レイナちゃん式ブートキャンプ(1)
あれよあれよという間に、本当に訓練会を開くことになった。
新宿ダンジョン、深層第一地区の入口前。
集まった顔ぶれを見渡して、私はしみじみと首を傾げた。
(……なんか、すごいことになっちゃったなあ)
ゆきのん先輩。今日は配信は切っているようで、探索者として念入りに準備を整えた大きなリュックを背負っている。
マインちゃん。異世界探索チームから引き返してきたとは思えない飄々とした顔つきで、呪術師らしい装束に身を包んでいる。
長田さん。刀を手にしたアルテマ・メモリーズの指揮官にして日本屈指の探索者だ。今日は珍しくギルドのロゴの入っていない私服姿である。
軍曹。学校では鬼教官として恐れられている見慣れた姿であるが、今日はどこか無邪気にワクワクした表情を浮かべている。
その他、豪腕さんとミライちゃんといったいつものメンバーに加えて、今日は一般参加の食材さんたちが数名同行している。
すっかり大規模なイベントと化してしまったのだ。
「食材のみなさん、こんレイナ~!」
"こんレイナ~!"
"ついに始まってしまったか・・・(震え声)"
"一言で全世界からトップランカーを集める女"
"というかトップギルドの訓練会の様子、トップシークレットじゃない? 配信なんてして大丈夫なの?"
「情報は共有してこそです! なにより一人でも多くの人にカフェに来てほしいですしね!」
"ぶれねえwww"
"共有されても真似できないゾ"
"宣伝目的で訓練会を開いてた可能性?"
"連日トレンド入りしてるレイナちゃんカフェ知らん人はおらんやろ"
のほほんと笑う私とは対照的に、参加者たちの顔つきは揃って真剣なものだった。
参加者を代表するように、長田さんがすっと一歩前に出る。
「あの」
長田さんが手を上げた。
「今日の流れを確認させてください。まず何から入りますか」
「はい! まずは耐性をつけるところから始めようかなと!」
「耐性? 具体的には?」
「今日は毒と熱からいきましょう!」
自信満々に答える私。
「……具体的な手順は?」
「食べます! 耐性が身につくまで、ひたすら!」
「…………まじ?」
長田さんが、あんぐりと口を開けた。
後ろでは、ゆきのん先輩が「やっぱり」という顔で目をつむっている。
"【悲報】ブートキャンプ、初日から地獄の予感"
"脳筋すぎるww"
"この人数でやることじゃねえw"
「あ、安心してください!」
私は、笑顔でそう続ける。
「とっておきの毒をピックしてあります! おすすめの毒はこれで、熱耐性はあくまでおまけです。新宿ダンジョンの毒って、やっぱり本当に美味しくて──」
"いやあ、癒やされるなあ・・・(遠い目)"
"熱心にそんなもの布教すなw"
「……こほん、食べると耐性がつくんです。私やミライちゃんは、だいたいこの方法でやってました!」
私の力説を聞きながら、食材さんたちがおっかなびっくりで互いに顔を見合わせている。
「レイナちゃんがそう言うなら……」
「せめてイチドクメニューは制覇できるようになりたいしな……」
「こ、これがトップギルドのスパルタ訓練法!?」
"《鈴木千佳》確かに、この方法が最速ではある……"
"《鈴木千佳》ただし、最低限の耐性がゼロの相手がいきなり口にしたら普通に死ぬ"
「「「死ぬの!?」」」
"《鈴木千佳》そのへんはうちが調整した摂取量と順番のガイドライン通りにやること。豪腕くんのメニューもそれに合わせてある"
豪腕さんが、無言でクーラーボックスをトンと叩いた。
蓋を開けると、小分けにされた彩り豊かな料理がずらりと並んでいる。
いつも私が悪戦苦闘している深層のクソボスたちとは違い、見るからに美味しそうな上層から下層のモンスターたちが食材になっている。
「おお……!」
という参加者のどよめきを聞き、豪腕さんはドンと腕を組み直した。
"豪腕ニキ、嬉しそう"
"さすが真の料理チャンネル!"
