第十部
【ゆうれい 幽霊】
①死んだ人間から排出された精神エネルギーが可視化されたもの。
人間の姿で見えることが多いが原因は不明。
「パンッ」
架は厚い辞書を閉じ、図書館の天井を見上げた。
「幽霊か。」
先日現れた父親らしきものは幽霊だったのではないか、架はそうとしか考えられなかった。幽霊が人間の精神エネルギーだと分かったのは一昔前。どこかの大学の教授が、死んだ人間は生きていた時より体重が軽いという例のオカルティックな謎を解明した。どういう仕組みなのかはよく分からないが簡単に言うと、生まれたときから人の周りには膜があり、それが死んだときにはがれてエネルギーとして空気中に放出されるらしい。その発見を機に脳の業界は一気に盛り上がり、今では夢の仕組みまで解明されている、という噂。
「おーい架くんっ。」
「わっ!」
突然目の前に現れた加奈の顔に架は椅子の上で体勢を崩す。
「ちょっと、驚かせるなよ。」
「ボーっとしてるのが悪いんだよ架くん。私だけ働かせて架くんは何してるの?」
「ちゃんと仕事してるから。それより、見つかった?」
「まあ、最近のが多いけど、いくつかはちょっと古いのもあったよ。」
そういいながら加奈は架の前の机に新聞の束を置く。
「うわ、多いな。」
「だって幽霊関連の記事があったのを全部持ってきたんだから。」
幽霊の事件、あの教授の発表があってから幽霊というものが現実になった。今まで在るのか分からなかったものが在ると分かったのだから当たり前かもしれない。それにより新聞などでも幽霊関連の記事がいつからかあげられるようになっていた。そして幽霊による事件などが少なからず起こっていた。
「で、その架くんのお父さんの幽霊は架くんを襲ったの?」
「まあ、見方としてはそれでいいだろうね。僕は拒否してたし。」
「でもさあ、幽霊が人を襲うなんて事件は私聞いたことないよ。そもそも幽霊に意思はないって言われてるし。」
「確かに、それはそうだな。」
意思がないエネルギーだけの存在が人を襲うなんてことは本来考えられない。偶然だとしてもあの父親の幽霊は出来過ぎている。
「あっ!」
「えっ!」
「ねえねえ見て見て架くん。」
山のように積まれた新聞のなかから加奈は一つの新聞紙を取り出し机に叩きつけた。
「ここ、ここだよ、ここ。」
「分かったからちょっと待てって。」
加奈の指さす先を目で追い架はある記事を見つけた。
―幽霊による傷害事件か―
昨日午後22時、路上で肩から血を流して倒れている男性をたまたま通りかかった女性が発見し110番通報。その後救急車で搬送されたが男性の命に別状はないそうだが被害者の男性は
「死んだ妻が襲ってきた。」
などと意味不明な発言をしており、目撃情報もないことから捜査は難航する模様。
警察はあらゆる面から調査していくということだ。
「これは、えっと、本当なのかな。」
「えー信じないの?幽霊だよ幽霊。死んだ妻が襲ってきたんだよ。怖いねぇ。」
「まあ、お父さんとは同じ状況だよね。」
架の予想通り、幽霊が人を襲うという事件は以前にもあったらしい。
「えーっと、ここ新聞は・・って、えっ!」
「なになにどうしたの?」
「この新聞二週間前のだよ。」
「うんうんそうだね。何がおかしいの?」
「だってニュース毎日見てるけどこのニュースやった?見た覚えがないんだけど。」
見ていたとしたらすぐに思い出したはずだ。それが覚えていないということは架の記憶が正しければテレビで放送されていないということになる。
「それはこのニュースがそんなに大きい事件じゃないからじゃない?新聞に載ってるスペースも少ないし。」
「でも傷害事件だぞ。普通は放送するだろ。」
「うーん、そうかな~。」
もしこれが本当に幽霊がやった事件というのなら、確かめるしかない。
「架くん?」
架は持ってきた荷物をかばんに入れ立ち上がる。
「いくぞ加奈。」
「え?行くってどこに。」
「この人のとこだよ。」
新聞のあの記事を指さしながら歩き出す。やはり今日は「熱い」




