3-2
「ファーデス殿、お話したいことがある」
セイディアが彼を誘い出したのは、騒ぎがあって数日後のことであった。
「何でございましょう、セイディア様」
中庭の人影まばらなはずれまで来て、ファーデスは声をかけた。セイディアは足を止め、振り返った。その顔に憤怒の形相が浮かんでいるのはすぐ見て取れる。
「ファーデス殿。あなたの目的は何なのです。いまさら父の前に現れて、父に取り入って。まさか王位が目的なのではないでしょうね」
手はすでに腰の剣に乗っている。ファーデスはにっこりと笑った。
「何を恐れていらっしゃるのです? 兄上」
「兄などと呼ぶな! 私はお前の兄などではない!」
「では、セイディア様と及びいたしましょう。私が、あなたがお継ぎになられるはずの王位を狙っている、と?」
やわらかく微笑む。セイディアの表情に時折迷いが見て取れる。
「そ、そうではないか。まるで狙ったようにこのような時期に現れてっ」
「このような時期?」
「私とリーシュラの婚礼の時に、だ」
ファーデスは声を上げて笑った。
「何をおっしゃるかと思えば。逆ですよ。私がこの星に着いたその日に、あなたが婚礼をあげられていた。ただそれだけです」
「では、何が目的だ」
「剣に手をかけて、私を殺すおつもりですか」
少しずつ距離を縮める。
「返答次第だ。人を殺すなどやりたくはないが、王家を守るためなら厭わぬ」
「あなたは本当にフィディアス様にそっくりですね。その気性も何もかも。私は、苦労を強いられた母の思いを伝えに参ったのです。そして、私という存在を父に知っていただくために」
「苦労を強いられた、だと? それは私の台詞だ。父が旅の踊り子に夢中になったおかげで、我々がどれだけ苦しい思いをしたか、知るまい。あんなあばずれに入れあげるなど、父の気が知れぬわ。母はその心労が元で、心の調べが狂ってしまわれた。父が戻ってからもそれは治ることなく、サンディアナを産んでまもなく亡くなられた。私はあの女も、お前も許さぬ」
「それこそ、私の台詞です。父上が母の元を去ってから、母は身一つで私を育ててくれた。父上は、それを知りながら、何一つ手を差し伸べてはくれなかった。母は、働きぬいて、私が十になった日に亡くなられた。オルディアの父に拾われるまでの私の苦労を、あなた方には分からぬでしょうね」
「わからぬわ。だが、お前が現れるまで、我々は幸せだった。この幸せを壊すものを、私は許さない」
「どんな幸せですか。無知の幸せでしょう?」
「何……?」
不意にそれまで穏やかだった少年の口調が厳しいものに変わった。
「一つ星の王となろうものが、何も知らないとは。あなたの民がどんな生活をしているのか、あなたが頼みにしている重臣たちが、どれほど頼りなく、私腹を肥やし、民を圧迫しているのか。それらの一つでも知っていれば、幸せだなどという言葉が出てくるはずがない」
セイディアは唇をかみしめている。
「なにも言い返せないんですね。あなたと語っても無駄のようです。失礼」
そういい、侮蔑を含んだ冷たい笑みを浮かべながら、ファーデスは踵を返した。あとにはプライドを粉々にされ、呆然と立ち尽くす皇太子の姿が残された。
「セイディア様、探しましたわ」
リーシュラが寄ってきたのにセイディアは気付かなかった。
「あなた、どうなさいました?」
「あやつ……俺を無能だとぬかしおった……」
「どなたのことです?」
「あの、隠し子とやらいう男だ!」
拳で近くの花を払いのける。怒りがとどまらない。
悔しさがこみ上げてくる。こんな敗北感は初めてだ。妹と比較されることは慣れていた。だが、皇太子は自分だと優越感に浸っていた。
それなのに、あの男は。
「許さぬ。私に恥をかかせおって」
沸々と沸いてくるのは、怒りだけではない。恥をかかされた悔しさと、自分の不甲斐なさへの憤りも混じっている。かつては妹によって、そしてこれからはあの男の存在が自分を苦しめるのだ。
「あなた……」
リーシュラは夫の初めて見るこの姿に戸惑い、どす黒い不安に胸を締め付けられた。何も起こらねばよいが、と祈らずにはいられなかった。




