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FREEDOM  作者: ホーリン・ホーク
last season
76/83

76.暗黒の渦 ※

 サンタクロース姿のリッチー・ヘイワースは地下水路を走り抜けた。

 ――リガル・ナピスは確かに()った。だがあのアッシュブロンドの神父は……。

 赤い服を脱ぎ捨てながら一抹の不安がよぎる。



 行き着く先は海。

 そこには彼の船〝FREEDOM号〟が停めてある。

 闇の洞を抜け、やがて雪降る岩場に踏み出した。

 勢い余って凍りついた岩肌に足を滑らせた時、リッチーの頭上を一筋の弾丸がかすめ飛んだ。

 振り向くとそこにはあの男が。



「メリークリスマス。リッチー・ヘイワース」

 荒々しく野太い声で呼び、銃を向け立っている。

 それは神父姿のヴァル・ヴォーン。

 リッチーの勘は的中した。

 だが足を挫いた彼は立てず、銃を抜いたが弾かれた。

「やっと会えたなヘイワース。わかっていた。来ると思ってたぞ」

 あきらめて座すリッチーに、ヴォーンはじわりと歩み寄った。

 彼は不敵な笑みを浮かべ、リッチーの顎を掴んだ。


「ヘイワースよ。お前が私にとって最大のクリスマスプレゼントだ」

「くっ! 何を戯ける」

「お前を誘き寄せるためにロレイン・キャッシュに会いに行ったようなものだ。あれは茶番」

「き、貴様がヴォーン……いや、ブライアン! ……よくも、ジョージ・パインドを!」

 リッチーはヴォーンの腕を掴み抵抗するが力が入らない。

「……ヴォーン。貴様は、まさか」


 ヴォーンの瞳孔は赤から金色に妖しく輝いた。

 左頬に一瞬痣が浮かび、また消えた。

「ヴォーン……いや、貴様はリガル・ナピス! さては、憑依したのか?!」

「フフフ、その通り。次こそお前の身体をいただく。このヴォーンの身体は廃れてボロボロもうこれ以上使いものにならん。爬虫人類(レプタイルズ)の高貴な血族であるヘイワース、お前の身体をいただく……」

「く、くそっ!」


 リッチーの抵抗は虚しく空を切る。

 ヴォーンの声色はもはや彼のものではなかった。

 憑依したその悪魔は皮膚が裂けるほど口を大きく開け、リッチーの魂を食らおうとする。

「憎悪を……お前の怒り、恨み、妬み、殺意、邪悪を!」

 迫る暗黒。

 渦巻く闇が轟々と二人を包み込んだ。

「や、やめろーーーーっ!!」



 リッチーが悶え叫んだその時、前のめりのヴォーンの視界を突然の闇が襲った。

 それは遠投された大きな着ぐるみ〝トナカイの頭〟。

 頭に被せられたそれを脱ぎ払ったヴォーンは、次は素の表情に戻っていた。

 裂けた口元は血まみれに、頭を振って狼狽(うろた)える。


「……お、お前は……」と、ヴォーンが振り返り、睨む先にはジャック・パインド。

 現れたジャックはトナカイの毛皮の着ぐるみを脱ぎ捨て、リッチーの様子を見た。

「遅くなってごめんリッチー。このクソ野郎、地下水路を崩していきやがって……やっとたどり着いたよ」

 岩場に伏したリッチーはちらりと顔を上げ、また伏した。

 黒い皮ジャケット姿のジャックが足を踏み出した。



 ヴォーンと対峙するジャック。

「ヴァル・ヴォーン……いや、ブライアン・ヒル。なんだそのザマは。哀れだな」

 ヴォーンは前屈みにぜえぜえと悶えている。

「とにかく一発殴らせろ」とジャックはヴォーンの胸ぐらを掴み、頬に拳を叩き込んだ。そして訊く。

「……そんなに、パパが憎かったか?」

「……う、うぅ……ジャック……ジャック・パインド。お前はジョージの息子」

 虚ろな目でジャックを見る。

 やつれた眼差しは素の、〝ブライアン・ヒル〟のものだった。


「ブライアン、お前をずっと追い続けた。十三の時からずっと。お前への復讐のために俺は生きてきた。今なら! 今ならブッ殺せる……だが、お前は一度死んだ身。ナピスの血で蘇生し、悪魔に操られてた。その経緯がわかったから、もう、いいんだ……」

「……ゆ、許せるのか? この俺を」

「許せるわけねえだろ! ……でも、憎しみは憎しみしか生まねえ。そんな負の連鎖はバカみてえだ。パパも俺もあんたの魂に深く根ざした嫉妬や執念に振り回された。だが、もう……飽きたんだよ。もうそろそろ俺は次へ行きたい。解放されたいんだ」

