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FREEDOM  作者: ホーリン・ホーク
last season
77/83

77.FREEDOM号 ※

挿絵(By みてみん)



 静かなる海を航るFREEDOM号。 

 セリーナが舵を取っている。

 ブライアンの亡骸はダグラスが抱え、浜から立ち去った。


 船室のベッドに横たわっているリッチー。

 ジャックは熱いミルクティーを淹れ、リッチーのところへ。


「……本当、大丈夫?」

 ジャックはそう言ってカップをリッチーに渡し、椅子に腰掛けた。

「ああ……。ありがとう。うむ。俺はしぶとい小悪党だからな。そう簡単には召されんようだ。善き者ほど早く逝く……」


 不意に涙が溢れ出た。

 ジョージの死。ホウリン、ルカ、コーチーズ、ハリー・イーグルたち……そしてベルザの生命を二人は悼み、祈りを捧げた。



 ベルフィールドにいるクリシアたちのことはジミーとソサエティのメンバー、そしてブリウスに頼んである。

 発つ前に、ジャックはブリウスと固く握手をした。

「妹を頼む」

「任せて。俺が死守する。……気をつけて」

「ああ。必ず帰ってくる」――と。

 ジャックは二人の顔を思い浮かべる。



 リッチーはまだ痛む体をさすりながら言った。

「リガル・ナピスが俺に憑依した時、奴の記憶も入ってきた。名をカイザとして育った幼少期、兄ベルザとともにキャプテン・キーティングに拾われ海に出た十代、側近・参謀として船を守った青年期、そして芽生えた野望、ベルザへの嫉妬、羨望」

 見つめるジャックの肩を掴むリッチー。

「お前の実の父親はデュークでもない」

 そう言うとリッチーは瞼を閉じた。


 ――リッチーの脳裏に断片的に映し出される映像(フラッシュ)

