74.クリスマス慈善パーティー ※
一九六三年十二月二十五日。
〝礼拝の街〟スロトレンカムの聖サーヴ大聖堂では民由党のロレイン・キャッシュ議員が主催するクリスマス慈善パーティーが開かれる。
孤児たちのために寄付が集められプレゼントが贈られる。
それはロレインが議員になってから恒例の年中行事だった。
朝早くからロレインは、ボランティア団体の会員たちとツリーの飾り付けや照明の設置に取り組んでいた。
そこへ慌ててやって来た秘書の男が彼女に声をかけた。
「どうしたんです? 血相変えて」
「議員。今、この手紙が届いたのですが……差出人の名が、裏に」
ロレインは目を見開いた。
それは〝リガル・ナピス〟。
絶句しつつロレインは封を開け、手紙を広げた。
――《メリークリスマス、ミセス・ロレイン。一億。寄付させていただきたい。ただし条件がある……》――
彼女と秘書の男は青い顔で目を見合わせた。
するとその背後に現れたボランティア会員が二人の手元を覗き込んだ。
「どうされました議員。それは何ですか?」
男は臆面も見せず訊いてくる。
「え?」
「失礼。黙って近づいて」
「な、何か?」
ロレインは動揺を隠せず顔がひきつっている。
その緑のトレーナーにキャップ、丸縁眼鏡の長身の男は今初めて見る会員だった。
「いえ、どこか不穏な空気が。その手紙、もしや不吉な……リガル・ナピスからでは?」
「え? 何故あなたはそれを……」
丸縁眼鏡は頷き、強い意志の目で答えた。
「十一月にアメリカのテキサス州ダラスでの一件があり、我々は警戒していました。次はもしやこのエルドランドの貴女かもしれないと。そして奴がここへ現れるという有力な情報が入った」
ロレインの表情が強張る。
「あなたは何者?」
彼は眼鏡を外し、誠意の素顔を覗かせた。
「ナピスの暗躍を阻止する地下組織、ソサエティのダグラス・ステイヤーという者です。我々が貴女を護ります」
****
降りしきる雪。
大聖堂の鐘の音が響き渡る。
聖歌隊が〝聖しこの夜〟を歌う。
聖サーヴ堂内にはクリスマス礼拝者と招待された町長、市長、民由党の議員、町に所縁のある著名人がいる。
子供たちは広場のイルミネーションに目を輝かせている。
午後六時。
清楚なフォーマルドレスにショールを羽織ったロレイン・キャッシュが粛々と挨拶をし、パーティーが始まった。
白銀の広場には煌びやかに飾られた十メートルのモミの木。
四方には十数体の氷の彫刻が。その彫刻は天使。
翼を広げた天使のイメージが躍動している。
白い息ではしゃぐ子供たちに微笑みながら、ロレインは接客に追われた。
サンタクロースの格好をしたボーイたちがシャンパンやジュースを配る。
クリスマスソングに踊って着ぐるみのトナカイたちが登場する。
賑わう場内を見渡すロレイン。
「メリークリスマス」と小さな瞳で見上げる少女にロレインは屈んでそっと抱きしめた。
「メリークリスマス。ありがとう」
その瞳に、まるで光が溢れ出るように――。
ふと気づくと、ある男の姿が視界に入る。
ロレインはすくみながら身を起こした。
異様な重苦しい威圧。
忽然と現れた闇の総帥、リガル・ナピス。
白いローブに頭もフードで覆い、大柄な黒服の護衛二人を両脇に従えている。
行き交う参加者の波をなぎ払うようにその老いた男リガル・ナピスはじわりとロレインに近づいてきた。
「メリークリスマス、ロレイン・キャッシュ。ようやく会えましたな」
雪の被さるフードをめくると、まるでミイラのような顔が覗いていた。
特徴づける左頬の痣。
尖った頬骨に貼りついた皺だらけの青白い皮膚。
その上に血走った二つの目玉が大きくギラついている。
そのおぞましさにロレインは身を震わせた。
「お、おや……そんなにこんな老いぼれに吐き気をもよおしたかな?」
低くしわがれた声が耳に障った。
「……あ、い、いえ、すみません。あまりに忙しく動いていたもので立ちくらみが。あなたはミスター・ナピス。で、いらっしゃいますね?」
「ふっふっふ。わかっていただいて光栄ですな」
「……お手紙拝見させていただきましたが」
その時鳴り響く、大聖堂の鐘。
広場の周りに据えられた照明が氷の彫刻を七色に照らす。
沸き起こる歓声の中、リガル・ナピスがよろめくのをロレインは確かに見た。