"ダンジョンイーターズの最終兵器"
「思ったより美味しそうで困惑してる」
マインちゃんが、クーラーボックスを覗きながらそう言った。
「実際めちゃくちゃ美味しいッスよ! あたい、毒で昇天しかけたこと何度かあるんですけど、それでもついつい食べたくなるレベルッス!」
「昇天しかけた実績があって、それでも食べるの?」
「勿論ッス!」
マインちゃんが、不思議なものを見る目でミライちゃんを見ていた。
いざ料理が並んでも、誰も最初の一皿に手を伸ばさなかった。
一般参加の食材さんたちは互いの顔を見合わせ、ゆきのん先輩でさえリュックのストラップをぎゅっと握っている。
「まあ、こうして参加すると決めた以上はやるしかないか」
「いざっ、尋常に勝負っ!」
先陣を切ったのは、軍曹と長田さんの二人だった。
示し合わせたように同時に皿へ手を伸ばし……、
"《鈴木千佳》ちょっと待って。いきなりそれは三毒相当"
"《鈴木千佳》順番があるんや、順番が!!"
──止める声も間に合わず。
パタリ。
軍曹が倒れた。
長田さんも、その場にゆっくりとしゃがみ込んだ。
"《鈴木千佳》解毒剤~~! 解毒剤出して!"
"えぇ!?"
"初手でトップランカー二人が沈んだ~~~!?"
「豪腕さん!」
「分かってる」
豪腕さんが既に動いていた。手際よく解毒剤を取り出し、二人に飲ませる。
みるみる顔色が戻っていく。
「……なるほど、これは美味い」
目を開けた長田さんが、静かにそう言った。
「ふむ、これは確かに癖になるな」
軍曹も、起き上がりながら皿を改めて見つめている。
"!?!?!?"
"いやまた喰うの!?"
"やっぱり探索者って狂ってるんだな(褒め言葉)"
普通なら目の前で人が倒れたら、その料理に手を付けようと思う人など居ないだろう。
それでもここは、強くなることを願った探索者の集まり──むしろ解毒剤の効力が判明したことで、続々とチャレンジャーが現れる。
参加者たちはガイドラインのプリントを手に、恐る恐る料理に口を付け始めた。
"慎重に行け慎重に!"
"食材ニキは文字が読めない"
"マネちゃん忙しそう"
「毒と解毒剤を組み合わせながら食べると、毒の効果が出る前に解毒できるみたいだな」
「はい! でも毒の美味しさが薄れるのでオススメはしません!」
「あっ、はい……」
やがては味わう余裕すら出てくる参加者たち。
不安そうだった参加者たちの顔にも、じわじわと余裕が戻ってきた。
「ほう……。これは本当にやみつきになるな」
「うん、悪くない」
軍曹と長田さんが、小さくうなずいた。
マインちゃんは、無言でさっさと次の皿に進んでいた。
「でしょう!!」
身を乗り出し、私はそう笑みを浮かべる。
"でしょでしょ~! ってニコニコしてるレイナちゃんカワイイ"
"おい、この師弟、なに食べてるのww"
"九毒レベル、軽々超えてて草"
"この師弟は何なの?(困惑)"
もちろん私たちは、毒耐性にものを言わせて、豪腕さんの料理を美味しく平らげる。
先行者の特権なのだ。
──そうして、用意された料理がひと通り空になるころ。
「なんか! 身体がふわふわします!」
「これはもしかして……!」
「スキルが、生えてきてます!!」
"効果あったの!?"
"ブートキャンプ、おそるべし!!"
"ガチで機能してて草"
「ふむ……」
長田さんが、真剣な顔で腕を組んだ。
「獅子は子を崖から落とすというが、これも理にかなった訓練だったということか」
"正気に戻って!?"
"【悲報】アルテマ・メモリーズ、ブラックギルドの仲間入り"
"長田さんが感化されてる……"
"《鈴木千佳》【重要】このトレーニングは、徹底した段階管理のもとで行っています"
"《鈴木千佳》絶対に真似しないでください"
"安心しろ誰も真似するやついないからww"
"千佳ちゃん、ガチ警告してて草"
そうして最初の計画が終わり、訓練会は次の段階に進むのであった。