 カイザがキーティングを殺害した夜の光景。

 窯の炎。打ちつける大雨。銃声。

 嵐の叫びと襲いかかる白鯨。

 皆、波に飲まれた。

 船は沈み、散り散りに流された。

 カイザは命からがら船側の切れ端にしがみついていた。

 レプタイルズの戦士デュークは彼に手を差し伸べた。

 デュークはトレイシーを背中に抱えていた。

 気を失っているヘイワースの妹を。

 デュークは彼女を抱えたまま、カイザとの野望を果たそうとした。


 数日後、陸にたどり着いたがトレイシーはデュークの肩で死んでいた。

 砂を打ちつけ泣き叫ぶデュークを尻目にカイザは言った。

 彼女の腹に耳を当てながら「……待てデューク。まだ息がある」

「ほ、本当か? た、救けてやってくれ、何でもする」

「いや。どうやらお腹の中の心音だ。彼女は手遅れだが、赤ん坊がいる」


 二人はわかっていた。それはキーティングの子だと。

「微かだが、まだ生きている」

「救けてくれ。頼む」


 爬虫人類レプタイルズの子は卵のような羊膜に包まれ、状態を保てば何年でも生きられる。

 デュークはその子の生命を守りたかった。

 密かに愛していた女の子供を。

 カイザは訊いた。

「本当は悔しく、憎いのではないのか?」

「心底惚れた女の赤ん坊だ。大切にしたい」

「お前は憎悪に溢れているが、そこは違うのだな……わかった。お前は命の恩人だ。その義は忘れない。なんとかしよう」


 カイザとデュークはトレイシーを墓に埋めた。

 デュークは卵を抱き、守りながらカイザの行く道に続いた。

 カイザに忠誠を誓った。

 卵を無事に孵化させるまで百と九十年。

 カイザが築いたナピス研究所の保育器で未熟児のその子は育てられた。

 デュークと従えた乳母たちによって……。



 ――目を開けるリッチー。

 その壮絶な出来事と彼の誕生の経緯を、ジャックに語って聞かせた。

 握りしめた拳を緩め、ジャックは両の手のひらを見つめた。

 母は〝トレイシー・ヘイワース〟。……そして父は〝キャプテン・ジョナサン・キーティング〟。


 クリシアとは確かに繋がりがあった。

 彼女は遠く、娘のようなものだ。

 そしてリッチーとも、深い縁があった。

 時を越えた血の繋がり。

 アメリカにたどり着いたダニエル・ヘイワースはキーティングの意志を家族に継がせていた。

 それは平和への祈りだった。



 リッチーは身を起こし、座り直している。

 両手を膝に、ジャックに頭を下げた。


「おおジャック。我らがキャプテンの子」

「や、やめてよリッチー、変にかしこまって」

 リッチーはボロボロと涙を零していた。

 広い額をジャックに向け続け、黒髭も膝の毛布もボロボロに濡れている。

「もう、リッチー、OK! OK!」

 俺たち変わらない仲でいようとジャックが手を伸ばした。

 リッチーはジャックと出会い、彼を見てきた中で、感情を昂らせたジャックの顔の文様にレプタイルズの血を感じていた。

 万が一傷つけまいと黙っていたが、これほどの近縁とは知る由もなかった。


「……う、うむ。お前には頭が上がらない。お前に引き寄せられたのはこういうことだった……時を越えて、キーティングに出逢えた。いや出逢っていたんだ。これほど嬉しいことはない」



 ****



 やがて陸に上がり、リッチーが見たカイザの記憶をたどって三人はトレイシーの墓を訪ねた。

 丘の上の緑の茂る静かな墓地。

 白いカーネーションの花束を置き、ジャックは墓石を撫でた。


「ただいまママ……」

 そしてリッチーとセリーナも手を合わせた。

 手を合わせながら、リッチーは語りかけた。

「無念だったろうトレイシーの魂よ……」

 そう、想いを解くリッチー。


「どうしたら救われるのか。俺には祈ることしかできない。人を苦しめ追い詰めるのが人間なら、人を慰め助けるのも人間だ。愚かさも賢さも人の間の話だ。俺はこの国に自由と平等を求めてやってきた。希望と夢を抱いてやってきた。現実は違うのかもしれない。騙され裏切られ絶望するかもしれない。だが俺も信じたい、〝モラルの領域の弧は長いが、正義に向かって曲がっていく〟と。歴史は正義の方に向かう。今はきっと、この国家の魂を求めて続いている闘いの、悪い一つの章を通過しているだけだ。

 理想のヴィジョンは皆が救われるという黄金郷だ。支えや安心、拠り所が欲しくて国に寄りかかる。皆同じように救われたい。しかし俺が俺のエゴでどれだけ金を盗み、持てない者にばら撒いてもそれは無意味に等しい。それはきっとその場しのぎの話だ。一人の人間の根幹が変わらなければ真に救われない。

 俺は今まで自分に救いはないと思っていた。自分は排除されるものと決め込んでいた。だがこの一件でナピスいや、カイザと向き合いどこか奴が哀れに思えた。邪悪の根源、貧しく寂しい至極の闇を見た。救済はどこにある? 悪人はただ罰せられ、地獄に繋がれるだけなのか。欲や嫉妬にかられ悪に染まった罪人たちはただ追放されるだけなのか。

 カイザは許せない、心では決して許せない。しかし、このまま憎しみの連鎖を続けるのか。カイザはベルザの弟だった。はるか(さかのぼ)れば俺たちは兄弟だ。彼ら兄弟隣人は救われないまま終わるのか。もしも俺一人でもカイザと対話し、奴の魂を救うことができるのなら――」



 太陽が高く輝く晴れた空に風が舞い、緑の丘陵を吹き抜けた。

 遠くの町の教会から鐘の音が聞こえた。

 ――鐘よ。解き放て。


 耳を澄ましリッチーは頷きながら言った。


「……そう。堕ちた魂と報われなかった魂たちに俺は祈り、添い遂げ、その上で未来を()ようと思う」

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