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闇色の公子(最終稿)  作者: と〜や
出会いと始まり
2/48

1-1

主要登場人物が揃います。

 少年はうっすらと目を開けた。薄いカーテン越しに差し込んでくる日の光が、少年のうえにやわらかく踊っている。燦々と輝くその光に、黒髪の少年は否が応でも目を覚まさずにいられない。

 彼は大きく伸びをし、上半身を起こした。ゆるく結わえられた髪が肩に流れを作り出す。ベッドから起き上がり、窓に歩み寄った。カーテンを引きあけると白い光が彼の目を焼く。

 窓を開けて身を乗り出す。まだ朝早く、温められていないひんやりとした空気が、彼のほてった素肌を引き締めていく。冷たい感覚が心地よい。

 街がそろそろ起きる時間のようだ。ちらほらと見え隠れする人影。静かな心地よい朝の目覚めを少年は楽しんでいた。

 だが、その静けさを破る音を彼の耳はとらえた。

 ばたばたと廊下を走り抜ける足音。それを追いかける複数の足音と、呼び止めようとする声。

 すっかり気分を害されてしまった。

 ――こんな朝早くに、一体何事だ。

 ガウンを羽織って部屋を出ると、丁度向こうから走ってきた小さな影にぶつかった。そのまま、影はひっくり返る。

「なんだ、お前」

「ああ、ピラカ様、よいところに。そのまま捕まえてください。水浴をしていただこうと思っておりましたら急に嫌がって走り出されてしまって……」

 追手の女官の言葉に、ピラカは影を見下ろした。薄い金色の髪の少年は、転んだ体勢のまま不安そうにピラカを見上げている。

「父上がまた気まぐれで拾ってこられたのか。どうした、お前。風呂はいやか」

 少年はむっとした顔でぷいと横を向く。しかたない。ピラカはため息をつき、女官を制止した。

「俺がやるよ。風呂の用意は出来てるんだろう?」

「はい、ですが」

「じゃあ、みんなを下がらせて。俺一人でやれるから」

 しかし女官はあわてて引き止めた。

「そんな、旦那様にしかられてしまいます」

「あの人はそんなことを気にするような人じゃないよ。いいから」

 追い払うしぐさをすると、女官はようやく引き下がった。

「それでは、よろしくお願いいたします」

「今後は俺がやるから。ほら、起きろ」

 転がったままの少年を抱き上げる。少年は抵抗もせず、すんなり腕の中に納まった。そのまま浴場に向かいながら、ピラカは聞いた。

「ずいぶん重いやつだ。何歳になる」

「十歳」

「母親はどうした」

 返事はない。

「いないのか」

 やはり返事がない。浴場に着くまで、少年は一言も口を利かなかった。


 無理やり少年の汚れた服を脱がせ、浴槽に放り込む。派手に水しぶきがあがるのを横目に、ピラカも服を脱いだ。浴槽は広くて結構深く、悠々と泳ぐことも出来るほどだ。あふれんばかりに満たされた湯が、二人が入った分だけ流れていく。

 気持ちよさそうにゆったりと浸かっていたピラカにばしゃっと湯をかけてにげる少年。その声が浴場全体に響き渡った。

 追いかけ、捕まえる。そのまま力ずくで浴槽から引きずり出し、少年を座らせると体を洗い始めた。

 赤く茹で上がった肌を丹念にこする。それが痛いのか、金髪の少年は時折声を上げた。

 何度も湯をかけ、洗い流す。汚れが落ちてやわらかくなった金髪をもみ洗い、指ですき流しながら、ピラカは少しだけ嫉妬を覚えた。自分のような黒い髪の人間はこの星には少なかった。これほどきれいな金髪の者も少ないが、その髪の色を見るだけで、わずかながら嫉妬を感じ、劣等感にさいなまれる。

