第七話
偶然って…どういうことを偶然って言うんだろう…
「あ…お兄さん、会ったことある人だ。」
「え…?」
この世の中に、僕に話しかけてくる人なんて、なかなかいない。
僕は一瞬、相手の人が誰に話しかけているのかわからなくて、キョロキョロと周りを見渡して、他に心当たりがありそうな人がいないので、僕なのかな?と思って、声をかけてくれた人の方へと向き直った。
すると、本当に会ったことある人だ…と思って、僕は思わずその人の顔を見て、体がガチっと固まったのがわかった。
「あ、ごめん…覚えてなかったらいいんだけど。」
「え、いや…」
カフェチェーン店のカウンター席で、外に向かうガラスの方を向きながらスマホのパズルゲームをしていた僕の横に体を滑り込ませて、顔を覗かせてきた男の人は、自分のことを覚えているか?と確認してきた。
覚えてるも何も…ついこの間まで、僕が勝手に頭の中で妄想をして、BL俳優になっていた彼そのものだった。
多分…さすがにこれは、似た人じゃない…
僕が確認するまでもなく、相手から自分を覚えているか?と、確認を求められた。僕はその質問に、体がガチガチで思うように動けずにゆっくりと頷くことが精一杯で、じっと相手の顔を見つめていると、相手の人はそんな僕の様子を気に留める様子もなく、空いていた僕の隣の席に腰を下ろして、スマホでお店のメニューを検索し始めた。
「お兄さん、この辺の人?」
「え…?」
スマホの画面と僕の顔を交互に見ながら、サクサクと注文をこなしていく彼に、僕はやっぱりまともなリアクションは返せなくて、ただずっと…スマホを握った右手をテーブルの上に残して、隣の人の方に体を開いたまま、左手を座席の背もたれに引っ掛けることが精一杯で、テーブルに向かって座り直すことがまだできなかった。
「何回か、前に会ったことのあるカフェ行ったんだけど、全然いないから、この辺の人じゃないのかなぁと思って…」
「いや…」
内心ガチガチに緊張している僕とは裏腹に、相手の人は全く気にする様子もなく、なんか時間潰しとか作業で来てるのかと思っていつものカフェ的な使い方してるんだと思ってたんだけど…と、会話を止めることなく、前の時とは全く印象が違うぐらいに、一人で勝手に話を進めていっていた。
僕はいつテーブルの方に向き直れば良いのだろうか…
多分、完全にタイミングを逃した僕は、彼の言葉に小さく相槌を打ち続けた。
そのうち、右手に握り締めているスマホのパズルゲームがタイムアウトを迎えて、画面が勝手にオフに切り替わり、いつの間にか真っ暗な画面表示になっているけど、僕はそのスマホから手を離すことができなかった。
「あぁ、ごめんごめん。俺がしゃべりすぎか。」
「あ、いや…」
「で、何か…どっかで、また同じような外から見える席に座ってるの見かけたから、生活圏は被ってるんだと思って。」
喋りすぎかと謝るわりに、僕の顔を見つつ、僕の相槌が返ってくることを確認すると、小さく頷いて彼は全然喋ることをやめようとしない。
「えーっと…」
「ん?なに?」
それなのに、僕がゆっくり口を開くと、今までのマシンガントークはピタリと止めた彼は、少し目を見開いて僕の話を聞くために、首を傾げてくれた。
全然ペースが掴めない…
普段から、人と会話する機会なんてほとんどない僕からすれば、声をかけられるだけじゃなくて、そのまま世間話に突入するなんて、全く予想ができなくて、とりあえず彼がしゃべった内容を頭の中で噛み砕きながら、与えられた発言時間に、僕は今気になったことを彼に尋ねてみた。
「今日は…ここに何か用事あったの?」
「え?いや?お兄さん見かけたから、入ってきただけ。」
自分でも、自分の眉間にシワが寄っているとわかっているけど、力が抜けなくて、ギュッと眉間に力を込めたまま、俯き加減に目線だけ彼の目線に合わせようと上に向けると、彼は何も変わらない様子で、別に用事はないよ。と笑顔浮かべていた。
「え…なんで…」
「いや、なんか…前、別の場所で見かけた時は俺も人といたし、そこのカフェにもいるんだなぁって思ったけど、そこ行っても、その後とかまた全然いないし…」
「はぁ…」
確かに僕は、同じようなお店の同じような場所には座るけど、店舗は一切決まってない。
巡るルーティーンとかも特にない。
自分でもどこに行こうかなんて決めてない。
いつもわりと行き当たりばったりで、ただ似たいろんなチェーン店のカフェに入っているだけだから…人が探してくれているなんて、思いもしなかった。
「え…じゃあ、これは偶然じゃない…?」
「あぁ、いやいや!偶然は偶然。」
ふと浮かんだ疑問を口にすると、目の前の相手は、ヘラッと口元を歪めながら、さすがにそこまで必死には探してないよ。と付け加えて、いつの間にか注文していたらしいアイスカフェオレらしき飲み物を運んできた店員さんの手から、品物を丁寧に両手で受け取っていた。
