おもちくん、正体を明かす
異世界へ行くと決まった翌日。
私は、千佳のラボで正座していた。
「……で? なんで唐突に異世界に行くことになったんや?」
「その、ダーツが刺さったので!」
「……それだけやないよな?」
「異世界みたらしが美味しいらしくて……」
「正直でよろしい!」
ぺしりと軽く額を叩かれる。
本気で怒っているというよりは、どこか呆れている顔だった。
「まあ、うちも止める気はないけどな。レイナは初代ゲートの攻略メンバーやし、向こうに入る資格もある。けど今回は、さすがに事前準備ぐらいはちゃんとやるで」
「はい!」
「返事だけはええな……」
ラボの机の上には、千佳がまとめた資料が何枚も並んでいる。
異世界側の現在の探索拠点、確認されている危険地帯、向こうで活動している探索者の一覧、そして大きく赤字で書かれた注意事項。
それを見ただけで、千佳が実は異世界での活動も視野に入れていたと分かった。
(でも別に千佳は、異世界に行こうとは言わなかったよね)
(本当に、私の都合に合わせてくれてるんだ──)
そんなことを考えながら、私は資料に目を通していく。
──瘴気に注意。
不用意な深追い禁止。
食材の現地採取は、必ず安全確認後。
「レイナは特に、この一番うしろのやつに注意してな」
「さ、さすがに異世界の食べ物をいきなり口に運んだりしませんよ!? た、たぶん……」
私が目を逸らすと、千佳のじと~っとした目が突き刺さる。
「異世界についての注意点として、一番重要なのは瘴気やな」
「瘴気……?」
こてりと首を傾げる私。
「ああ、マインちゃんたちからの報告だと、向こうの敵そのものはそこまで無茶苦茶強いわけやないらしい。ただ問題になっているのは異世界を覆ってる瘴気やな」
「どんなものなんですか?」
「この世界のダンジョンで例えるなら、毒と呪いと疲労をまとめて煮詰めたみたいな厄介なもんらしいで。長時間触れてると、身体も魔法も鈍る。普通の探索者やと、そこが一番きついみたいやな」
「なるほど……」
つまり異世界グルメを楽しむには、まず瘴気をなんとかしないといけないらしい。
毒と呪い──毒なら無力化できそうだけど、そう簡単には行かないのかな。
私が異世界について真剣に思いを馳せていた、その時だった。
机の端に乗っていたおもちくんが、ぷるぷると震えながらこちらを見上げてきた。
「イセカイ、イク……?」
「うん。美味しいもの、いっぱいあるんだって!」
「…………ソッカ」
おもちくんは、少しだけ黙り込んでから、意を決したように身体を跳ねさせた。
「アノネ。イセカイ、ボクノ、フルサト」
「えっ」
思わず目を丸くする。
千佳も、端末を操作する手を止めた。
「おもちくんの、故郷?」
「ウン。ムカシ、ボク、アッチカラ、キタ」
「ええええええっ!?」
私は、思わず目をまん丸にする。
一方の千佳は、「なるほどなあ。そういうことかあ」と、頷くだけだったのが印象的だった。
「……え? 千佳は知ってたの?」
「いいや、可能性としてあり得るかなと思ってたぐらいや。妙にゲート周りに詳しかったり、新宿ダンジョンの深いところに平然と居ったり。普通のモンスターやないとは思ってたで」
コメント欄で、ときどき話題にされていたおもちくん黒幕説。
まさに当たらずしも遠からず、といったところだろうか。
「ジツハ、シンジュクダンジョンハ、ボクガツクッタ──」
それからおもちくんは、観念したように異世界について口を開いた。
──いわく、異世界のエネルギー問題をどうにかするためにダンジョンが作られたらしいこと。
──おもちくんは、ダンジョンマスターと呼ばれるダンジョンの作成者だったこと。
──……私がバクバクとモンスターを食べていたせいで、常に新宿ダンジョンがリソース不足に悩まされていたことまで。
「それはその……、ごめんなさい?」
