68.ルカの咆哮
農舎内での銃乱射、硝煙と血の臭いが漂う。
突入してきたベルザが撃ち込んだ銀の弾丸は〝ナピスの守護神〟デュークの動きを一時止めたが、葬ることはできなかった。
デュークは滴る血を舐め、銃を構えるベルザに近寄る。
散乱する薬莢と黄色い薔薇を踏み散らしながら。
「漂う潮の臭い……やはり出てきたなベルザ。〝ヘヴンズパール〟はどこだ?」
「お前はデューク。……リガル・ナピスになりすましたな。化け物め」
「ふっ、てめえこそ、今まで生き永らえた化け物だろうが。二百年前のあの時、カイザ様は確かにお前を殺したはず。教えろ。何がお前に命を吹き込んだ。何の力だ?」
ベルザの後ろにいるビフそしてサンダースは耳を疑う――このベルザも化け物だと?
ベルザは彼らに言った。
「みんな逃げろ! ここにいては死ぬだけだ」
そしてデュークに言い放つ。
「邪悪に堕ちたレプタイルズの痴れ者よ! 滅せよ!」
最後の弾丸を放った後、ベルザはデュークの胸元に駆け込み、突如光を放つ右掌をその大きく裂けた口に突っ込んだ。
眩い光条が四方に伸びる。デュークの絶叫。
が、しかし踏みとどまったデュークはベルザの腕を噛みちぎり、壁へ突き飛ばした。
ベルザは叩きつけられ床に崩れる。
さらにデュークは右腕を銛のように伸ばし硬化させ、ベルザの胸を突き刺した。
「ぐっっ! ……はっ」
「ベルザッ!」
ルカが叫び、場内へ入ってくる。その後にジャックも。
突進しながらルカはショットガンをブッ放す。が、効かない。
苦し紛れに大理石のテーブルを手にデュークの頭を殴りつけるが身じろぎもしない。
デュークは腕を元に戻し、ルカに向かい態勢を立て直した。
「おお。誰かと思えば、ルカ・スティーロか。リッチー・ヘイワースはどうした……ん?」
ジャックはベルザに駆け寄った。
ベルザは床一面に血を流し、横たわっていた。
まだ息がある。ジャックは膝をつき、彼をそっと抱き起こした。
「……ベルザ……」
「……ジャ、ジャックか」
「……じ、爺ちゃん」
微かに目を開けるベルザ。
その枯れ枝のような青白い左手がみるみる細く、肩も萎んでゆく。
ジャックは目を見て頷く。
「……おお、ジャック。私が名付けた。八月の、お前を授かったあの日に。お前は……たくましく、育った」
「あ、ああ。あなたに、守られてきたから」
ジャックはベルザの手を優しく握りしめた。
「ジャック……お前を拾った時……わからなかったのだ……お前が」
息も絶え絶え、ベルザは吐血する。喘ぎながらもジャックに伝えようと。
「はっきりと、今でもわからない、だがお前は聖者だ。授かりものだ。ヘヴンズパールを託す……生きろ、どうかクリシアのことを」
そう言って微笑み、ベルザは絶命した。
デュークはおぞましい声を轟かせた。
「シャーーッハッハ! ベルザは死んだか? さてはお前がジャック・パインドか? 二人とも連れてゆく」
ジャックは睨みつけた。
その目を見た途端、デュークの記憶と感情が激しく揺れ動く。
「お、お前は……まさか」とデュークは固まったが、その体は音を立て、止まる気配を見せなかった。バリバリと皮膚が張り、胸や腕の筋肉が漲る。
爛々と狂気に満ちた目で咆哮を響かせた。
ベルザから受けた未知の力が体内で膨張し始めていた。
「……お、おお、これだ……これぞヘヴンズパールのパワー! ……光の力を、俺は取り込んだ。無限のエネルギーを感じる。力が溢れてくる!」
聳える胴体が金色に輝き始め、湧き起こる力に興奮し続けるデュークが上を仰いだ。
その動きが固まった隙に、ルカはジャックの前に。
