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「そなたか」
ファーデスに案内されて、ピラカは王の寝室に入った。そこは自分の部屋やファーデスの部屋と違い、調度品の一つ一つが最高級品のもので占められていた。きらびやかに飾り立てられた濃い色のカーテンが天蓋から垂れ下がり、強く甘い香りがたちこめている。
「お呼びと伺いまして」
「うむ。ファーデス、しばらく下がっていてはくれぬか」
そういわれて、ピラカはちらりとファーデスを見た。下がろうとするファーデスに首を振る。
「陛下、私がいては語れぬ話でございましょうか?」
「……語りづらくなろうの」
「申し訳ありませんが陛下、ファーデス様にもご臨席いただきたいのです」
ファーデスは驚いたようにピラカを見、うなずいた。
「そなたが言うならばよかろう。だが、出来るだけ見えぬところで聞いておれ」
「ありがとうございます」
ファーデスはベッドから離れ、カーテンに隠れたあたりにクッションを置いて体を預けた。ピラカは王のほうに向き直った。
「では、お話を承りましょう」
「うむ。そなたと初めて会ったとき、なぜかそなたを懐かしく思うた。ナヴァルから話は聞いておったが、会ったことはなかったはずじゃ。そうじゃな?」
「その通りでございます」
「ファーデスからそなたの話はよう聞いた。ナヴァルの館に引き取られたくだりから、そなたの名前が出ぬことがなかった。そなたがオルディアの次期当主にファーデスを推薦したのだそうだな」
「ええ、私ではオルディアを背負っていくだけの才覚がないと考え始めていた矢先のことでしたから。それに父もそれを承知の上で彼を拾ってきたのだと、私には分かっていました」
「そうか。……ところでそなたの生い立ちを聞かせてくれぬか。ファーデスから聞いた限りでは、あれとであったときにはすでにオルディアで十年を過ごしていたと聞く。それまでの話を聞かせてくれぬか」
「……聞いてどうなさるおつもりです? 亡きオルディア様と同じように子供を拾い集めて、教育でもなさるおつもりですか?」
その言葉には鋭い棘があった。フィディアスが黙ってしまうと、ピラカは首を振った。
「失礼、言い過ぎました。ですがなぜ私の生い立ちなどに興味をもたれたのです? 私は単なるファーデス様の企業上の代理人に過ぎませんのに」
「彼との話の中でそなたの名前が出ぬことはない。興味を持たぬほうがおかしいとは思わぬか」
「……本当のことをおっしゃっていただいてかまいませんよ、陛下。ファーデス様の前とて遠慮は要りません」
冷たすぎるほどの言葉の応酬に、ファーデスは不吉なものを感じていた。
フィディアスはため息をついた。
「そなたによく似た男を思い出したのだ。かつて常に私の前を走っていた男のことを」
「フィラディア様ですね」
「知っておったか」
「アガルティナ様よりお聞きいたしました」
「フィラディア三世はわしの兄だった。たった二年しか離れていないというのに、彼はすべてを与えられていた。わしはそれが羨ましくもあり、妬ましくもあった。
兄の廃嫡が決まったとき、わしは飛び上がらんばかりに喜んだ。兄が持っていたものが、わしの手に転がり込んできたのだ。だが、兄は全てを失っても笑っていた。たいしたことではない、と笑い飛ばした。愛するべき妻と息子がいるのだから、と。やがてわしはその意味を悟った。手に入れたものはどれも、たいしたものではないのだと知ったのだ。すべては決まっていた。誰でもよかったのじゃよ。頂点に座るものは。わしの妻となったものは兄の許婚であった。だが、わしらの間に愛などなかった。あったのは王位というものだけじゃ。それを知りもせず、わしは自由と引き換えにこの位を手に入れた。一番の愚か者はわしじゃ。
せめて、あのころの兄ぐらいの押しの強さがなければ、セイディアもわしと同じ思いを味わうことじゃろうな。
……それから少しして、フィーに出会った。彼女は奔放で、自由の匂いがした。わしはすぐさま彼女に夢中になった。彼女こそ、本当に愛することができる女性だと思った。周りから止められたら彼女と手を取り合い、この星から出て行った。所詮は夢だったがの。わしは連れ戻され、彼女は行方知れずになった」
王は言葉を切り、ピラカのほうを向いた。その顔に浮かんでいるのは、哀れみのように見えた。
「ピラカ、と言ったか。そなたは自分の生き方に満足しておるか?」
不意を突かれてピラカは顔を上げた。
「フィディアス王……」
「納得も出来なければ満足も出来ぬような生き方は、自分の首を絞めるだけじゃぞ」
「それをおっしゃるためにわざわざお呼びになったのですか」
そういう口調に毒はない。
「いや、一つ聞きたくてな。そなたはどこの出身だと申しておったかの」
「出身は知れません」
「だが、ナヴァルに拾われたときにはすでに物心ついておったのであろう?」
「ええ、あの方に拾われたのは六歳の頃でした。ちょうどその頃に母を亡くして街をさまよっておりました。はっきりは覚えておりませんが、あの方から、このフィロデスタで拾ったのだと後から聞かされました」
「この町で、か」
「そうだと思います」
「……やはりそうであったか。そなたの髪の色皮膚の色は間違いなくこの星の人間の証。……不思議なものよの」
「何が、ですか?」
フィディアスの口元がゆがんだ。
「血のつながりもあるまいに、これほど兄に似ておるとはの」
ピラカは必死で能面を築いた。
「陛下……」
「もう下がってよい。些細なことで呼びつけてすまなかったな」
「いいえ、それでは失礼いたします」
礼をし、出て行く。その背中を見つめる青い瞳があった。