 指の感覚をくすぐったがって声を上げる少年。

 だが、こいつに嫉妬を覚えたところでしかたがない。自分はこの星で生まれたわけではないのだから。

 自分もまた、この少年と同じく十年前に父に拾われた存在に過ぎない。

「ほら、いいぞ」

 湯殿を出て、用意されていた白いタオルで体と髪を拭いてやる。タオル地のガウンに袖を通し、少年にも同じものを着せてやる。

「髪の毛をしっかりと拭いておけ」

 ふかふかになった少年の体を抱き上げる。少年はピラカの黒髪をつかみ、にこっと笑った。ピラカもつられて微笑んだ。


 部屋に戻ると少年はピラカの肩からするりと滑り降りた。きょろきょろとあたりをものめずらしそうに見回す少年は、ピラカには風変わりな生き物のように映った。

「おもしろいか?」

「こんなの、はじめてみた。こんなに広い部屋があるんだな」

「おい、そのまま出歩くな。着替えろ。せっかく風呂に入ったってのに、風邪を引くぞ」

 ピラカは女官が置いていったものと思われる子供用の服を差し出した。少年は匂いをかぐと嬉しそうに笑った。

「おひさまの匂いだ」

 そういい、着替え始める。その姿を見ながら、十年前の自分を重ねて苦笑を漏らす。

「そんなに嬉しいか?」

「こんな服は初めてだ。いつもはこんなにぱりっとしてなかったもんな」

「お前、名前は」

「ファーデス」

「親はどうした」

「父ちゃんは知らない。見たこともないよ。母ちゃんは……この間死んだ。葬式とかは近くの人が出してくれたけど、おれ一人になって、どうしていいかわからなかったんだ。そしたら、おじさんが拾ってくれた」

「あの人は拾うのが好きだからな。俺も拾われた口だ」

「あんたも?」

「ピラカと呼べ。俺のほうが年上だぞ。そうか、お前も一人ぼっちか。俺と同じだな」

「同じじゃないよ。おれの父ちゃん、フィロデスタの王様なんだって母ちゃんがいってた」

「嘘つくな。そんな偉い人が父親のはずないだろ?」

 そう答えながら、苦笑いする。自分も似たようなものではないか。

 いまや美少年と呼べるほどきれいになった金髪の少年は、憤慨して叫んだ。

「嘘じゃないよ。おれの母ちゃんは確かに落ちぶれてたかもしれないけど、嘘はつかなかんった。自分は嘘だけはついたことがないんだって誇りにしてたくらいだもの。それに、王様が出ていったときにはもう、おいらが腹の中にいたんだって言ってた」

「わかったよ、じゃあ信じる。そういうこともあるかもしれないしな。あの王様なら」

「にいちゃん、何か知ってるの?」

「にいちゃんだなんて呼ぶなよ。お前の兄じゃないんだから。あの王様はな、どこかの旅の踊り子を見初めて、王位も何もかも振り捨てて駆け落ちしたんだそうだ。そのときには王妃も娶って、息子や娘が三人もいたっていうのにさ。だから結構有名だぜ。あの人の息子だ娘だって名乗りを上げるやつらも少なくないんだそうだ。それがもし本当で、王様が認知してくれれば妾腹の子とはいえ王族になれるんだもんな。それだけでももうけもんだ。贅沢な生活ができる」

「そんな奴ら、全部嘘だよ。おいらの母ちゃんは有名な踊り子だったんだぜ。フィーっていって、三つの惑星をまたにかけた踊り子だったんだ。有名だったからいろんな豪族や王様の前でも踊ったことがあるんだ。母ちゃんのことをよく知ってる近くのおじさんが色々教えてくれた」

「へえ、そりゃ本当かもしれないな。でも証拠はないんだろ?」

「あるよ。おいら、母ちゃんからもらったものがあるんだ」

 そういい、ファーデスは首から提げていた鎖をたぐり寄せた。風呂にはいる時に絶対に体から外そうとしなかったものだ。

「これ」

 ピラカに見せたそれは、赤い石のついた指輪だった。落とさないように太い鎖で首にかけるようになっている。血のように赤い宝石の奥に、鳳凰が飛び立とうと羽を広げた姿が透けて見える。

 ――これは、フィロデスタの王家の紋章だ。

「これ、どこで手に入れた」

「母ちゃんからもらったんだ。父親の証だって」

「嘘いうな」

「嘘じゃないよっ」

「これ……本物みたいだ」

「本物なんだってば。王様が母ちゃんのところから出て行くときに置いてったものなんだ。何があっても絶対なくしちゃいけないって繰り返し言ってた」

「そうみたいだな。俺もこの紋章は見たことがある。ということは、もしかしたらお前、本当にフィロデスタ王家の血を引く者なのかもしれないな」

「だから本当だって。いつかおれ、フィロデスタに行くんだ。そして父ちゃんに父ちゃんの子供だって認めてもらうんだ。母ちゃんがどれだけ苦労しておれを育ててくれたか、よく知ってる。だから、いつかかならず行くんだ」