 

 もう決して引きずられまいと、ジャックは歯を食いしばり拳を握りしめた。

 歩み寄るブライアンの足はよろよろともつれた。

 弱々しく手を伸ばし、言う。

「ハリーも……ハリー・イーグルも俺が殺した。俺の記憶がハリーの正体を教えたんだ。それにまだいるだろう? 警官に成り済ましている者が。それもわかってるぞ……」

 その言葉にジャックは動揺し、震えた。


「ジャックよ。お前はジョージの養子だろ……お前はいったい」

 ブライアンが詰め寄り、ジャックが硬直したその時、銃声が轟いた。

 ブライアンの額に撃ち込まれる38口径。

 ばたりと、ブライアンは倒れた。

 息荒くそこへ駆けつけジャックを救けたのはセリーナ・サーカシアンだった。

「セリーナさん!」

「ジャック!」

 銃を仕舞い、セリーナはジャックを抱きしめるとブライアンの死に顔を確かめた。


 彼女は冷徹な目で言った。

「ブライアン。ベルザは仲間の盾になったあんたの勇姿に敬意を払っていた」

 苦渋と憐憫の涙。

「……クリスティーンへの想いを捨てきれなかったのね……。ヴォーンの正体があんただと、もっと早くわかっていれば……」


 そこで彼女は突如背後から両腕を掴まれ、何者かに投げ飛ばされる。

 ジャックは目を疑う。立ち尽くしているそれは……リッチー。

「ど、どうして?! リッチー!」


 ゆらりと立つ彼の目は赤くギラついていた。

 明らかに様子がおかしい。

 投げ飛ばされ岩肌に突っ伏すセリーナが身を起こしながら言う。

「……まさか、彼は」

 暗黒の気がめらめらと立ち昇る。

「乗っ取られた……悪魔に」


 リッチーの口から発せられる言葉、不気味なしわがれ声。

「……ジャック。わかるぞ。お前は〝トレイシー〟の子」

 顔を歪ませたリッチーが迫ってくる。

 左頬にドス黒い痣が浮かんでは消える。

「お前は私が保護した……デュークが育てた……トレイシーの子を」

 セリーナがリッチーに銃を向ける。

「それは誰なの?」とセリーナが問う。

「トレイシーとはダニエル・ヘイワースの妹だ。……私が保護した。その血の臭い……お前は私のものだ」

「違う! ジャックは――」

「研究所の……あの爆発で……死んだと思っていたぞ」


 リッチーは悪鬼に蝕まれ凄んだまま。

 ジャックは首を横に振り、後ずさった。

 セリーナも気圧(けお)され動けなくなっている。


「……リ、リッチー……嘘だろ? お、思い出してよ」

 と、ジャックが咄嗟にポケットから懐中時計を出し、見せつける。リッチーからクリスマスにもらったものだ。

「リッチー! 目を覚ましてよ! 俺だよ、ジャック。友達のジャック……認めてくれただろう?」

 憑依した悪魔の手がジャックの首を掴みかけた時、一瞬魔物のようなリッチーの顔が緩み、優しい目を覗かせた。


 《ジャック。聞こえるか? ……ヘヴンズパールの力を、俺の胸にブチ込め!》


「え?!」

 さらに呼びかけるリッチーの声。


 《俺は俺の中で奴と戦ってる。俺の体でこの悪魔を捕らえてる今、そいつを俺の胸に叩きつけろ……早く、やれ!》


「リ、リッチー……そんな、い、嫌だ、できない……できないよ!」


 悪魔の手がジャックの首を絞める――リッチーの心がそれを抑え込む。


「ヘイワース、キサマの次はこのジャックの身体をいただくつもりだ……」


 《ジャック、やるんだ! 俺を信じろ……俺は、死なん!》


 ジャックはセリーナを見た。

 彼女はそっと頷いた。

 そしてリッチーの怒号が響き渡った。


 《さああ、やれっ!! この悪魔をブッ潰すんだぁああ! ジャァーーーーック!!》


 ジャックは一心に迷いを掻き消した。



挿絵(By みてみん)



 ヘヴンズパールの煌光と爆風が辺り一面の雪を溶かした。

 吹き飛ばされたジャックとセリーナはふらつきながら立ち上がった。

 静寂と閃く白銀の向こう。

 岩影に横たわるリッチーはゆっくりと手を上げ、サムズアップと血まみれの笑顔を見せた……。

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