「逃げろジャック……あいつはもう、手に負えない」
「ルカさん、俺は戦う」
「バカッ、何言ってんだ、どう見ても勝ち目はねえ! ほら早く……おい、そこでうずくまってるサンダースさんらも早く行くんだ! ほら、行け!」
ルカは力づくでジャックを扉側へ、サンダースとビフも押し出そうとする。
デュークはゆらりと顔を向けた。
「待てぇ……ジャ……ック」
ルカは身構えた。じわりとデュークが迫ってくる。
「ジャ……ック、わかるぞ……まさか、あの子が生きていたとは……お前を連れて帰る……」
「来るっ!」ルカが叫ぶ。
デュークの太い腕が伸び、大蛇のようにジャックに襲いかかった。
そこに横から飛びつき、腕を脇腹で捕らえ渾身の力で遮るルカ、だが、軽々と振り払われ床に叩きつけられた。
「ルカさん!」呼ぶジャックをルカは手で振り払った。
「行け、行けって!」
デュークが喘ぎながら言った。
「……ルカよ、キサマなどに用はない、ヘイワースを呼べ……ヘイワースを!」
「リッチーが……てめえなんか相手にするか! てめえとは格が違うんだよ!」
その時ジャックに届く、もう一人の呼びかけ。
気づくと、抱きかかえていたはずのベルザの、絶命したその姿は無く……。
《ジャック。行くんだ。君の使命だ。生き延びるんだ》
「ベルザ……」
《ここは生き延びろ。ヘヴンズパールは君のもとへ導く》
ミシミシと巨大化したデュークが牙を光らせ口を大きく開けた。
迫るその顎にルカは突進し腕を噛み砕かれるが、離れない。
二人の声が呻りながらぶつかる。
「……ジャックよ……お前の父親は……お……れ……だ」
食らいつき、ルカは言い放つ。
「ジャックは俺が死守する!」
髪を振り乱しながらルカはジャックに手を振った。
「……お前は……俺、デュークの子」
「……んなわけねえだろ! ……ジャック、伝えてくれ……ブリウスに、よろしくとな!」
唸り声を上げるデュークの体がさらに腫れ上がる。
背は三メートルと天井につくほどに、腹は風船のように丸く膨れあがったかと思うと、体の節々から光が漏れ出した。
転がる散弾銃を手にルカが叫んだ。
「ジャァーーック! 走れぇええええーーーーっ!!」
ジャックたちが扉を越えた時、ルカの背に阻まれながら爆発が起きた。
ヘヴンズパールはデュークの体内で邪気を無限に膨張させ、ついにはその肉体を破壊した。
爆散する農舎。
黒煙が立ち昇り、木々が揺れた。
壁も柱も砕け、スレート瓦が飛散した。
砂煙の中、突っ伏すジャックは粉塵を払い除け、必死に立ち上がった。
見渡す先には焼け焦げた梁の下敷きになったビフ・キューズの背中が。
そこへたどり着くと呻き声がする。だがビフはもう死んでいて、その声はその下でうずくまるストーン・サンダースのものだった。
「サ、サンダースさん……しっかり……」
「ぅ……お、おお……ジャックか」
ジャックは梁を担ぎ、傷みを堪え、ずり動かす。
ドン・ストーン・サンダースを身を挺して守った顧問のビフ。
ジャックは手を伸ばし、傷を負ったサンダースを救い上げた。
泣きながら憑かれたようにジャックは辺りをうろついた。
しかしどれだけ捜してもベルザもルカの姿も見つからなかった。
見つかったのは残骸の中でくるくると回り続ける虹色の玉。
ジャックはその謎の球体をベルザの言ったヘヴンズパールだと察し、手を伸ばして導きに従った。
大勢が死んだ。車もやられた。
唯一使えたのは奇しくもここへジャックを乗せてきたボルボアマゾンだった。
サンダースをいたわりながら後部座席に乗せ、ハンドルを握るとジャックはそこを脱出した……。