「そりゃいい夢だ。実現するといいな」

「するよっ」

 本気で怒り出す少年の頭をなでながら、ピラカは言った。

「それなら、ちゃんと勉強をしろ。いつかフィロデスタの王子になるんなら、色々なことを知っておかなくちゃならないからな。オルディアの旦那がお前を拾ったってことは、お前が見込みがありそうな子供だったからだ。これから旦那はお前に色々な教育を施すだろう。俺も、拾われた当時はそうだったからな。そういう教育を、全部きちんと受けることだ。礼儀もダンスも、逃げずにな。それに、今日みたいに風呂に入るのを嫌がるな」

「風呂は嫌いじゃないよ。でも、母ちゃん以外の女の人と風呂に入るなんて、初めてだったんだ。他人に入れてもらうなんて恥ずかしいじゃないか」

「高貴な家では当たり前のことだ。慣れろ。一人で入れるようになるのが一番だけどな」

「うん」

 そのあとどれぐらい話したろう。女官が迎えに来ると、ファーデスはおとなしくついていった。ようやく一人になれたピラカは、戸棚の引き出しを開けた。

 奥から、ビロードの箱に収められた品を取り出す。

 それはファーデスの胸にあったものとほぼ寸分たがわぬものであった。石の色が深い青であることだけが違う。

「こんなところで同族に出会うとはな」

 ピラカの表情は不気味なほど禍々しい。

「フィロデスタの国王、フィディアスの妾腹の息子か。これは案外使えるかもしれん」

 指輪をはめる。だが、彼の指にはまだまだぶかぶかだ。微笑を浮かべ、箱に収めると元通りにしまいこんだ。

「さて、どうするかな」

 意外な伏兵が出てきたものだ、とつぶやき、窓のそばに立つ。

 眼下に広がる古めかしい石造りの街。今まで渡り歩いてきた中で最も古く、最も技術的に遅れた街。これほど他の都市に比べて著しく時の流れの違う街で、なぜオルディアの家が商人としてジェグネ・ハルディルン・フィロデスタの三連星の中で最高の地位にいられるのか。

 それだけオルディアの組織が緻密に築き上げられ、成長を遂げているのだ。三つの星に渡る巨大な流通組織・情報ネットワークこそが、オルディアの成長の秘密であり、他の商人に真似できない部分である。

 だからこそ、トップに立つものは優秀でなければならない。

 オルディアはピラカをそうなるように育ててきた。だが、自分にとってそれは苦痛そのものであった。何より自分にはそれをすべて掌握できるほどの才能はない、と分かっている。それをファーデスに押し付けてしまえる。

「いい機会だ。旦那様もそろそろ俺に見切りをつける頃合だろうし」

 だからこそ、見込みのありそうなファーデスを拾ってきたのだろう。

「面白いことになりそうだ」

 そうつぶやくピラカの目は、口元とは逆に激しく燃え立つ炎を宿していた。


 その夜、ピラカはオルディアの部屋を訪れていた。

「では、お前は補佐に甘んじるというのだな」

「そういうことになりますね」

「そうか」

 応じたオルディアの口調は、それほど残念そうでもない。

「あなたもそろそろ私に見切りをつけようと思ったのではありませんか? だからこそ、あの子を連れて来た」

 オルディアは薄く笑った。

「お前には隠し事ができんな。そうだ。あの少年は他の者と違って激しく燃えるものをその身に秘めている。おそらくはお前よりも激しい何かを持っているに違いない。わしには分かる。だからこそ、連れて来たのだ。お前と同じ、養子としてな」

「そうだと思いましたよ。よいと思います。私はかまいません。それに、私も彼を気に入りましたし。お聞きになりましたか、彼から」

「ああ、彼の父がフィロデスタの王だという話か」

「そうです。それがなかなか面白くてね。本当だとすれば、オルディア家はさらに発展することでしょう。もし嘘だとしても、箔の一つになりましょう」

「なるほど。それに、お前も身軽な立場になれる、と?」

「まあ、そんなところです」

 ピラカが笑うと、オルディアもうなずいた。

「いいだろう、わしも思っていたところだしのう。早速手配しよう」

「よろしくお願いします」

 ピラカは礼をすると部屋を出た。

変換ミスをあちこち修正しました(汗

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