「コチラコソ、ダマシテイテ、ゴメンナサイ」
ぷるんぷるんと震えながら、おもちくんはこちらを見る。
「つまりおもちくんは……、神さまだったんですね!」
「エ……?」
「新宿ダンジョンには恩があります。こうしてダンチューバーとしての夢を叶えて、毎日美味しいものが食べられて。おもちくん、新宿ダンジョンを作ってくれてありがとうございます」
それが率直な本心だった。
それはまあ、できれば深層にも美味しそうなモンスターを置いておいて欲しかったけれど。
「ソノ……、オコラナイノ?」
「なにをですか?」
「ダマシテタ……。ソレニ、キケンニ、マキコンダ」
「それなら気にしないでください。ダンジョンができて、なんだかんだで私たちはワクワクしてるんですから」
私はそう答える。
「困ったなあ。これは流石に、公の場で公表するわけにはいかんよなあ」
「そうなんですか?」
「こんな秘密、世界がひっくり返るで。これが配信中じゃなくて良かったで──レイナ、配信また切り忘れてたりせんよな?」
「指差し確認してますからね! バッチリです!」
元気に答える私。
それから私は、おもちくんから異世界について聞いていく。
「それで──やっぱり異世界みたらしは美味しいんですか?」
「モチロン! ビミ、ビミ!」
「よし来た、すぐに行きましょう!!」
「ちょっと待て~い!!」
私が気合いを入れていると、ピシャリと千佳が突っ込んできた。
「え~っと、おもちくんの故郷は瘴気により滅びかかってるんやな。で、それをどうにかするためにダンジョンを作って探索者を呼び込んだ。目的はエネルギー問題をどうにかするため」
「ウン!」
「……そして予想外にダンジョンが攻略されたことにより、今は、異世界に我々が乗り込んでいる。……大丈夫なんか?」
「ダメ! デモ、ダンジョン、コウリャクサレタ。シカタナイ」
どうやら現在の状態は、おもちくんにとっても予想していなかった事態のようだ。
「そんな滅びかけてる危険な世界に、レイナは本当に行く気なんか?」
「だって異世界みたらしが──」
「レイナ!」
「でも異世界にいった探索者は大勢いるよ? 危険なのは今に始まったことじゃないし……」
どうやら千佳は、おもちくんからもたらされた情報を聞き、異世界が思っていたよりも危険な場所なのではという不安を持ったらしい。
だとしても探索者にとって、それは今さらの話だ。
私の言葉に、千佳は難しい顔で黙り込んだ。
机の上に広げられた資料へと視線を落とし、指先でとんとんと端を叩く。
「……まあ、せやな。危険やから行かん、で済む話やないのは分かっとる」
「うん」
「せやけど、行くなら行くで条件がある」
ぴしっと人差し指を立てる千佳。
この顔は、本気のときの顔だ。
「まず、現地での単独行動は禁止。最低でも向こうの探索者か、こっちから行くメンバーと連携すること」
「はい」
「次に、食材の採取は安全確認のあと。口に入れるのはその後」
「うっ」
「うっ、やない」
「……はい」
しぶしぶ頷くと、千佳はまだ終わらないとばかりに続けた。
「それから、向こうの状況次第では即撤退。レイナがいくら強くても、未知の環境で無茶するのは別問題や」
「分かりました」
「ほんまに分かっとる?」
「分かってます! ちゃんと帰ってきます!」
その返事に、千佳はじっと私の顔を見る。
やがて、ふっと肩の力を抜いた。
「……ならええ。手続きはうちが進める。向こうで活動してる連中にも連絡回しとくわ」
「千佳、ありがとう!」
「その代わり、変なもん拾い食いして倒れたら承知せんで」
「……拾い食いじゃなくて、正式な試食です!」
「やっぱり異世界行きは取り消しの方向で──」
「わ~! 冗談、冗談ですって!」
私が大慌てでそう言うと、千佳ははあっとため息をついた。
そうして準備は、一気に慌ただしく進み始めたのだった。




