75.自由の鐘
〝礼拝の街〟スロトレンカム・聖サーヴ教会でのクリスマス慈善パーティー会場。
黒い服の護衛たちの手を制し、リガル・ナピスはまた一歩詰め寄った。
「……で? キャッシュ議員。あなたの回答は?」
「あなたのことは知っています。〝死の商人〟だと」
「ほう。ではそんな悪人からの寄付は受けられないと?」
ロレインは毅然と向き合った。
「いえ。寄付はそれぞれの誠意です。ただ私はあなたの真意がわかりません。わざわざ私にお会いにならなくとも寄付はいつでも直ぐできるものです。ですから私に手紙を書かれた意味がよくわからないんです。寄付や布施は名のってするものでもない。その人の真心。誠の心です。ましてや条件などと……」
「無償のものなど私は信じぬ」
「与えてこそ救われる。これは自身の救済です」
リガル・ナピスは護衛たちにニヤリと顔を向けた。そしてその骨と皮だけの手で顎をさすりながら言う。
「実に気高い。誇り高き精神ですな。だが私のことを知っている素振りだが、いささか偏見もある。私は国家が欲しがっているものを造るただの鍛冶屋だ。自国を護るための軍部の要望を聞いてるだけ。生き残るためだキャッシュ議員。綺麗ごとだけでは首相の席には座れませんぞ」
含み笑いで言った後、蛇のような目で睨むナピス。
ロレインは身の毛がよだった。彼女の秘書が慌てて近づいた。
「ロレイン、ここは私が」
それをナピスの護衛がしかめ面で小突いた。
「何を!」「邪魔だ、どけ」
気づくとロレインはさらに多くの黒服に囲まれていた。
取り巻きが脇を固め、リガル・ナピスは脅しにかかった。
「銃規制、核兵器撤廃、戦争放棄ではエルドランドは潤わんぞ。平和主義など詭弁だ。人間の根本は変えられん。いいか? 私の好意を無下にするな。私の寄付一億でどれだけの人間を救えると思う? お前さんのエゴで見捨てるのか? これは取引だ。今ここで議員を辞めればこの金はくれてやる。自分をとるか恵まれないガキどもをとるか、どちらかだ」
再び鐘が鳴り響く。
それは平和への切なる願い。
舞い散る雪が七色に煌めく。
氷の天使たちの慈悲深い眼差し。
そしてボランティアのサンタクロース、トナカイたちが手作りのお菓子を配り始めた。
子供たちに、大人たちに、広場の皆に。
耳を塞ぎ、首を横に振るリガル・ナピスの顔を覗き込むロレイン。
「……大丈夫ですか? 先ほども」
「……騒がしい。ここは年寄りにはこたえる」と、その見開いた目は疲れ、苛立っていた。
「わかるな? キャッシュ議員。いつだって、お前なんぞ潰せる。今すぐにでもな」
「な、何を」
ロレインは言葉を失い、後ずさった。
「私の邪魔をするなということだ。さあ、要求を吞め!」
子供たちに追いかけられた着ぐるみトナカイが黒服護衛たちの輪に激しくぶつかった。
彼らは怒り、トナカイを蹴り倒した。
周囲のざわめき。サンタ姿のボーイたちがフォローに行く。
そして丸縁眼鏡の神父がロレインを背に、リガル・ナピスの前に立つ。
神父は唐突にナピスにも「お菓子をどうぞ」とビスケットの紙袋を渡そうとする。しかし黒服に突き返される。
そこで突然現れるもう一人の神父。アッシュブロンドの髪のそれは――、
「ヴォーン!」とリガル・ナピスが喚いた。
エリアNPSからの追撃以降、消息を絶っていたナピス・ファミリーの斥候ヴァル・ヴォーン。
「ヴォーン、お前は……まさか生きていたとは」
リガル・ナピスが愕然となり、一同が固唾を飲むその一瞬、取り乱す黒服たちの僅かな隙間からサンタクロースの一人がリガル・ナピスの額を狙った。
消音装置の銃身から放たれる銀の弾丸。
その額を精確に、確実に、仕留めた!
リガル・ナピスはヴォーンにすがりつくように倒れ込む。
黒服たちは群がるサンタクロースたちをなぎ倒すが数が多過ぎて暗殺者を見つけられない。
それぞれが銃を手にしたところで高所からの狙撃。
黒服たちは次々に撃たれ、雪の地面にばたばたと倒れていった。
それはモミの木に潜んでいた、ソサエティのホークたちによるものだった。
騒然となった広場に警官隊がやって来る。
リガル・ナピスは額から血を流し、雪の地面を赤く染めた。
丸縁眼鏡の神父ダグラス・ステイヤーはロレインを保護した。
立ち尽くしていたヴァル・ヴォーンはそのリガル・ナピスの老死体を振り払うように足を踏み出した。
そしてロレインのことは無視し、突如野獣のように駆け出し、暗殺者の後を追った。
大聖堂の鐘が鳴る。
それは平和への祈り。
闇に慈悲の光が射し、全ての呪縛が解かれ、全ての存在を尊ぶ時、自由の鐘が眩く閃く。




