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闇色の公子(最終稿)  作者: と〜や
第三章 家族の肖像
9/48

3-2

「ファーデス殿、お話したいことがある」

 セイディアが彼を誘い出したのは、騒ぎがあって数日後のことであった。

「何でございましょう、セイディア様」

 中庭の人影まばらなはずれまで来て、ファーデスは声をかけた。セイディアは足を止め、振り返った。その顔に憤怒の形相が浮かんでいるのはすぐ見て取れる。

「ファーデス殿。あなたの目的は何なのです。いまさら父の前に現れて、父に取り入って。まさか王位が目的なのではないでしょうね」

 手はすでに腰の剣に乗っている。ファーデスはにっこりと笑った。

「何を恐れていらっしゃるのです? 兄上」

「兄などと呼ぶな! 私はお前の兄などではない!」

「では、セイディア様と及びいたしましょう。私が、あなたがお継ぎになられるはずの王位を狙っている、と?」

 やわらかく微笑む。セイディアの表情に時折迷いが見て取れる。

「そ、そうではないか。まるで狙ったようにこのような時期に現れてっ」

「このような時期?」

「私とリーシュラの婚礼の時に、だ」

 ファーデスは声を上げて笑った。

「何をおっしゃるかと思えば。逆ですよ。私がこの星に着いたその日に、あなたが婚礼をあげられていた。ただそれだけです」

「では、何が目的だ」

「剣に手をかけて、私を殺すおつもりですか」

 少しずつ距離を縮める。

「返答次第だ。人を殺すなどやりたくはないが、王家を守るためなら厭わぬ」

「あなたは本当にフィディアス様にそっくりですね。その気性も何もかも。私は、苦労を強いられた母の思いを伝えに参ったのです。そして、私という存在を父に知っていただくために」

「苦労を強いられた、だと? それは私の台詞だ。父が旅の踊り子に夢中になったおかげで、我々がどれだけ苦しい思いをしたか、知るまい。あんなあばずれに入れあげるなど、父の気が知れぬわ。母はその心労が元で、心の調べが狂ってしまわれた。父が戻ってからもそれは治ることなく、サンディアナを産んでまもなく亡くなられた。私はあの女も、お前も許さぬ」

「それこそ、私の台詞です。父上が母の元を去ってから、母は身一つで私を育ててくれた。父上は、それを知りながら、何一つ手を差し伸べてはくれなかった。母は、働きぬいて、私が十になった日に亡くなられた。オルディアの父に拾われるまでの私の苦労を、あなた方には分からぬでしょうね」

「わからぬわ。だが、お前が現れるまで、我々は幸せだった。この幸せを壊すものを、私は許さない」

「どんな幸せですか。無知の幸せでしょう?」

「何……?」

 不意にそれまで穏やかだった少年の口調が厳しいものに変わった。

「一つ星の王となろうものが、何も知らないとは。あなたの民がどんな生活をしているのか、あなたが頼みにしている重臣たちが、どれほど頼りなく、私腹を肥やし、民を圧迫しているのか。それらの一つでも知っていれば、幸せだなどという言葉が出てくるはずがない」

 セイディアは唇をかみしめている。

「なにも言い返せないんですね。あなたと語っても無駄のようです。失礼」

 そういい、侮蔑を含んだ冷たい笑みを浮かべながら、ファーデスは踵を返した。あとにはプライドを粉々にされ、呆然と立ち尽くす皇太子の姿が残された。


「セイディア様、探しましたわ」

 リーシュラが寄ってきたのにセイディアは気付かなかった。

「あなた、どうなさいました?」

「あやつ……俺を無能だとぬかしおった……」

「どなたのことです?」

「あの、隠し子とやらいう男だ!」

 拳で近くの花を払いのける。怒りがとどまらない。

 悔しさがこみ上げてくる。こんな敗北感は初めてだ。妹と比較されることは慣れていた。だが、皇太子は自分だと優越感に浸っていた。

 それなのに、あの男は。

「許さぬ。私に恥をかかせおって」

 沸々と沸いてくるのは、怒りだけではない。恥をかかされた悔しさと、自分の不甲斐なさへの憤りも混じっている。かつては妹によって、そしてこれからはあの男の存在が自分を苦しめるのだ。

「あなた……」

 リーシュラは夫の初めて見るこの姿に戸惑い、どす黒い不安に胸を締め付けられた。何も起こらねばよいが、と祈らずにはいられなかった。



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