第一話
「BLドラマって、棒読み多いよね〜」
「わかる!それで萎えることあるよね〜」
「え〜!それが初々しい感じがして良くない?!」
人の心は多種多様…千差万別…
同じものを見ても、同じことを感じることはなくて、十人がいれば十人…それぞれに、別の意見が次々に出てくるのが、人の感想というものなんだろう…
かくいう僕も… そういったドラマには、特別な感情を抱いている。
「日常の中の、非日常…か。」
よく聞くキャッチフレーズ。
確かに、描かれている光景は日常の何気ない風景。学校なら学校…会社なら会社…異世界なら異世界の…
「結局は、日常なんだよなぁ…」
そうつぶやきながら僕は、握り締めたスマホの画面とにらめっこをしながら、小さくため息を吐いた。
誰だよ、こんなの思いついたの…誰がこんなの、読むんだよ…
そう思いながらも、僕の親指はフリック入力をしつつサクサクと文字を紡いでいっていた。
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「あの、すみません…コレ…」
「え?」
とあるチェーン店カフェの外の景色が見えるカウンター席で、コンセントで繋がれたスマホに集中していた僕に、後ろから声がかけられた。
その声に反応して振り返ると、背丈自体はそんなに高くないけど、なぜかスラッと見える二十歳前後の男の人が、自分と僕の視線の間に、何やらボールチェーンのついた可愛い熊のマスコットを掲げて見せてくれていた。
「くま…?ですか?」
「え?多分……え、あなたのじゃないですか?」
ここに落ちてたんですけど…と、僕が座っている椅子の真後ろの床を指差して、手元の熊と僕の顔を交互に見比べていた。
「誰か、通りすがりに落としていったんじゃないんですかね?」
「まぁ、そういうこともあるか…」
首をかしげながら僕も、目の前の熊と目の前の男の人の顔を交互に見比べながら、見覚えがないという主張をして、上半身だけを後ろに捻ったまま、ぼんやりしていると、相手の人は、自分にも僕にも正直似合わない手元の熊にため息を吐いてから少しきょろっと辺りを見渡した。
「店員さんに持っていきましょうか?」
「あ、いや…いい。大丈夫です。僕が持っていくんで。」
僕が思わず次の動作の提案をすると、あぁそっか。と言わんばかりに相手の人は、少しキリッと整っている眉を下げて笑いながら、それでもまだ少し辺りを見渡していた。
「あ、隣…多分空いてるんで、座ります?」
「え?ああ…いいんですか?」
「どうぞどうぞ。と言っても、僕の席じゃないんで…勝手に座ってもらっていいと思うんですけど…」
「ははっ、確かに。それなら…勝手に座らせてもらおうかな。」
自分の荷物が少し横に広がっているような気がして、慌ててそそくさと自分の身に引き寄せながら、ガランと空いた隣の席の椅子を引き、客を捌くような素振りで、相手の人のあと一歩先にある席まで案内をした。
「じゃあとりあえず、荷物だけ置かせてもらって、これをお店の人に渡してきますね。」
「あ、はい…お願いします…」
「………、じゃあちょっと、僕の荷物お願いしますね。」
「あ、はい。」
僕の言葉に、一瞬動きを止めた彼は、そのまま続けて目を細めて自分の荷物を椅子に乗せるとポンポンと軽く叩きながら、近くのテーブル席の片付けをしている店員さんの方へと可愛い熊だけを持って歩いて行った。
あの人…席も確保せずに、先に注文する派なんだ…
そう思いながら僕は、彼の動向を少し目で追っていた。
「あの熊、気になる熊でしたか?」
「いえいえ、全然。」
「全然なんだ…」
「はい、全然。」
もはや、どういう姿をしていたかもあんまり覚えてないけど…
そんな言葉を飲み込んで僕は、捻っていた上半身を元に戻しながら相手の人に、お気になさらず。と、会釈をすると彼も今しがた確保したばかりの席に着席しながら、僕の言葉に、ふーん…と、納得したのかしてないのかよくわからない曖昧な返事を返してくれた。
