた。でも、松山市の職員をしている友達が熱心に勧めるから、今回は真面目に書いてみたの。
そしたら、4,000字の小さい枠の中で物語を成立させることの難しさというか、物語を書くコツみたいなものが少し分かった気がしたの」
「ふーん。やって、良かったじゃん。
大賞1作、佳作が5作で、2次審査通過が20作か、、、。
佳作までは作品名と作者名が出てるけど、2次審査を通過した他の14作の作品名も作者も分からないね。その中にあったんじゃないの?」
コーヒーカップをすするタカシ。
「ありがと。そうだったらいいんだけど、、、。
長編小説も、実は3,000字くらいの小さな節、エピソードから出来ていて、そのエピソードひとつひとつにドラマが書かれていないといけないのよ。
しっかりした煉瓦が積み上がって教会ができるイメージね。
わたし、以前は、中盤に大きな盛り上がりがあればそれでいい、って、勝手に思ってたけど、読む人は最初から読むわけで、今読んでいるエピソードのドラマが面白くなきゃ、次のエピソードを読もうとは思わないのよ。
そのことに気付いたの」
「そりゃ、そうだ」
うなずくタカシ。
「小説は『小節』だったんだ、、、」
つぶやくヨッシー。
「サンジュゴ、サンジュロク」
「日本人って、小説を読むのも書くのも、好きな民族なんだな?」
「若い人の活字離れが進んだ、なんて昔聞いたことがあるけど、そんなこと、ない。
小説の投稿サイトは、若い人たちの作品で大賑わいなの。わたしみたいなおばさん作家は、ごく一部よね」
「おじさん作家もいるのか?」
「きっと、いるわよ。ハッキリは分からないけど、いる」
自分の顎の下を右手でなでるタカシ。
「ヨンジュニ、ヨンジュサン」
「ま、なんというか、取り組んだことは身になったということだね?
水泳だって実際に水の中で泳がなきゃ上手くならない。
マラソンだって、走った距離はウソをつかない、って、誰か言ってたじゃん」
「そう、書いた長さはウソをつかない。上手く書けるようになるには、書き続けるしかないのよ。
当たり前なんだけどね」
コズエさんもコーヒーをすする。
「ゴジュイチ、ゴジュニ」
「いつまで続けるんだ?」
ヨッシーが聞く。
「いつか、わしもフルマラソンに出れるといいなと、思っちょる」
「やめてくださいよ。こんな狭い水槽の中を42キロも走られたら、下のゴミが舞い上がって仕方がねぇじゃねぇか」
「もちろん、この水槽を出たあとの話じゃ」
「安心したよ。出れないことが前提なんだな?」
苦笑いする長老。(終わり)




