58.神風ホウリン ※
その時、ダグラスを見下ろす〝マッド・ソルジャー〟ウィップスの背後に一人の男が立った。
彼らより小柄な、もう一人の怪物が。
目を赤く滾らせ、鼻息荒く唸っている。
前傾姿勢で手足の長い、腹を空かした狼を想わせる風貌。
突如現れた新たな脅威に一同すくみながらもジャックはその顔をよく見ようとした。
ダグラスはリッチーに手を差し伸べながら言った。
「……三人。ナピスの血に適合したのは三人だと。そいつも来たんだ」
ウィップスが振り返って新手に言う。
「おい若造、〝ウルフ〟よ。ボーっと突っ立ってねえで手を貸せや」
するとウルフは突然ウィップスの顔面を手の爪で切り裂いた。降りかかる血飛沫!
「う、グァアア……キサマ!」
凝視していたジャックはそのウルフの素顔に気づいた。
データにあった成功例。信じたくはなかった。
「コ、コーチーズ……やっぱり、お前か?」
ウルフ=コーチーズは昔のように笑ってみせた。
それはジャックの幼馴染み、端正な顔立ちに傷痕が特徴のコーチーズ。
「ふふ。そう、お前はジャック。俺の友達……」
返り血を浴びながらもコーチーズは、狼狽えるウィップスに蹴りを入れ、ジャックに手を。
「ジャック。俺の忘れられない友達ジャック・パインド。……立って早くみんなと逃げるんだ。ここは俺が食い止める」
「お前どうして」
「言っただろう? ウィップスはいつか俺がぶっ殺すって。そう、俺はサンダース・ファミリーを抜け、志願してここに来た。俺の執念が悪魔の血を受け入れた。この男は俺が誰なのか気づきもしなかったがな。憶えてもいないわけだ。笑っちまう。……執念。そう俺はこいつへの怨みだけで生きてきたんだ」
リッチーは叫んだ。
「ホーーウリーーンッ!」
エレファントに足を掴まれ部屋の隅から引きずられてくるホウリンは、渾身の力でエレファントの手を振り払い、すっくと立ち上がる。
折られた左腕をさすりながら防毒マスクを外した。
「ガスも薄れてきたしもういいだろ。あーあ。怪物くんたちよ、ちょい待てや。最後の一本くらい吸わせてくれ」
そう言ってMA-1ジャケットの懐を広げ、ホウリンは煙草を咥えた。
その時そのどてっ腹に見えたのは幾重にも巻き束ねられた、ダイナマイト。
リッチーは目を見開いた。
「……な、何だお前その、腹に……」
「ああ。俺の覚悟は常にここに決めてある」
「さ、最後の一本て……おい!」
ホウリンは血まみれの顔でニカッと笑い、至福の一服を味わう。しかしジッポーは仕舞わない。
「リッチー! この怪物どもは俺が始末する。だからジミーを連れて、皆早くここを出るんだ」
彼の腹では何本もの導火線が並び立っている。
「まさか! やめろ、ホウリン!」
ホウリンはリッチーに、ジミーに、ジャックに手を振り幸運を祈った。
「ここが俺がたどり着いた死に場所だ。リッチー、俺はあんたに出逢えて救われた」
「何を言う、馬鹿な真似はよせ!」
「聞いちまったけどレプタイルズ上等。ハッ! リッチーはリッチーだろう?」
「言えなかったんだ。すまない」
「どうってことない。都会で聖者になるのは大変だとわかったが、限りなく聖者に近いあんたに出逢えた。ルカとも意気投合し、クールにコトを済ませながら不思議な使命感を感じてた。俺の知るマイナス百度の冷たい街も幾分救われたさ。ありがとな」
そう爛々と、ホウリンは目を光らせ声を轟かせた。
「だから早く行けぇーーっ! 巻き添え食らうぞ!」
ダグラスに無線が入った。
迎えのルカが近くに来ているという。
ダグラスはジミーを背負い、立ち上がった。
「リッチー、行こう。ジャックも」
火を持った右手をホウリンは高く突き上げた。
「頼むぜ、ダグラスさん!」
ジャックが叫ぶ。「ホウリンさん!!」
コーチーズもジャックに行けと腕を振り上げた。
「恩返しだジャック。俺はあの時お前にかばってもらって、本当に嬉しかったんだ……」
「コーチーズ!!」
ホウリンは皆に別れを告げた。
「剛毅木訥、仁に近し。神風、矢吹鉄二! バンザァアアアアアアーーーーイッ!!」
ホウリンはエレファントの胸元に突撃し、道連れにした。
コーチーズもウィップスと相打ち、共に絶命した。
爆風に押し出されるように四人はエリアNPCを脱出した。
リッチーとジミーはルカの車に、ダグラスとジャックは乗ってきたワゴン車に……。
****
その数時間後、イーストリートの夜の街に二つの爆発が起きた。
消防と警察は処理を急ぎ、これをガス爆発事故とした。
一箇所は繁華街ヴァンサントスのイタリア料理店Porcorosso、もう一つはフェデリッチ通りにあるチェンバースアパート……。
ロケットランチャーを手にしたナピスの斥候ヴァル・ヴォーンが焼け野原になったポール・ロッソの店跡地に立つ。
それはヴォーンが手を下したソウルズへの見せしめだった。
粉微塵に跡形もなく。
次に向かうはチェンバースアパート。
発見できない遺体に舌打ちしながらヴォーンは管理人室跡を探り、地下への扉を見つけた。
地下へは通路が拡がり、彼の記憶が駆け巡った。
――このアパートの地下こそベルザの隠れ家!
そこに立ち、ヴォーンの脳裏に封じ込まれた過去の残像が再び蘇る。
ベルザや地下組織ソサエティへの思い。そして……。
しかし見渡しても人の気配はなく、通路の先は泥土で埋め尽くされ、潮の香りだけが微かに漂っていた……。




