59.キャプテン・キーティングと白鯨 ※
デッド・ポエッツ・ソサエティ号から見下ろす夜の海原に、一頭の鯨が寄り添うように泳いでいた。
「白鯨だ……」
そう言って目を凝らしていたダニエル・ヘイワースの視線はキーティングに移る。
「うむ。俺の友達だ」
隣りに立ったキーティングはそう答えてリンゴをかじりながらヘイワースに語り始めた。
「……あれは猛吹雪の北極海を遭難しかけた時だった。俺を呼ぶ声が聞こえた。その声の主はあの鯨で、俺に救けを求めていた。俺は海に飛び込み、腹に刺さった銛を抜いてやった。その礼にと我々を極寒から海路を導いてくれたんだ……」
「……声が聞こえたと?」
「そう。あいつは神の使いだ」
キーティングは嬉しそうに語る。
「デカいからな。そして美しい」
「ああ。心を奪われる」
「だが人間なんて、悲しいほどに小っぽけだ」
不思議だな……とヘイワースはまた白鯨を見つめた。
キーティングは頷いた。
「以来、俺たちの周りを彷徨いてる。……よく話をするんだ。あいつは嘆いている。この星は荒れつつある。邪気が渦巻いていると」
「大海賊と呼ばれるあんたが言うと変だな。皆あんたを恐れ、悪と見做してきた」
「俺は強権王政に抗うまでだった。これまで手荒なことはしたが、女子供、弱き者を殺しちゃいない。実はな。血を吐くようになって怖くなったんだよ」
ヘイワースは顔を向け目を見開く。
「どこか悪いのか?」
「はは。顔はいいんだがな。己の死期なぞ俺のみぞ知る。まぁ、宿命には逆らえん。しかしチェスト奪還の目的は果たす。疲れたら、ベルザとお前に譲るつもりさ」
そう言ってヘイワースの肩を叩いた。
「お前たちのことを教えてくれたのもあの白鯨だ。かつて我々は仲間だったと」
「俺たちと……」
「ああ。上も下もない。未来を拓くには俺たち隣人種族が手を取って理解し合い、共に歩むことだ」
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一七五二年。海賊船デッド・ポエッツ・ソサエティ号の上。
王宮の蔵から奪還した宝箱を感慨深く眺めるキャプテン・キーティング。
「これぞ我が祖キーティング王の遺産、キーティング・チェストだ」
側近のカイザが顎をさする。
「金銀財宝。『世界を我が手に!』ですな」
「それだけではない。中には万物創世の結晶〝天界の真珠〟が入っている」
「……ヘヴンズパール?」
キーティングはヘイワースを呼んだ。
「このチェストを開けられるのはお前たちの神器〝レプタイルズ・キー〟だけだ」
ヘイワースは胸に手を当て、密かに携えているキーを確かめた。
カイザは隣りに立つベルザに訊いた。
「何なんだ? ヘヴンズパールって」
「この世界を創造した爆発のエネルギー、それを内包した、光の球体。……だとキャプテンに聞かされた。はるか昔、この国を統治していたキーティング王は神の啓示を受けた。ヘヴンズパールは建国と統治に光明をもたらす宝珠。また、蔓延る邪悪を滅する力を持っていると。ある種のお伽話……伝説らしいが」
「しかしそこで謀反を起こしたのが、一人の宰相……」
「そう。かのエルドランド一世。今の圧政時代の礎を作った男だ。キャプテンは永年の宿願を果たした。ヘイワースたちの力を借り、ヘヴンズパールを奪還した」
ベルザはそう言って皆を抱きしめるキーティングに微笑む。
カイザは左頬をさすりながら白い歯を光らせる。
「これでいよいよ我らがキーティングが王に返り咲き、この国を支配するわけだな」
「……いやカイザ。それは少し違う」
「はあ?」
「うむ。キャプテンの願いはもっと違う次元にある」
「意味がわからねえ。権力と掌握。俺たちが担ぐんだろが」
「希望と夢の国を作ると。キャプテンは未来を視ているんだ」
カイザはベルザから離れ、キーティングへ酒を注ぎに。
「おぅ。カイザ。軍師カイザよ。お前も飲め」
「はは。キャプテン。……ベルザから聞きました。王座奪還の鍵を握るヘヴンズパールの話を。私にも詳しく……」
あれ以来、年中フードを被ってやや左の頬を隠しているカイザ。
キーティングは腰を屈めてその目を覗き込んだ。
「カイザ。あの時はすまなかった」
「……い、いえ」
「俺はお前を買っている。わかるか? 軍師カイザがいなければ生き残れなかった」
「は、はい。それはキーティング家に仕える者の使命」
「……なあ、カイザ。どうしたら争いはなくなると思う?」
「へ?」
「次はそれを考えてくれ。お前のその秀でた頭脳で」
カイザは固まった。
肩を叩き、落ち着いたらなと言い寝室へ戻ろうとするキーティングの後を追う。
「キャプテン!」
ほろ酔いで上機嫌のキーティングは振り向き、人差し指を立て言った。
「そうだ。先ずは食い物だ。皆に等しく食料が行き渡るように」
リンゴを手に、笑顔で言った。
「お前が調達してくるリンゴ。いつもめっちゃ旨いぞ」
ギターとバンジョー、コンガが鳴り響く。
その夜、開かれる洋上のダンスパーティ。
ヘイワースの妹トレイシーは美しく踊る。
キーティングは彼女の目に誘われる。
手拍子に合わせ二人は踊った。
ヘイワースは温かく見守った。
平和への願いを込めて。
このリズムに憂いが解き放たれ、永遠に自由でありますように。
そしてレプタイルズの戦士デュークはそれを静かに見つめていた……。




