60.友の死とヴォーンの正体
ソウルズの一人、ホウリンのとった行動にリッチーたちは言葉を失っていた。
ホウリンは言っていた。
『人間てのは不確かなもんだ。だから自分の死に場所ぐらいは自分で決めてえんだ』
『輪廻転生信じてんだぜ。こう見えてもロマンチストだからな俺は』
そう言って白い歯を見せ煙草を咥えてニカッと笑う。そんなホウリンが好きだった。
リッチーたちは彼の覚悟に敬意を払い、その意志を胸の奥に焼き付けた。
目的地に着く直前のラジオ放送が一同を揺るがした。
イーストリートの爆発事故。
二箇所の馴染みの地区の惨状が手短かに伝えられた。
やがてベルフィールドの地へ。
そこにはソサエティの隠れ家のログハウスがある。
待っていたソサエティの指導者ベルザは言った。
「……それは事故ではなく、ナピスの手によるものだ。潜伏させているメンバーからの情報で我々も早く動いた。アパートの方はマルコ君家族もクリシアもブリウスも避難が間に合った。無事だ。ここに居る。だがポール・ロッソ君の方はまだ確認がとれていない」
ちょうど時を同じくしてメンバー、セリーナ・サーカシアンが駆けつけた。
彼女はジープから降り、暗い面持ちで首を横に振った。
「何もかも木っ端微塵で……跡形もない」
セリーナから親友ポールの訃報を聞き、茫然と立ち尽くすルカ。
彼の顔は引きつり、出迎えていたブリウスを抱きしめた。
「……う、嘘だろ……信じられねえよブリウス……あ、あのポールが」
「おじさん……」
「俺は信じねえ!」と、ルカは膝をつき叫び散らした。
ベルザは手をかざし、ジミーの傷を癒した。
ヘヴンズパールの光がジミーの体を包み込む。
ベルザが見透す、ナピスの息差。
右腕の注射痕は自白剤と血清のものだが、リバ族の精霊に守られたその身体をヘヴンズパールが浄化していった。
やがて震えがおさまったジミーはリッチーの手を強く握り返した。
****
一夜明け、ルカがテラスの椅子に腰掛ける。
冷たい朝、ただ遠くを見つめて。
ブリウスが近づいても、しばらくは黙っていた。
「……おじさん。大丈夫?」
「……おお、ブリウス。……すまん。もうしばらく、独りにしてくれ」
涙目で後ずさるブリウスに、ルカは小さな声で言った。
「……お前がマルコさんのとこにいてラッキーだった。もしポールといて、お前まで失うことになってたら……さすがに俺も立ち直れん」
マルコはあらためてベルザとセリーナに感謝を伝えた。
ベルザはその肩を叩いた。
「マルコ君。そもそも巻き込んだこちらが悪いんだ。アパートの住人たちも強引に避難させたが、酷く迷惑をかけた。面目ない」
ベルザの顔はひどくやつれていた。
マルコもつらかったが、話を進めた。
「ベルザ。どうしても聞きたいことが。アパートに現れたヴァル・ヴォーンという捜査官のこと。ジャックの部屋に押し入ったそいつは俺を見るなり顔色を変えた。何かを思い出すように態度を変えた。風貌はかなり違っていて普通誰も気づかないだろうが、あの目つき、あれはクリスティーンの付き添い人だった〝ブライアン・ヒル〟ではないかと」
ベルザの表情は重く沈んでいた。
「当時クリスティーンが結婚した後、ブライアンは死んだと、あなたから聞かされたが」
「……うむ。死んだ、はずだった」
「はず?」
「そう。ナピス討伐に出向き、殺された。だが我々も窮地に陥り、彼の亡骸は回収できていない」
「……ん? それは……」
「信じられないかもしれないが、リガル・ナピスは死人をも蘇らせる。開発した悪魔の血清は憎悪や怨念につけ入る。邪気を増幅させ、脅威の力を与える。ブライアンはあの時捕らえられ、おそらく、蘇生した……」
顔をふさぐベルザの肩をさすりながらセリーナが横から事実を認めた。
「そうよ。マルコさんあなたの推察通り。録音テープの声紋をハリー・イーグルが調べた結果、ナピスの斥候ヴァル・ヴォーンはソサエティの元メンバー、ブライアン・ヒルだと断定した。彼はナピスの怪物となって蘇った」
「やはり……」
「リガル・ナピスはブライアンの記憶をあてにソサエティのアジトを、ベルザを見つけ出そうとしている」
そこでリビングのドアが開き、話を聞いていたリッチーと、彼に支えられたジミーが入ってきた。
「だいぶ良くなりました」とジミーは頭を下げ、見た事を話した。
「あの収容所で、俺の目の前でピンブルは『ヴォーンはブライアンだ』と言い、そいつに殺された。そのヴォーンの狂気を操るかのように、隣りに車椅子のリガル・ナピスがいた」
次にリッチーが語る。
「警官のウィップスも怪物と化した。ジャックの友達だったコーチーズも憎悪と怨恨で生きてきたという。ではそのブライアンの憎悪とは? 組織に見捨てられたことへの恨みか? 彼の中にあったものとは……」
眉間を押さえながらベルザは答えた。
「ブライアンはクリスティーンを愛していた。それをジョージに奪われたと妬んだ。彼は心の底でジョージを憎んでいたんだ」
ベルザは手で顔を塞ぎ、嗚咽した。
「……いや、憎むべきは私だ。そもそもがブライアンをソサエティに引き入れた、私なんだ」




