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厳かに鐘が鳴る。街の中はしんと静まり返っていた。まるで街中が死に絶えたように思える。
町外れにある一族の墓地に着くと、墓堀はすでに済んでおり、棺は静かに穴の底へと下ろされていった。弔いの言葉が流れ、土がかぶせられていくのを喪主である金髪の少年は泣くこともなくじっと見つめていた。その全てを見落とすまいとするかのように。
すっかり埋められてしまうと、葬列に参加した人々はそれぞれに散っていく。その中、じっと立ち尽くしていた喪服の少年に声をかけるものがあった。
「ファーデス様」
「ピラカ」
「戻りましょう。おいでくださった皆様をお見送りせねばなりません」
「……そうだな」
気丈に立ち続ける少年の顔は青白く、かみしめた唇は紫色だ。ピラカは、彼の横顔をしばらく見つめていた。十五歳になったばかりの少年は、父親を失ったのだ。
「お気を落とされませぬよう」
「わかっている」
そう応じる少年は、五年前とは違う。すでにオルディアの跡継ぎとして自覚を持ち、自ら進んで様々なことを知ろうとする、企業家の卵ともいえるものであった。その瞳に浮かび上がる炎はあの頃よりももっと鮮明に激しく燃えている。
ピラカはすでに二十一の年を数え、ファーデスの優秀な補佐官と賞賛されるまでになっていた。後継者を降りた段階でオルディアの家からは離れ、母の姓であるケレンティを名乗ることを選んだ。
拾い親でもあるオルディアの遺体が埋められた場所を見つめて、ピラカはつぶやいた。
「残念です。あなたがこれほど早くお亡くなりになろうとは思いもよりませんでした」
「……本当にな。もっと元気で長生きしていただきたかった。おかげで私はこの年でオルディアを背負わねばならない」
「あなたならば背負い切れましょう。これまでも、これからも」
ファーデスは振り返った。何のことだ、といぶかしむ顔で。
「今までといっても、私はまだ何もしていない。これから何をしたらいいのか、迷っているというのに」
「あなたはたった五年で、あの人を納得させられるだけのことを吸収したのですよ。私が十年以上かけてもできなかったことを。それだけでも十分その能力を推し量れるというものではありませんか」
「そうかもしれん。が、そうやって結局全てを私に肩代わりさせたのだろう? ピラカ」
本当にずるい奴だ、といわんばかりににらみ、続いて微笑む。
「ですが、やはり器の違いは感じます。さすがはフィロデスタ王家の血を引くお方だ。あなたが後継者でよかったと思いますよ。私では無理です」
「だが、お前がいなければ分からぬことも多い。お前は父の右腕であった男だからな。お前にはまだ色々教えてもらわねばならん。いつでも私のそばにいてくれ」
「もちろんでございます。それが私とあの人との契約ですから」
それ以上言葉を交わすことなく、館へと引き返していく。
鋭くやり返しながらも、それが出来るだけの信頼が二人の間にあることをピラカは感じていた。おそらくファーデスは他の誰よりも自分を信頼してくれている。オルディアの旦那より、今では彼の母も含めたすべての人よりも。
だが、それを裏切られたとき、ファーデスはどうするだろう、自分を。私を憎むだろうか。それとも殺そうとするだろうか。それでも許そうとするだろうか。
否。
それはありえないだろう。自分も結局はオルディアのネジの一つ。彼にとってはそれ以上のものではない。きっと、切り捨てるだろう。
時々考えていた。
いつまで謀っていられるだろう。いつまで自分を偽り続けるだろう。
そこまで考えて、ピラカは嗤った。
偽る? なぜ私が自分を偽らねばならぬ。いつだって私は自分に正直に生きてきた。たとえ自分の秘密をひた隠してきたとしても、それは当たり前のことだ。いつか自分の悲願を達成するため、その手段でしかない。オルディア家も、ファーデスも。
それが偽りだというのか?
