表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

わたくしの名誉のためですもの

 レオンは構えたものの、剣先がわずかに震えていた。

 相手は女だ、婚約者だ――手加減しなければと頭で思っていた。だが、その考えはすぐに打ち砕かれる。


 イルゼの一撃は、風のように速かった。


 ――チン、と澄んだ金属音が鳴る。


 レオンは反射的に身を引いてかわしたが、顔のすぐ脇を鋭い斬撃がかすめ、冷や汗が頬を伝う。


「本気……なんだな……」


 小さく呟いた声が、誰にも聞こえなかったことを願った。


 イルゼは続けて踏み込み、もう一度、鋭く突き出す。


 その動きには無駄がなかった。舞踏会で見た優雅な姿とはまるで別人だ。


 レオンは何とか剣で受け止めたが、衝撃が手首に響き、指がかすかに痺れた。


 観戦していた友人たちが、言葉もなく息を呑む気配が、遠くに感じられる。


 ――このままでは、負ける。


 初めてそう思った時、レオンはようやく気づいた。


 自分が今、侮辱した「令嬢」ではなく、誇りを賭けた「戦士」と対峙しているのだと。


 そう気づいた時には、すべてが遅かった。


 イルゼのレイピアの切っ先が、レオンの左肩を掠める。

 鋭い風を切る音の直後、服が裂ける音と同時に、鋭い痛みが奔った。


 袖から肩にかけて血がにじみ、風に乗って鉄の匂いが漂う。


「っ……!」


 レオンが息を呑む間に、イルゼは一歩引き、剣を構え直す。


 優雅に微笑んでいたが、その瞳は氷のように冷たかった。


「勝者――イルゼ・フォン・ヴァイセンベルク」


 教会の神官が高らかに宣言した。 


「勝負、ありましたわね」


 静かな声が、冷気のように場を凍らせる。


「勝者であるわたくしの望みを、叶えていただきます。まず第一に――

 わたくしを“退屈なつまらない女”と呼んだことを、そちらのご友人方の前で撤回なさってくださいませ」


 レオンは肩の痛みに顔を歪めながら、唇を噛む。


 ちらりと視線を走らせた友人たちは、言葉もなく見つめていた。笑う者は一人もいない。


「……わかった」


 短く息を吐き、レオンは一歩前に出て口を開いた。


「イルゼは、退屈でも、つまらなくもない。……先日の発言はすべて、取り消す」


 その言葉を聞いたイルゼは、にこりともせず、ただ静かに頷いた。


「結構です。では次に――」


 一拍の間を置いて、微笑を深めた。


「婚約を、解消いたしましょう。よかったですわね。貴方様の“お望みどおり”ですもの」


 その言葉に込められた皮肉は、鋭い刃よりも痛烈だった。



 ***


 

 その後、つつがなく婚約は解消された。

 もともと親同士が決めた縁談だったが、彼の顔立ちはそれなりに好みだったので、まんざらでもなかった。――あの仕打ちを受けるまでは。


 確かに、レオンがイルゼといるとき、どこか退屈そうにしていたのは事実だった。

 彼は若い男らしく、狩猟や乗馬、カードゲームやチェスを好み、

 一方のイルゼは読書やレース編み、詩や押し花といった室内での静かな趣味を好んでいた。


 どちらも、貴族の男女にとってはごく一般的な“たしなみ”の範疇だった。

 だからこそ、無理に話を合わせることもなく、自然と会話は噛み合わなかった。


 彼がイルゼを「つまらない」と感じたのも、ある意味では仕方がないのかもしれない。

 それでも――夫婦になれば、いつか互いに歩み寄り、尊重し合える関係になれる。

 そう、どこか楽観的に、悠長に構えていた自分にも非はあったのだろう。


 だが。


 それでも、友人たちの前で婚約者を笑いものにし、名誉を傷つけるような真似は――決して許されるものではなかった。


 だから、決闘をして名誉回復と婚約の解消をしたというのに――。


「イルゼ、今日は君に薔薇の花を持ってきたよ。受け取って欲しい」


 なぜレオンはイルゼに花束など持ってくるのだろう。

 

ご覧いただきありがとうございます。

この作品はここまでの展開で完結とさせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