6-3
王の部屋へそっと忍び込むと、王はまだ机に向かって本か何かを読んでいる最中だった。侵入者に気づいて、顔を上げる。
「どうした、ファーデス。興奮して眠れぬのか?」
だが、それに答えずファーデスは王をじっと見つめ、言った。
「……王、教えてください。母と一緒にいたとき、本当に幸せでしたか?」
「何を言い出すかと思えば。当たり前じゃ。いつまでも一緒にいたいと思っていた」
「それではなぜ、母と私を捨ててこの国に帰ってきたのです。母は、一人で私を生み育て、死にました。あなたのことは何一つ文句も言わずに。指輪を渡してくれて、ただ、私に父はあなただと語ってくれた。子供が出来たことも知っていたのでしょう? なのに、あなたは何一つ母にしてくださらなかった。母は本当に偉大でしたよ。必死に働きながら、私を慈しんで育ててくださった。なのに、あなたはこの星にいて、ただ人民の上にあぐらをかいていた。結局あなたは母を弄ぶだけ弄んで、子供が出来た途端さっさと捨てて国に帰ってきたんだ。どんな苦労を母がしたか、あなたは知らないでしょう。辺境の町で女が一人、生まれたばかりの子供を連れて、どんな生活をしていたと思いますか?」
フィディアスはいきなり問い詰めてきた少年をまじまじと見つめ、それから眼鏡を外してため息をついた。
「……お前とフィーのことは、本当に済まなく思っている私とて、居場所がばれなければあのまま生活していくつもりだった。だが、私には守らねばならぬものがあった。この星が、住人がいた。フィーはそれをわかってくれたよ。私が帰らねばならなくなった、と言った時、にっこり笑って送り出してくれた。わしは本当に泣きたくなった。ここにいつまでもいたいと思った。だが、それも夢だとわかっておった。……ファーデス、我々王族は、何一つ自由にはならん。妻でさえな。お前もいずれわかろう」
「……結局はそうなんですね。幸せだったと言いながら、ひとつも顧みようとはしないんだ。ずるいですよ。だから、母が死んだ時、復讐を思い立ったんです。あなたへの復讐を」
王は目を細め、愛しい息子を見つめた。
「今までのことだって全て、あなたと王族への復讐でした。私や母が苦しんでいることも知らずぬくぬくと生活していたあなたたちが私には許せなかった。何もかも奪ってやろう。一番大切なものを奪い去ってやろう。じわじわと苦しめて、追い詰めてやろうと」
何をしゃべっているのだろう、と思いながら、ファーデスは矢継ぎ早に喋った。
「少しは堪えたでしょう? 皇太子も結婚して、幸せの絶頂であったあなた方を、突き落とすのは簡単でした。もっとも、セイディアに切りつけられた時は死を覚悟しましたがね」
頬が引きつってくる。扉の方に注意を向ける。誰か入ってくるのではないかと警戒しながら。
「……あとはあなただけだ」
「わしを、殺すのか」
「ええ、殺します。あなただけは私の手で。もうしばらくしたらピラカがやってくるでしょう。父の敵を討つために。けれど、彼には殺させません。私が殺します」
そう言うと壁に飾ってあった剣に手を伸ばす。王はそれを微動だにせず見つめ、ため息をついた。
「……お前に殺されるなら本望じゃ」
そう言い、微笑む。
「……ファーデス。お前は勘違いをしておるのだ。わしの一番大切なものは、お前自身だというのに」
言い聞かせるように。ファーデスは動きを止めた。……自分が、最も大切なものだった、と?」
「嘘を言わないでください! どうしてそんなことが言えるのですか!」
「フィーと過ごしたあのひとときが、わしの生涯の中で一番安らげる、幸せな時じゃった。あのフィーの血を引くわしの子なら、誰より可愛く思えるわ。それもフィーに生き写しとなればなおさらのこと。わしはお前がこの星に現れてから、ずっと幸せだった。まるであのフィーが生きてそばにいるかのように感じておった。もう二度と会えぬのかと思っておった。指輪を託したものの、もう子供もフィーも死んでしまったものを思っておった。お前とあった時、わしはもう死んでもいいと思った。もう心残りはない」
剣を構える手が揺れる。そんな……。
今までのことが全て無駄だったと? ……それでは、何のために今まで策を弄してきたのだ。ぐらぐらと視界が揺れた。これは王の策略ではないのか?
ファーデスはふらつきながら頭を抱えた。思考能力が落ちている。頭が考えることを拒否している。まるで真っ白だ。
少年はその場にへたりこんだ。




