そして、おまけの話
にゃああん、と可愛らしく響いた小さな声に振り向くと、猫がいた。長い尻尾をゆらゆらと揺らがせる、灰色の毛並みの大きな猫だ。
猫は金色の目を細め、もう一度にゃあと鳴くと大きく伸びをした。
そのままその場に腰を下ろして、前足で顔を洗い始める。ゴロゴロとかすかに喉を鳴らし、とても満足そうな表情だ。
猫が入り込んだ部屋の主……もう老齢に差し掛かった大神官はゆっくり立ち上がると、その職位を表す豪奢な長衣の裾を払い膝をついた。
「これは、我らが大いなる庇護者、世界に光を齎すお方でいらっしゃいましたか。長きご不在よりのお戻りを、首を長くしてお待ち申し上げておりました」
うやうやしく頭を垂れる大神官を気にするようすもなく、猫はごろりと寝転がってまた大きく伸びをする。
まるで普通の猫にしか見えないのに、大神官はやはり頭を垂れた姿勢のままだ。
「そのお姿をずいぶんとお気に召されましたか。それに、どうやらとても良き出来事に巡り遭われたご様子。
聖なるお方に仕えるわたくしにとって、何よりの喜びでございます」
機嫌良く転がる猫の気配に、大神官は目を細めて笑みを浮かべる。
この世界を創った大精霊が人への干渉を止めて、気の遠くなるほどの時が過ぎた。大精霊なんて本当は実在しないと、人々が考えるほどの長い時間が。
とはいえ、そんなこと、大精霊自身はまったく気にしない。大精霊にとって、人間の営み自体が瑣末事でしかないからだ。
それに、「干渉を止めた」といっても、こうして気まぐれに微妙なちょっかいを出すのは相変わらずだ。
むくりと起き上がった猫は、軽やかな足取りで大神官の垂れた頭の下に潜り込むと、そこでまたごろりと寝転がる。
そのまましばらくじっと大神官を見上げた後、垂れ下がった髭を前足でちょいちょいとつつき始めた。
「おお……わたくしめの髭がお気に召しましたか。それでは、あなた様の満足ゆくまで、わたくしがお相手いたしましょうぞ」
大神官は目尻に皺を寄せると、そのままぺたりと床に座り込み、本格的に髭を揺らして猫の相手を始めた。
猫はいたくご満悦といったように目を輝かせ、跳ね回る髭の先を追いかける。
もうずっとずっと昔、今では古代の歴史書にしか残っていない「聖帝国」と呼ばれた時代、この神殿こそが世界の中心だった。
大精霊の祝福の象徴たる聖皇帝がその加護をあまねく世界に行き渡らせ、すべての人間を統べる……そんな世界だったという。
が、しかし。
今は、どこから見ても大きな猫にしか見えない“大精霊”をじゃらして遊ぶ、少々立派に過ぎる神官服を纏った老大神官がいるだけである。





