69.キャプテン・キーティングの炎 ※
一七五二年。
海賊キャプテン・キーティングによって解放された爬虫人類の中には、憎悪に満ちた者もいた。
カイザはそこにつけ込んだ。
「俺の名はカイザ。俺はそもそも奴隷としてキャプテンに拾われた。奴は俺たちを欺き、また売り飛ばすつもりだ。この頬の痣を見ろ。奴に殴られた痕が一生消えない。奴の口車にのるな。騙されるなよ」
キーティングに騙されていると嘘をつき、カイザは傷ついた男デュークに近づいた。
「さあお前の食いたい物を持ってこよう。俺には心を開いていい。俺とお前は同志だ。さあ何が要る?」
「……俺が食いたいのは……人間だ」
デュークは脅し半分に答え、カイザはすくみながらも頷いた。
〝クロコダイル〟の異名を持つ巨躯デュークはやがてカイザの野心に同調した。
カイザの野心、計画は先ず、キャプテン・キーティングを消すことだった。
月が怪しく煌めく夜、二人の計画は成功した。
キーティングを騙し、好物のリンゴに毒を注入し、殺した。
雷鳴が轟き、暗雲が立ちこめた。
デッド・ポエッツ・ソサエティ号の甲板には大きな窯に燃え盛る炎。
カイザはベルザを呼んだ。
「どうしたカイザ。今キャプテンを捜しているんだが何の用だ?……この窯は」
「ベルザよ。キャプテンは死んだ。これからは俺たちの時代だ」
「……な、何だと? ……何を言ってる、キャプテンが……し」
カイザは窯を指す。
「もう溶けちまった! ハァーーハッハ!」
狡猾な魔物の目。
風が虚しく吹き荒ぶ。
ベルザは怒りを露わに銃を抜いた。
「カ、カイザァアアアア!!」
突如、放たれた鞭にベルザは銃を奪われる。
それはデュークの伸びた腕だった。
「き、貴様……こ、これはどういうことだカイザ! お前は、昔キャプテンに拾われた恩を忘れたのか? 俺たち兄弟は!」
カイザの合図でデュークはまた腕をしならせベルザの手首を掴んだ。
ベルザはそのまま船首側の手摺りに縄でくくりつけらける。
そこには既に捕まったヘイワースの姿も。
「ハッ、知らんな。ベルザよ、お前の答えはわかっていた。俺に従わずば死あるのみ! お前を慕う連中も半分は片付けた」
カイザは手下に手をかざし、ヘイワースの妹トレイシーを眼前へ。
「兄さん!」
「トレイシー! ……カイザ、貴様!」
「ヘイワースよ。チェストの鍵をよこせ。さもないと……わかるな?」
手下たちがヘイワースに群がる。
ヘイワースはデュークを睨んだ。
「デューク、お前はカイザに何を吹き込まれた? お前には憎しみしかないのか?」
「黙れヘイワース。お前はただ堪えろと言った。自制と祈りしか教えなかった。俺は我慢できなかった。俺たち家族を愚弄し、虐殺した人間どもを殺しに行く!」
カイザが手を叩き、デュークの肩をさすって言う。
「ヘイワースよ。今こそが真の解放の時だ。違うか?」
「ち、違う!」
迫る手下に胸元の鍵を奪われるヘイワース。
波が荒れ、雨が激しく降り始めた。
窯の炎が消えかけても、カイザの目に宿る悪魔は未だ燃え盛っていた。
ベルザが問う。
「わからない……何故だカイザ。何故お前はキャプテンを」
「恥をかかされた」
「恥……?」
「キーティングは俺を認めなかった。お前ばかり頼りにして。俺も従順に働いたつもりだ。武器も造り調達し作戦も練り日々寄り添っても、挙げ句の果ては平手打ち。ヘヴンズパールのことにしてもお前から聞かされる始末。そう、奴はいつもお前だけに話した。お前だけが認められた」
「そ、そんなことはない。キャプテンはお前を、軍師カイザを認めていた」
「ふっ、わからんよ。寵愛されたお前には。差があった。差を感じたんだよ。……一つ目的を果たしたキーティングはこの先さらに傲り高ぶっただろう。自らを神と称し、背く者は排除した」
「お前は何を見てきた。何を聞いていたんだ。キャプテンが望んでいたものは真の平和だ。エルドランドの安寧を願っていた」
「くくっ、海賊風情が平和だ安寧だと? いつからキーティングは変わった? もっと違ったはずだ。改心した俺に従え? 皆に食料を? ハッ、俺は力を誇示するあいつを信じていた。力で制圧してこその我々海賊であろう。俺はここで千の力を得た。この俺に共鳴した最強の戦闘種族レプタイルズのデューク、以下十数名」
ベルザはカイザの背後に魔物のオーラを見た。
並ぶデュークにも同じく蠢いている。
「ベルザ兄さんよ。話はもう済んだ。俺は忙しいんだ。やりたい事が山ほどあるんでな。あばよ」
ベルザは撃たれた。胸を何発も。
その時、風が悶えるように唸った。
激しい雨が叩きつけた。
波飛沫、船が大きく揺れる。
突然、カイザたちに襲いかかる巨大な白い物体。それはあの鯨。
キャプテン・キーティングが心を通わせたあの白鯨だった……。