「ピラカ、何かまずいことでもあったのか? 眉間にしわを寄せて」
不意にファーデスに言われて、ピラカは我に返った。館で参列者を見送る最中だった。
「いえ、少し疲れたようです。すみませんが、休ませていただいてもよろしいでしょうか」
「それはかまわないが、大丈夫か? 顔色が悪い」
ええ、と答えてピラカはあてがわれた客室へひきこもった。扉を後ろ手に閉めながら、深くため息をつく。
何かが違う、と頭の中で騒ぐ声がする。何が違うというのだ。分からないのになぜこれほど不安に駆られるのだろう。自分が彼を騙していることが引っかかっているのだろうか。それとも、裏切りがばれたときのことが怖いのだろうか。
喪服を脱ぐ手ももどかしく、彼はそのままベッドに倒れこんだ。ふかふかのベッドが気持ちいい。
だがそれを楽しむ気持ちにはなれなかった。眠りよりも、安らぎよりも、心が騒ぐ。
冷たい手で心臓を掴まれたかのように、不安が心を塗りつぶしていく。
あの人が死んだことがそれほどのショックだったのか。それはありえない。彼の死が自分の野望にいささかでも影を落とすとは思えない。むしろ、ファーデスが組織の頂点に立っているほうが都合がいい。
彼が自分を必要としてくれている限り、そして彼が自分を無条件で信用してくれる限り、自分は彼を思い通りに動かせる。もちろん、彼も凡庸ではない。自分が傀儡にしようとすれば気がついて自分を遠ざけようとするだろう。だが、彼と自分の方向が同じ限り、彼が動けば動くほど、自分に都合よくなる。
だからこそ、彼に付き従っているのだ。
それが偽りだと?
だがその答えを出すのをピラカ自身がためらっている。なぜ?
それは、これからもピラカの心をかき乱し、不安にさせることとなった。
いつの間にか眠っていたらしい。ピラカは額の上の冷たいタオルに気がついた。
衣服も喪服から寝巻きに替わっている。
「起きたのか、ピラカ」
身を起こすと、淡い金髪の少年が近づいてくるのが見えた。
「ファーデス様」
「お前の様子がおかしかったから覗いてみたんだ。そしたらベッドに倒れこんだままピクリともうごかないから……。さっきまで熱にうなされてたんだ、まだ起きるな」
ベッドに戻され、ピラカはおとなしく横になった。
「すみません、あなたのほうが精神的にも疲れていらっしゃるはずなのに、補佐官である私のほうが倒れてしまうとは」
額のタオルを取替え、ファーデスは椅子を引き寄せて座った。
「いいよ、父上が倒れてから今日までお前、ずっと働きづめだったろ。それに、お前のほうが父上との付き合いは長い。ゆっくり休んで早く元気になれ」
「申し訳ありません」
不意にファーデスはベッドの端に腰掛け、ピラカの胸に顔をうずめた。
「ふ、ファーデスさま?」
「……お前まで私を置いていってしまうのかと思ったよ。もう私を一人にしないでくれ。あんなに怖い思いをしたのは初めてだ」
彼の言葉に、ピラカは驚き、そして微笑んだ。一つの答えが現れた。
結局のところ、私は彼が好きなのだ。
金髪を撫でるようにして、彼は少年の頭を抱いた。震えが伝わってくる。
「分かっております。もう二度と、そんな気持ちにはさせません。あなたが望む限り、そばにいます」
「本当だな?」
「嘘は申しません」
そういい、彼は少年の顔を上げさせた。これほどいとおしく感じるのはなぜだろう。涙を浮かべながら自分を見る少年を。
自分のために涙を流してくれたのは彼が初めてだ。母ですら、涙を流してくれた記憶はない。
「あの人が、父上が死んでもそれほどショックじゃなかった。でも、お前まで失ったかと思ったときは、心臓が張り裂けるかと思ったぞ」
「もったいないことです。さあ、もう泣き止んでください。もう大丈夫ですから」
そういいながら、ピラカはさらに深い悩みを抱え込んだことも確信していた。




