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事件は公表されず、うやむやのうちにセイディア廃嫡は決定された。セイディア王子は病気のため王宮の一室にて静養することとなり、ファーデスもまた病気のためしばらく静養する旨の発表がなされた。
だが、真相は噂としてささやかれるようになった。廃嫡を拒んだセイディア王子がファーデスを斬った、と。誰かが故意に噂を漏らしたという声もあったが、大半はファーデスに同情が集まり、世論はファーデスの味方をするようになってきた。
今や実質上の第一継承者はファーデスであった。
ファーデスの傷が癒えて復帰さえすれば、すぐにでも立太子式は行われることだろう。アガルティナを女王に、という声もあったにはあったが、いまや悲劇の王子に祭り上げられたファーデスの勢力に勝てるものではなかった。
数日経ってからピラカがそのことを伝えると、ファーデスは病床で微笑んだ。
「一時はどうなることかと思ったが、それならこの傷もずいぶん効果があったということになるな」
そういい、胸の包帯を見下ろす。傷跡は残るといわれていた。
「それはこちらの台詞です。事件を聞いたとき、目の前が真っ暗になりましたよ」
「すまん、よけきれると思ったのだが、体力が落ちたな」
痛みに顔を引きつらせながら笑う。だが、あの瞬間の恐怖は忘れられなかった。狂気に満ちたセイディアの顔が、ふりおろされる剣の閃きが、脳裏に焼きついて離れない。
「まずは体を治すことです。世論はあなたの擁護に回ってますから、ここ二、三ヶ月ほどゆっくり休んでも大丈夫だと思いますよ」
「そうだな。……時に、リーシュラ殿はどうなっておる? セイディアの狂乱となれば、離縁もしかたあるまいが」
「そのことなのですが、主治医もご懐妊の様子はないそうなので、フィディアス王のお許しさえ出れば出立されるそうで」
「そうか。そのほうがいいかも知れんな」
「お気になりますか?」
「そりゃ、少しはな」
するとピラカはずるそうな笑みを浮かべた。
「実はお見舞いにいらっしゃってるんですが、どうします? お呼びしましょうか?」
「入ってもらってくれ」
そういうファーデスの顔はぱっと明るくなった。ピラカが扉を開けると、恥ずかしそうにリーシュラは立っていた。
「さあ、どうぞ」
ピラカはそういうと、リーシュラと入れ替わりに病室を出て行った。
「リーシュラ様」
彼女はそばの椅子に座ることなく、立ち尽くしていた。
「今日は、お別れに参りました。本当はあなた様に顔も見せられないくらい恥ずかしく思っているのです。夫が、セイディア様があなたにしたことを考えたら、私……」
「気になさらないでください。あなたとセイディア様とは別個の個人なのですから。夫のことでどうして妻を責めましょう?」
そういいながらも、妻、という響きを心苦しく感じる。
「あなたにそういっていただけると、本当に楽になりますわ。ファーデス様、私、ラヴィラに戻ることにいたしました。夫となったセイディア様を支えきれず、このようなことになってしまったのは私にも責任がございます。ラヴィラに戻って、もう一度考えたいのです」
「戻ってしまわれるのですか……」
ファーデスが寂しげに言うと、リーシュラはうなずいた。
「ええ、その方がいいと思いますの。そして、もっと大人になってから、あなたにお会いしたいのです。……そのときには会ってくださいますわね?」
「もちろんです」
少年は彼女に手を伸ばした。彼女が手を差し伸べると、その手を引き寄せ、唇を当てた。やわらかな感触。
「お別れの、くちづけをいただけますか?」
まだ起き上がれない少年は、恥ずかしそうに言った。彼女は小さくうなずき、彼の上にかがみこんだ。
そのまま少年の腕は彼女の頭をかき抱いた。唇をあわせ、そっと頬を寄せる。彼女のぬくもりが伝わってくる。
「お元気で、リーシュラ様」
耳元に唇の感触を残して、少女は出て行った。