そして彼はその飲み物に一口付けたあと、そのままテーブルの上に置いて、若干後ろに引いていた椅子の背もたれを持って、テーブルの方に引き寄せながら、腰を深く座らせ直していた。
「今はたまたま、そこの前通り掛かって俺も1人だったから…まぁいいかなって。」
「………。」
何がいいのかよくわからないけど…と、僕は相手の言葉に口をつぐんで、ぼんやりと相手の顔を見返していると、彼は自分の体をテーブルの方に向き直らせて、両肘をつきながら、顔だけこちらに向けて小首を傾げてきた。
「迷惑だった?それなら、僕は…これ飲んだら、もう出るから気にしないで。」
「あ、いや…」
さっきまでの明るい笑顔が、ふと困ったような笑顔に変わって、目の前の彼は、一口を少し多めに飲み物を喉へと押し流していた。
その姿を見て僕は、どういうリアクションを取ればいいのかわからなくて、ゆっくりと自分の体をテーブルの方へと向き直らせた。
そして、再び握り締めていたスマホの画面を開いて、放置されていたパズルゲームの画面を飛ばして、ホーム画面へと切り替えていた。
「迷惑、とかじゃないんだけど…」
「うん、」
「お兄さんは…他に用事あるのかなぁって…」
「え?俺?あっと、僕の用事?」
「うん。」
なんで、一人称を言い換えたんだろう…とは思いつつ、僕は彼の疑問にコクンと小さく頷いた。
すると彼は、この後は特に何もないよ。と、返事をした後、ポケットから取り出したスマホの時計を確認して、僕の方へと視線を戻した。
「ん?お兄さんがもしかしてこれから用事ある人?」
「え?ないけど…」
「ないんかい!」
「え、ない…」
別にあるなんて…一言も言ってない…と思いながら僕は、相手の小気味良い早口のツッコミに、少し気持ちが軽くなりながら、コクンと頷いて、体を彼に向けるように少し足元を横にスライドさせて肩を開くと、左腕を背もたれの方にゆるく寄り掛からせた。
「じゃあちょっと、お話ししませんか?」
「え…」
「ん?それは嫌?」
「では無いけど…」
僕なんかと話をしても、別に面白くもなんともないと思うんだけど…
僕はやっぱり相手の言葉へのリアクションに困って、キョロっと一瞬視線を泳がせると、相手の人は左手で頬杖をつきながらテーブルに左肘をついて少し緩んだ体勢をとりながら、こちらに肩を開いてきた。
「お兄さんさぁ、何考えてるかわからないって言われない?」
「言われる!」
初めて誰かに自分のことを言い当てられたような気がして、僕は思わず食いつくように言葉を返した。するとそんな僕のリアクションに、少し目を開いた彼は、再びふっと目を細めて柔らかく口を開いた。
「お兄さんさ、思ってることあるなら口にしないと、誰も何もわかんないよ?」
「え…?」
まぁ、それが面白いんだけどね。と、何を面白がられてるのか全くわからない僕は、彼の言葉にゆるく口を開いたまま、彼の顔をじっと見ていた。
「ん?じゃあさ、お兄さんが今一番気になってる事は何?」
「え…?気になってること…?」
聞かれた質問に僕は素直に、うーん…と悩んで、自分の一番気になっていることを考えてみた。
「お兄さん…僕とか俺とか言ってるけど、普段はどっちの人なの…?」
「え?それが今、一番気になってることなんだ。」
「うん…とりあえず…」
そういえばさっき疑問に思ったなぁと思うことを思い出して、僕は咄嗟に相手の質問に答えるように質問を返した。
すると彼は、僕の質問にゆっくり口を開いて、普段は俺だよ。と返してくれた。
「やっぱり、お兄さん面白いね。」
「……んー…」
多分、何か褒められてる…けど、僕には全然わからないなぁ…と思いながら、首をかしげて唇を尖らせると、彼は楽しそうに笑って、まぁ納得できなくてもいいんじゃない?と、僕の顔見上げてきていた。
「お兄さんさえよければ、また見かけたら声かけていい?」
「別にいいけど…」
「けど、何?」
「いいけど、僕は…何もしないよ?」
「いいよ、別に。あなたが何もしなくても、俺が喋りかけるだけだから。」
「ふーん…そんなもん?」
「うん、そんなもんだよ。人との時間なんて。」
そう言うと彼は、前倒しにしていた上半身を起こして、ゆっくり背もたれに体を預けながら、ドリンクをちょびっと一口飲んで、ゆるく足を伸ばしながら座り直して、何やら世間話を始めるのだった。
そうして僕は、彼が話してくれる内容を頭の中に入れては一生懸命、相槌を返していた。
その日から僕は、たまに話しかけてくる知り合い…というカテゴリーの人ができてしまった。
でも、結局は…人と仲良くなる方法なんて、やっぱり僕には、よくわからないなぁ…と思った。
終