「ただ、世間では熊に怯えているのに、熊のマスコットは持ち運ぶんだと思って…」
「確かに…」
最近何かと騒がれている黒くて大きな熊の映像を脳内に思い浮かべながら、僕はふと疑問を口にすると、目の前の彼も、そういえば…と、僕の言葉に一緒に首を傾げてくれた。
「それで、あの熊が気になってたんだ。」
「うん、そう。どんな人が持ち主だったのかなって。」
「うん、まぁ…とりあえず、店員さんには渡しちゃったんで、あの熊が持ち主の元に帰れるかは、運を天に任せましょう」
「いや、まぁ…そうなんだけど。」
鍵でもついてれば、持ち主も失くしたことに気づいて探し回るだろうけど…ボールチェーンしかついてない、その辺で見かけるような二頭身のボテっとした体のマスコットだけじゃあ…きっと、失くしてもまぁいっか…で流されるんだろうなぁ…と思うと、僕はあの熊に対して、少し心が痛んだ。
「まだ納得がいかない?」
「いや、納得いかないとかないんだけど…」
正直、他人事だし…、あの熊がどうなろうが、僕の知ったことではないんだし…
頭の中では一人でぐるぐると考えを巡らせ、僕は自分の気持ちをどこかに落ち着かせようと、熊の行方に関する答えを、どこかに導かせようとしていた。
その様子をどこか見抜かれたような気がして、実は若干そうかもしれないと思う彼の言葉を、僕はなぜか、いやいや…と、首を横に振って否定の言葉を返していた。
「でも、まだ何か…考えてる?」
「え…?」
目の前の彼は自分の飲み物に口を付けながら、横目でちらりと僕と目を合わせると、口角をふわりと上げながら、少し首を傾げて見せた。
「お兄さん、面白い人だって言われない?」
「え…」
唐突にそんな言葉が僕に投げられてきた。
面白い人だって…そんなこと、言われたことない。
地味だし、会話も棒読みで…普段から周りの人には、何を考えてるのかわからない…という言葉は、よく言われてきていたけど…面白いなんて、そんなこと…
「言われたことない…」
「へぇ!そうなんだ!」
面白いけどなぁ〜と、緩く笑いながら、ズボンのポケットからスマホを取り出し、一度画面をタップしてチラリと画面表示を見ながら、再びスマホの画面を真っ暗にして、テーブルの上にポンと無造作に置くと、そのままゆったりと椅子の背もたれに体を預けながら、右手で持ったままのドリンクに再び口をつけていた。
「……なんで、」
「ん?」
「なんでそう思ったんですか?」
「それが今の、あなたの気になったこと?」
初対面だからか…僕の呼び方を色々と変えながら、彼は僕の言葉を一つ一つ丁寧に拾ってくれているように感じた。
その対応が、今の僕には少ししんどくて…相手が自分に何を求めているのかわからずに、僕の頭の中はフル回転で相手の言葉を噛み砕いていた。
「僕の気になってること…?別に何も気にしてないけど…」
「そう?」
「うん………」
気になってることを考えてみたけど、自分が今何を気にしているのかがわからなくなって、素直にそう言うことしか出来なくて、僕は段々と萎んでいく気持ちを飲み込むように頷いて、隣の男の人から視線を外すように、自分のテーブルの方へと向き直って、自分のスマホを無言で触り始めてみた。
すると隣の彼は、それ以上僕に突っ込むことはせずに、自分のスマホに手を伸ばして、スルスルとスマホの中身を確認する作業に入っていった。
一体なんだったんだ…
変なイケメンのお兄さんに絡まれたなぁ…なんて思いながら、隣のゆったり背もたれにもたれて足を伸ばしてのびのびと座席に座っている彼を横目に、僕はそんな悠々とした姿勢とは真逆に、テーブルに両肘をつきながら背中を丸めて、縮こまるように両手に包んだスマホの画面をスルスルと操作していた。




