57.壮絶な戦い ※
監視ルームにいるダグラスから無線が入り、防毒マスクを着けたリッチーとホウリンが空調室を出た。
《ジミーは地下のB15号室にいる。そこを右に出て五百メートル行って階段を下りろ。扉は開けておく》
――今行くからなジミー、待ってろ――そう心で呼びながらリッチーは先へ急いだ。
催眠ガスで白く霞んだ通路を抜けると開かれた鉄の扉が待っていた。
その広く天井の高い部屋に一人、ジミーが横たわっていた。
リッチーの堪り兼ねた感情が爆発する。
「ジミーーーーッ!!」
二人は駆け寄る。
半裸のジミーは鎖で縛られ、痛めつけられた痣だらけの体がぶるぶる震えていた。
「しっかりしろジミー。しっかり……」
リッチーは深く呼吸を整え、鎖と鎖を繋ぐ三つの南京錠を、指輪として着けていた形状記憶ピックで瞬く間に解いた。
そして脱いだ上着をジミーにかけ、抱えこむ。
「ジミーもう大丈夫だ。俺たちが来たんだ」
「……う、うぅ……リッチー」
ジミーは目に涙を浮かべ、か細い声で言った。
「リッチー……俺、黙り通したぜ……みんなのこと」
「ああ、わかってるさ」泣きながらリッチーが頷き、携えたマスクをあてがう。
その時ホウリンが声を上げた。
「待て、誰か来る! 足音が聞こえるだろう、走ってくるぞ!」
迫り来る二人の影。
それは部屋の入口から飛びかかるようにリッチーたちの前に立ちはだかった。
上半身裸、下は包帯で覆われた二人の巨躯。
その一人には見覚えがあった。霞むガスの中、男はニタリと顔を近づけた。
「……やはり来たなお前たち。マスクをしていてもわかる、臭いでわかるぞ。ヘイワースとホウリンだな」
鼻の穴をひくひくと拡げ詰め寄るゴリラ顔。
「俺が誰だかわかるか? そう、キサマらをずっと前からマークしていた俺だ。ウィップスよ……」
それはイーストリートの警官ウィップス。
その巨体はさらなるものになり脅威を見せつけた。
張り出した頬と顎、肩や腕の筋肉を漲らせ、手首には痛々しい無数の注射痕。
後ろの男も同様に、その体はウィップスよりもさらにひと回り大きい。
ウィップスは野獣の如き唸り声で威圧する。
「リッチー・ヘイワースよ! キサマの本領を見せてみろ!」
叫ぶと同時に腕を鞭のようにしならせリッチーに叩きつけた。
防毒マスクが吹っ飛び、リッチーとジミーは床に激しく叩きつけられる。
「ほぉら、立てーっ!」
リッチーは脇に携えた拳銃を抜いた。
「撃てよホラ、この身体は鋼鉄並みだぁ、さあ撃て! 試したいんだ撃てよぉお!」
隣りに立つホウリンが引き金を引いた。
しかし弾丸はウィップスの胸を貫けない。硬い皮膚に遮断されてしまう。
「嘘だろ……まじバケモンだ」
すくんだホウリンの首をウィップスは掴み、壁に投げ叩きつけた。
うずくまるジミーはガタガタ震え出す。
ウィップスは血走った目で向き直る。
「弾丸なんて効かねえ! 俺はナピスに選ばれしソルジャーだ! さあかかって来いリッチー。デューク様から聞いたぞ。キサマにはレプタイルズの血が流れてるんだろう?」
もう一人の怪物〝エレファント〟はホウリンに向かって歩いてゆく。
「俺たちに催眠ガスなんて効かないんだよ。ほらホウリンとやら。まだお寝んねには早すぎるぜ。もっと俺たちを楽しませろ」
その丸太のような足に踏み潰される寸前、ホウリンは意識を取り戻し、躱した。
何発撃っても効かず、リッチーは拳銃のグリップでウィップスの厳つい顔を殴りつけた。だがビクともせず、分銅鎖のように腕を振り下ろしながらウィップスは襲いかかった。
リッチーはその右腕を掴み一気に背負い投げた。
巨体が宙を舞う。
ウィップスは床に背中を打ちつけ、転がるも床を蹴り、膝をつくリッチーに再び飛びかかる。
両頬を殴打され、リッチーはガクリと床にのびた。
「来いよヘイワース。そんなもんじゃねえだろう?」
ホウリンの格闘も力及ばず、ついに彼はエレファントに左腕をへし折られた。
ホウリンは唸り、床に這いつくばった。
ウィップスがリッチーの首根っこを掴んだところでダグラスとジャックが駆けつけた。
ジャックは声を上げ発砲する。
しかしウィップスはそれを手のひらで受け遮断した。
ダグラスはエレファントを撃つが弾丸はやはり超硬皮膚に弾かれた。
ウィップスは指差す。
「なんだてめえら……んーん。その臭い。俺の嫌いな臭いがする」
ウィップスはリッチーを放り投げ、ジャックの方へ。
そして防毒マスクのゴーグルの中を窺った。
「……ジャックか! その薄汚ねえ臭いと虫ケラの泣き声は忘れねえ!」
相方のエレファントが口を挟んだ。
「ウィップスよ。こいつらは生け捕りだと聞いたが」
「……ケッ! エレファント。このガキぐらい潰したって構わねえ」
ウィップスは暴走し始める。
ジャックの前に立ちはだかるダグラスをウィップスは軽々と投げ飛ばし、じわりと迫った。
突如立ち上がったリッチーがウィップスに飛びかかり後ろから首を絞めた。
「ジャックには手を出すな! くたばれウィップス!」
ニタリと笑うウィップスは踏ん張り、そのまま飛び上がって天井の面にリッチーをプレスした。
リッチーは口から血を吐き、また床へ崩れ落ちた。
ダグラスが駆け寄りリッチーの前に。ウィップスが見下ろす。
「……ふっ、てめえはルカ・スティーロでもねえし、誰なんだ?」




