第14話 スルーした結婚記念日
「みなさん、週間『水槽新聞』です!」
12月2日の火曜日の朝、梅干イソギンチャクの銀子ちゃんが叫んだ。
「どれどれ、今朝はどんな話じゃな?」
最初に顔を出したのはカニの長老だけど、他のメンバーも続いて集まってきた。
「『タカシ、A型インフルで隔離入院』、これです」
「それで、しばらく顔を見なかったんですね?」
うなずくカニのタロウ。
「わたしの取材によると、タカシは先週の水曜日、26日に発症して、翌木曜日に深井クリニックの発熱外来を受診。
みごとA型インフルエンザと診断され、タミフルを処方されました」
「確かに、爆発的な大ヒットで、映画『国宝』を上回る勢いで広がっているそうじゃ、、、」
呆れるダボハゼのヨッシー。
「長老が、また、そういうおちゃらけたことを言う。
とにかく、今年のA型インフルは流行開始も早かったし、急激に拡大してる。
おれたちも学年閉鎖にならねぇようにしねぇとな。
連載が止まってしまったりしたら、それこそ大変だ」
そう言って、自分の口にマスクをした。
タカシは、自宅3階にある長女の部屋に隔離されて寝ていた。元々みどりの部屋だけれど、今は空いている。
先週水曜日の勤務中に風邪の症状が出て、翌日から職場を休んでいた。
39度のような高熱は出なかったものの、木曜の夜は何度も寝汗をかき、着替えを繰り返した。
薬が効いて、翌朝には36度まで熱が下がったものの、のどの痛みや鼻水、気管支の症状は続いた。
食事は、コズエさんがお盆に入れてドアの前に置いて、ノックをする。
タカシは、食べ終わるとドアの前に出す。それをコズエさんが片付けて洗ってくれる。
昼ご飯はお粥を追加で用意しておいてくれて、それを台所でチンして食べた。
なるべく同じ空気を一緒に吸わないようにし、会話も慎んだ。
トイレの前にアルコール噴霧器を置いて、ドアノブに触る前に両手を除菌する。
木金と寝ていただけなのに、体中が痛くなる。
「人間は直立歩行するように出来ているんだな」
人間は、長い時間寝ていられるようにはできていないらしい。
「そう考えると、寝たきりの人というのは、大変なんだな」
タミフルは朝と晩の2回、他の炎症止めは朝昼晩の3回。飲み間違えないように気をつけるのだけれど、途中から今が昼なのか夜なのかわからなくなる。
それほど単調な毎日なのだ。寝て、起きて、トイレに行き、水分を補給して、寝る。
布団の中で職場のことを考えても何もできることはないし、幸い途中までの仕掛かり仕事や締切が迫ってる仕事があるわけでもなかった。
「課長、申し訳ありません。水曜日から出勤できると思います」
「まあ、仕方ないさ。気にせず、治してください」
スマホを持ったまま頭を下げる。
11月29日の土曜日は結婚記念日だった。システム手帳を確認したけれど、何もできない。
3階にいると、2階以下とは別世界だ。テレビもない、炬燵もない、家族との会話もない。
こんなに静かに日々が過ぎていくことが、これまであっただろうか。
時間を無駄にしているような気もするが、闘病とはそういうものかもしれない。
ケガをしたスポーツ選手のことを考える。時間の無駄なのか?
いや、無駄な時間などあるはずはない。今しかできないことをすれば、それは貴重な経験となって蓄積されていくはずだ。
タミフル服薬5日を経過した火曜日の午後、玄関の外に置き配で荷物が届いた。
「あら、何かしら?」
帰宅したコズエさんが3階に持って来た。
「あなた、荷物が来てるわよ」
ドアを開けると、ボサボサ頭のタカシがベッドの上に腰掛けている。
窓が少し開いていて、外気がドアを通り過ぎた。
「開けてごらんよ」
「いいの?」
「いいさ」
首をひねりながらコズエさんがアマゾンの箱を開けると、中からお菓子の詰め合わせが2つ出て来た。
「なに?」
「ひとつは、お母さんに。遅くなったけど、結婚記念日のお菓子。
もうひとつは、明日職場に持って行くんだ」
コズエさんが顔を赤らめた。
「忘れてたわ、、、」
「どうせ覚えていても、何もできなかったし。
お世話になりました」
ベッドの上で頭を下げた。
コズエさんも頭を下げる。
「そうね」
しばし沈黙。
「夕食は、普通で大丈夫?」
「うん、食欲も戻ったみたい」
「じゃあ、明日からは、寝るのも二階ね?」
「よろしくお願いします」
再びタカシが頭を下げると、コズエさんが笑いながら下りていった。(終わり)




