63話:神則の山、燃ゆる影
神則流の隠し里——霧深き峯に守られた剣の聖地では、
今、かつてない緊張が山を包んでいた。
「数は……万を超えるか」
重苦しい沈黙を破ったのは、老齢の剣士——ゲンジ・カザマ。
その眼差しは未だ鋭く、戦神の如き覇気を放っている。
「奴らは、こちらがただの剣士集団と思っている……まこと愚かよな」
その隣、無骨な体躯に冷徹な眼光を宿すのは、カイエン。
そして、やや緊張の色を浮かべつつも気迫を滲ませる若者——カイル。
「だが、その慢心こそ、我らが剣に討たれる因となる」
ゲンジは静かに立ち上がり、神棚下に安置された一本の木刀に手を伸ばす。
「ムサシ様より伝わりし、この“風の木”の刃よ……いまこそ、真なる理を示す時が来た」
その瞬間、遠く山中に轟く雷鳴のような咆哮。
隠し谷を囲う結界が破られ、敵の前衛部隊が突入を開始した合図だった。
「来たか……」
ゲンジは背を向け、二人に語りかける。
「これより先、我ら三剣——神則の理にて、風の通い路を護る」
カイエンは無言で頷き、愛用の木刀を背に携えた。
カイルは一瞬だけ目を閉じ、息を整える。そして、祖父と叔父に続いて立ち上がる。
「祖父上、叔父上……俺も、ここで風を繋ぎます」
「うむ。己の“理”を信じよ、カイル」
三人は連なるように山の門へと向かう。その足取りに、一切の迷いはない。
神則流、三代に渡る守護の意思が、今、剣と共に風を貫こうとしていた。
その頃、敵軍の指揮を執るのは王都直属の黒装部隊。
その中に、かつてセイマに仕えていた密偵の姿があった。
「ゲンジ・カザマ……やはり、生きていたか」
冷たく呟いたその瞳には、奇妙な興味と警戒の色が交差していた。
“神則の山”をめぐる戦は、まだ始まったばかりである——。




