3-4
第三王子ファーデスのお披露目は、各惑星の代表、あるいは駐在大使の好奇の目が見守る中、盛大に行われた。
この日のために急ぎ作らせた冠を王の手によって戴冠され、その他の王族に付属する特権あるいは継承権などを授けられた。
ピラカは、その様子をオルディアの代表として来賓席より冷静に見つめていた。冠を与えられずとも、ファーデスの金髪はまるで王冠だ、と思ったほど今日のファーデスはきれいに見えた。
そこに参列していたほかの誰よりも、彼が王族にふさわしく見えたのは、きっとピラカのえこひいきだろう。
王はさっさと堅苦しい儀式を済ませ、引き続いて披露宴に移った。その中でもファーデスの席次は来賓の目を引いた。次代の王である皇太子を差し置いて、王に最も近い席を許されているのだ。これには皇太子が憤慨したのか、宴会の前にリーシュラを伴って退席をしてしまった。
貴賓席ではひそひそと知った顔した年寄りたちがささやき始めた。
「セイディア様がお怒りになるのはごもっともじゃ」
「まったくじゃ。王は何を考えておるのじゃ。他の女に産ませた子を正式に王室に入れてしまうとは。それも庶子としてではなく正式に、じゃぞ!」
「王位継承権は三番目か」
「そうなろう。じゃが、アガルティナ姫より上とは思えん」
「噂ではあの男を下にも置かぬ扱いをしているそうじゃ。御身の後継者よりも余程溺愛しているとわしは聞いたぞ」
「どうしたものか……」
音楽が流され、フロアの中央はダンス場と化した。数人が踊っている。女官や給仕の人間が入り乱れる。その中央に座る王フィディアスとファーデス。誰もがその構図を不安を持って見守っていた。
ピラカは同席していた人々に失礼を詫び、席を立った。次第次第にファーデスの描き続けてきたショウの全貌が明らかになる。セイディアとファーデス、セイディアと国王、セイディアと妻のリーシュラの対立。おそらくピラカ自身とアガルティナも彼のシナリオには入っているに違いない。
王室は不安定に踊り始めた。
最後に幕が下りたとき、その中央で笑っているのはファーデスだ。それが彼の復讐。
だが、この茶番は見ていられない。何より周りから入ってくる讒言の類や悪口雑言は聞くに堪えない。
この宴の中で、彼は高らかに笑っていることだろう。心の中で。今や彼は人を踏みつけ従えた精神的支配者の地位を確かなものとしたのだ。
だが、目を瞑らねばならない。まだ、時は熟しておらぬ。まだファーデスの存在は看過できぬものだ。
人の間を抜け、熱気に包まれる広間を出る。その姿をファーデスは見ていただろうか。廊下に出て深呼吸をする。あの中は暑苦しい。
そのまま、ピラカは静かな場所を求めてさまよった。どこもかしこも第三王子の誕生を形の上では祝っている。
中庭にさえテーブルが出され、おしゃれな貴婦人たちが息抜きのつもりか集っている。自分のほうに好奇の目が移るのを感じつつも、逃げるように身を翻した。
にぎやかな宴は苦手ではない。ただ、その気分になれない。セイディア皇太子やフィディアス王の堕落していく姿を見ているのはむしろ小気味よい。その点ではファーデスと同意見だ。だが。
無意識に自分の部屋に向かっているのに気付く。階段を上りきり、左へ折れると先客がいた。
「あら、ピラカ様」
「アガルティナ様」
窓に寄りかかり、にぎわう中庭のほうを見下ろしていたようだった。
「下の宴には出ていらっしゃらないのですか? あなたにつりあう若者が大勢いたように思いますが」
「ああいった騒がしい宴は苦手ですわ。それに、どうしてもあの方のことを素直に祝福できないのです。ごめんなさい。あなたのご主人様だというのに」
下を見下ろす瞳はあくまで真剣そのものだ。
「いえ……どうしてこちらへ?」
「ここが一番静かでしょう? 客室の並びは特に防音がしっかりとしているんです。だから、きっと下の騒ぎも届かないと思って。それに、ここにある肖像画が気に入っているんですの」
「肖像画、ですか?」
そういいながら、一つの絵を視界に入れる。アガルティナはそんなピラカの様子には気付かず、左から三番目の絵を指差した。昼でも明るい照明を浴びせられている。
「そう、あの肖像画です。ご覧になったことがございますでしょう?」
「ええ」
無邪気な王女は肖像画の前まで歩み寄り、じっと見つめた。細面の顔。黒い滝の髪の毛。いやな予感は的中した。
「これです。セルフリート・デ・フィラディア三世。王宮にある肖像画の中で一番若いときに書かれたものなんです。私とそう年が変わりませんもの。あなたを見たとき、この肖像画が抜け出したのかと思いましたわ」
そういい、アガルティナは頬を赤らめた。その意味するものがなんであるか、ピラカに分からないはずがない。
「セルフリート・デ・フィラディア三世……どんな方だったのですか?」
「私もよく知らないのです。知っているのは、父が即位する前に不慮の事故で亡くなられたとか。こちらの肖像画の方も同じ頃ご病気で亡くなられたと聞きましたわ」
そういって彼女が指差したのは、隣に飾られた若い肖像画であった。これも、成人のときに描かれたものらしい。読める名前はファロス・デ・フィロデスタ。
「フィラディア三世は父の兄です。ファロスという方は父の弟だと聞いております。フィラディア三世は皇太子だったのですが、放蕩が過ぎて祖父によって廃嫡されたのだそうです。その後ご事故で亡くなられたとか」
「事故ですか」
「ええ、はじめはほんの些細なことだったそうなのですが」
「些細な?」
ピラカの表情がにわかに曇ってきたのを見て不安になったのか、アガルティナは口ごもった。
「私もよくは知りません。はっきりしたことは伝えられていないのです。噂では持病があって、その発作で亡くなられたとか、ご自分で服毒されたとか」
「そう、ですか」
自分の動作がぎこちなくなっているのを自覚する。舌が回りにくい。口の中が乾ききっている。
「ですが、それがどうかなさいまして?」
「いえ」
だが、それでは説得性がないのを知っている。
「もし、そのことをお知りになりたいのでしたら、警察機構にお尋ねください。もう二十年以上前のことですけれども、当時の資料はまだ残っているはずですわ。王家の、それも同時期に王兄と王弟が亡くなったのですから、念入りに捜査をしたはずです」
それを聞いて、ピラカは改めてアガルティナを見つめた。この女性は見かけで判断してはならないのだ。本当に鋭い知性の持ち主だ。
「私が思っていることを分かっていらっしゃる?」
すると彼女は少し頬を染めて外を見た。雲行きが怪しい。
「見損なわないでくださいまし。だって、フィラディア様とファロス様の死因に興味があるなら、その死を人為的なことだと疑っていらっしゃるのでしょう? だとしたら、一番恩恵を受けた父を疑っていらっしゃるということになるわ。だから、もし本当に探ってみたいと思われるのでしたら、私からも口を利いて差し上げられると思いますけれど」
「では、あなたは信じていらっしゃるのですね、父君を」
「どうして疑えましょう」
「では、なぜ私に協力を申し出るのです? どこかで疑っていらっしゃるのではありませんか? そういったことを考えたことがおありなら」
「おやめください」
きっぱり言い、ピラカは振り返った。憤った表情もまた美しい。だが、すぐにその顔を逸らした。
「王家の人間には、いいえ、私たち父の子供には何一つ真実は伝えられていないのです。たとえその方が自害なさっても、公式発表は病死となるだけ。ですから、あの方々が事故で亡くなられたと発表されても人々はまことしやかに噂を語るのです。真実走りたい。でも、それで父が誹謗されることになるなら協力はしません」
「誹謗するつもりはありません。私も真実が知りたいだけです」
アガルティナはこの青年を見上げた。二人の視線が絡み合う。
「わかりました。本当になさるなら、私の名を使ってくださいませ。その代わり、私に真実を教えてください」
「あなたに不利になりませんか?」
すると彼女は薄く笑った。
「不利になったところで、いずれどこかに嫁いで行く身ですもの。気にしませんわ」
「ご協力、痛み入ります」
深々と礼をして、ピラカはその場を立ち去ろうとした。
「あの、一つお伺いしてもいいですか?」
「どうぞ、私に答えられるなら何なりと」
振り返る。アガルティナはしばらく逡巡した後、ゆっくり口を開いた。
「もし、お気に触ったらごめんなさい。あなた、いつも黒い服を着ていらっしゃるのね。髪に合わせていらっしゃるの?」
「ええ、それもあります。でもこれには特別な意味がありましてね」
「え?」
「これは、喪服なのですよ、姫」
そういったピラカの瞳が悲しく揺れた。アガルティナは口を押さえ、すまなそうな顔をした。
「ごめんなさい」
視線を逸らす。だが、ピラカは微笑んで見せた。
「お気になさいませぬよう。それにもう、着慣れてしまいました」
「もしよければ、どなたの喪に服していらっしゃるのか、教えてくださいませんか」
「ええ、私の父のです」
「お父様の?」
「物心つく前に死んだと母に聞かされました」
「まあ……」
再び口を押さえる。
「いつか、喪服を脱ぐことが出来ればいいのですがね」
それだけ言って、ピラカは背を向けた。アガルティナの視線を感じながら部屋に戻る。
「喪に服す、か」
窓の外で空がうなり始める。稲妻に照らし出された窓際のピラカは、不気味な雰囲気をかもし出していた。




