6-7
父が死んだ。殺された。あのピラカの手によって。
やっと宴が終わって、柔らかいベッドの中でうとうとしかけた頃だった。眠りを破ったのはあの叫び声だった。
じきに知らせが来た。父が死んだと。殺したのはファーデス様の側近、ピラカという男だと。
眠気は一瞬で覚めた。これがあの方の言っていた敵討ちなのだ。ファーデスがほのめかしていたことの結果なのだ。
彼の言葉を本気にしなかった。だが、事件は起こった。
――これがあなたの言っていた敵討ちなのですか、ピラカ。
ファーデスが本当は殺したのではないか、と疑惑の念が湧き上がる。彼が殺したのをかばっているのではないか。だが、真実なのだ。
数日も経つと、彼の噂で王宮は蜂の巣をつついた騒ぎとなった。
――あんな虫も殺さぬようなおとなしい男が国王を殺したんだって? 怖いねえ。人は見かけによらないもんだ。
女官たちがひそひそと噂している。
アガルティナは事件の報告を聞いた。ファーデスから聞かされた。ピラカは本当は二十年前に死んだ王の兄君のご落胤だったのだと。指輪も見せられた。フィラディア三世の肖像画にも書かれた青い石。彼は復讐を遂げるために二十年をかけてこの星に舞い戻ってきたのだと。
アガルティナは彼と語った様々なことを思い出していた。そう、気がついてはいたのだ。二十一年前の事件を調べると聞いた時から、そして、父の仇を追っていると聞いた時から。
いや、初めて会った時に気がついてもおかしくなかった。彼はフィラディアに生き写しだったのだから。
それを、気づこうとしなかった。故意に目を閉じ、耳をふさいでいたのだ。
どうしよう、と心が不安定に踊る。
彼の死刑宣告は三つの惑星で大々的に報道されていた。知らないはずはない。このまま放っておけば、彼は確実に死ぬだろう。フィディアス殺しの犯人として。
だが、私はどうなる? あの人以外に夫は考えない、と心に誓いながら、あの人を見殺しにするの? できるの?
心が千々に乱れる。なぜ、あの人を愛してしまったのだろう。なぜこんなことになったの?
その答えは見えている。あの人が心のうちに深い縁を囲っていることを、私は知ってしまったから。絶望に近いその淵に次第に近づいていたから。放っておいたらきっと、あの人はその淵に飛び込んでしまうだろう。放っておけなかった。
そして、自分を自分としてみてくれた、最初の人だから。
なのに、私は間に合わなかった。あの人は深い絶望の淵に飛び込んでしまった。なぜあの時、聞かなかったのだろう。あなたの狙いは誰なのか、と食い下がらなかったのだろう。そうしたら、もしかしたらこの悲劇は防ぐことはできたかもしれないのに。
だが、所詮無理だったのだ。たとえ私が邪魔をしたとしても、あの人はやり遂げただろう。それだけが彼を動かしていたのだから。
悔いても仕方がない。あとはいかにしてあの人を助けるか。なぜあの人は逃げようとしなかったのだろう。まるで最初から諦めていたかのように。
愛しく思っていた人が、一転して父を殺した犯人になる。これほどの不幸があろうか。どうすればいいのだろう、助けなければ、あの人は殺される。
その思いを、父の仇という言葉が遮る。
たとうえそうであろうとも、自分の父を、王を殺したことは見過ごせない事実として自分の前にある。それに対しても私は目を瞑ろうとしている。
殺された王の娘の立場を取るか、殺した男の恋人の立場を取るか。
だが。
どちらが悪いのだろう。自分の兄を殺した父と、父を殺されてその復讐を遂げた彼と。結果は出ない。
だから言ったのだ。復讐は何も生み出さないと。
もし私がピラかを愛していなければ、セイディアのように父を盲信し、父だけを見ていたならば、今度は私が彼を殺していただろう。そうやって、互いに殺しあいながら終わることなく続くのだ、因縁の輪が。
終わらせなければならない。こんな悲しいことは。
あの人を死なせてはならないのだ。人が死ぬのはもうたくさん。
アガルティナは毅然と頭を持ち上げた。
我々の足元が犠牲者の血で満たされているなら、その盃を蹴っ飛ばしてみせる。中をすっかり空にして笑ってみせる。たとえその中に自分の父や兄弟の血が混じっていようとも。
彼らの屍は越えていかねばならない。目の前に横たわる父の死を、私は越えていく。あの人を救い出してみせる。
たとえあの人が敵であろうとも、あの人を愛しているこの心に間違いはない。心の赴くままに、私は歩いて行く。
それが間違いだとも思わない。
アガルティナの瞳は輝いていた。




