21話:風と刃のはざまにて
虚ノ森を抜けて一日。
一行は、峠を登る街道の中腹――**「風裂の宿場町」**にたどり着いた。
標高の高いこの街には、王都の追手も届かない。
旅人と傭兵が行き交い、剣士たちが腕試しをする“名もなき決闘場”があることで知られていた。
ナギが宿帳に名前を書きながらぽつりと言う。
「……この町、昔から“剣士の墓場”って呼ばれてるの。
無敗を誇る奴がここで散るって噂、聞いたことある」
ハクはそれを聞いても、ただ「へえ」と返すだけだった。
彼にとって剣士とは、祖父と叔父、そして“木刀で教わった誰かたち”だけだったから。
その夜。
宿の外――決闘場に集まる喧騒の中、ひときわ鋭い“気配”が立ち上る。
「おい、おいおい……来てるぞ、アイツが……」
「今夜は“赤刃のヴァイス”が立つってよ!」
その名を聞いて、ナギとライナが同時に顔を上げた。
「……赤刃? まさか、グレン・ヴァイス……?」
「本物の戦場帰りの剣士よ。あの人は、本物。
魔術にも兵装にも頼らず、ただ“剣”一本で生きてる人間……」
――そして、ハクとグレンは出会った。
決闘場の中央。
剣を抜く男の姿。
立ち姿、殺気、間合い。
どれもが、これまで戦ってきた“兵士”や“怪物”とは異なる。
「見ない顔だな」
「……だがその構え。“風”を感じる」
グレン・ヴァイス。
生粋の剣士。己の腕一本で戦場を渡り歩いた、生存者。
彼は、ハクの立ち姿に――**“ただならぬ何か”**を感じた。
「なぁ、小僧」
「お前、その木刀で……何を“斬って”きた?」
ハクは静かに答える。
「斬ってないよ。通っただけ」
グレンの目が細くなる。
「……ふざけた真似をする奴はここにいない。
だが、俺の剣が“通らなかった”ら、お前の“木の棒”を信じてやろう」
ハクは木刀を構え、言う。
「じゃあ、俺の風が通るかどうか――確かめてくれよ」
剣と木が交わる。
宿場町の静寂が破られ、
ただ――“刃”と“風”の音だけが、夜に響いた。
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ギャラリーは静まり返っていた。
風裂の宿場町に名を馳せる剣士――グレン・ヴァイス。
その前に立つのは、木刀一本の少年 ハク。
どちらが奇人か。どちらが狂人か。
だが、空気が教えていた。
これは“真剣勝負”だ。
グレンが、低く構える。
赤刃流、斬撃三連式――一太刀目で崩し、二太刀目で裂き、三太刀目で討つ。
「いくぞ、小僧!」
第一の踏み込み。
刃が、風と共に飛ぶ。
だが――
カンッ。
木刀が、それを受けた。
ハクの身体は動かない。
構えたまま、“ただそこにあった”。
「……っ、なんだ、いまの……」
グレンはすぐさま軌道を変えた。
斬撃を螺旋に転じ、縦、横、袈裟、突き――
すべて、木刀に“外された”。
そして、十太刀目。
ハクが、ふっと息をつく。
「本気じゃないなら、ちゃんと……本気出してくださいよ」
その瞬間――
木刀が、鋼の剣を弾き飛ばし――
腹へ、ズドン!
グレンの身体が、のけぞる。
背中から地面に叩きつけられる。
「ぐっ……! がっ……はっ……!?!?」
――静寂。
ハクは焦った顔で駆け寄る。
「ご、ごめんなさい! ちょっと強めにいったかも!?」
だが、グレンはうつ伏せで震えながら叫んだ。
「最初から……! ずっと……! 全力だったッッ!!」
観客「えぇぇぇぇぇぇ!?!?」
剣士の誇りが砕けた瞬間だった。
ジノ、遠くからぽつり。
「いや……これはもう“気の毒”ってレベル……」
ナギがつぶやく。
「……ハク、たぶん本気で“自分が手加減されてる”って思ってる……」
ライナは、ふっと笑った。
「木刀の剣士“ハク”。この夜、彼の名は風となった」
エピローグ(その夜)
グレンは、湯治場で療養しながらつぶやいた。
「……あいつ、本当に“木刀”だったのか……」
誰にも聞かれないように、
彼は、胸の中だけで――
「剣士とは、何かを斬ることじゃなかったのかもな……」と、
呟いた。
そして、再び風が吹く。
ゼロの背にあるのは、木刀。
だがそれは、**“誰よりも鋭い一閃”**だった




