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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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539/556

531.アイフォートの町

皇帝陛下が公務の重圧から解放され感謝を述べる姿は、マルカ芋とバルグロスという献上品が、私の予想を超えた国宝級の価値を持つということを、改めて実感させた。

そして、王城の静謐な部屋で、タカコさんが奏でた郷愁の調べと、溢れる感動の涙を目撃。

私たちが掴んだ希望の大きさに見入る中、今に至る。




タカコさんの演奏が終わり、チェンバロの最後の音が静かに消え去った。


アナスタシア大皇女は、深い感動の余韻の中で、タカコさんに優しく声をかけていた。

演奏を終えたタカコさんは、皆からの暖かい拍手を受けて、顔を真っ赤にしていた。


その日の夜は、本当に豪華だった。


私たちは、王城の中で、ヴィーゼ陛下と皇后ユリーカ様、そしてアナスタシア大皇女を囲んで、立派な食事会に参加させてもらった。

陛下には、他にも成人した子供たちが何人かいるみたいで、その皇子や皇女の方々ともテーブルを囲んだ。


もう、王宮の食事って、すごすぎる……!

見たこともないような華やかな料理が次々と運ばれてきた。

フレヤさんも私も、目を丸くするばかり。


ユリーカ皇后様は、タカコさん、ヤエさんといった「旅の子供たち」に、食事の取り方や、この王宮のしきたりについて、穏やかに教えてくれた。


食事中、話題の中心は、もちろん私たちだ。


フレヤさんは、ヴィーゼ陛下の質問に応じて、これまでの私たちの冒険について、語り始めた。


インキュバス騒動の解決に始まり、マーテラ村でのクイーンスパイダー討伐、ナンナホンオロチや災炎獣バルグロスとの死闘、そして何よりも、異界での出来事。


フレヤさんは、邪神フライヤの存在こそ伏せていたけれど、その過酷な戦いの詳細を、熱を込めて語った。

普段、とても真面目なフレヤさんだけど、マテウスのことを語る時や、自分たちの冒険を語る時は、ちょっと剽軽に、そして感情を込めて語る、語り部みたいだ。

そして、また私は『脳筋担当』みたいに話が進んでるわけで……


私は、心の中で苦笑いしつつも、フレヤさんが話している間は、ひたすら顔を伏せて、言葉を発しないように努めた。


夜が深まっても、王族の方々の好奇心は尽きず、フレヤさんは何度も何度も、同じ話をする羽目になった。

それでも、陛下たちが私たちの話に真剣に耳を傾けてくれるのは、とても光栄なことだった。


そして、その夜のうちに、フレヤさんはアナスタシア大皇女と密かに打ち合わせを行い、マルカ芋の研究委託の実現に向けた、詳細な手順を確立させたらしい。

もちろん、私には難しすぎて、さっぱり分からない。


一夜明けて。


私たちは、ヴィーゼ陛下たちの温かい見送りを受け、マグヌス・ワイバーンに乗り込んだ。


「タカコ殿、グランベル侯爵家への旅路、無事にな」


ヴィーゼ陛下は、タカコさんに優しく声をかけてくれた。

タカコさんの顔は、希望に満ちている。


私たちの旅の安全性は、今や、レグモンド帝国という最強の後ろ盾によって、完全に保証されている。

この王宮での一晩の滞在は、単なる休息ではなく、私たちの運命を大きく変える、最高の外交的成功となった。


よし、あとはフレストリア王国で、タカコさんをミサキ侯爵夫人に引き合わせるだけだね。


私たちは、王城の温かい応接室で休息を取った後、朝日が昇る直前に、マグヌス・ワイバーンに乗り込んだ。

夜間の移動ではなく、昼間に安全に、そして景色を見ながら旅をするという、レグモンド帝国側の周到な配慮だ。


巨大な翼が朝の冷たい空気を切り裂く音と共に、マグヌス・ワイバーンはふわりと上空へ上がった。


周りを見渡すと、眼下には、雪に覆われた山々や、森が朝の光に照らされて、青白く輝いている。

この上空から見る景色は、まるで巨大な地図の上を飛んでいるみたい。

いつ乗ってもこの感動が薄まることはなさそう。


「わぁ、すごい……」


朝の光に照らされる雪山を眺めながら、タカコさんがそう呟いた。

タカコさんの隣に座ったイシュカーさんも、微笑みを浮かべながら、静かに「綺麗ですね」と同意してる。


フレヤさんは、隣で地図を取り出して、ガラスペンを走らせている。

使者のワイバーンが、私たちの横に寄り添い、正確なルートを維持しているみたいだ。




私たちは、レグモンド帝国の広大な国土をあっという間に飛び越え、昼過ぎには隣国の空域へと入った。


使者は、この隣国の王室とも事前に交渉を済ませているらしい。

さすが最強国家の外交力。


夕刻になり、ワイバーンは静かに、隣国にある、小さな城砦都市の郊外にある、指定された発着場に着地した。


「フレヤ殿。今夜はここで一泊となります。この町は、我がレグモンド帝国の同盟国であるカドモス連盟国のアイフォートの町です。安全は保証されていますが、くれぐれも警戒を怠らぬよう」


使者の声は、冷静で、一切の無駄がない。


ちなみに、使者の話によると、この城砦都市の宿は、既にレグモンド帝国の費用で手配済みらしい。

私たちは、使者の護衛兵と共に、城砦都市の中へと案内された。

なお、ごく普通の宿に泊まる形になったのは、アナスタシア大皇女たっての願いらしい。


いやぁ、この旅は、本当に手厚い。

私は、王城で一晩を過ごしたことで、旅の過酷さを忘れてしまいそう。

だけど、フレヤさんの隣に立つ相棒として、改めて気持ちを引き締めなきゃだ。


そうだよ、この旅は、ただの観光じゃない。

タカコさんの安全を確保し、邪神フライヤの陰謀を打ち砕くための、運命を賭けた移動なのだから。



城砦都市の中へと案内された私たち。


アイフォートの町かぁ。

レグモンド帝国の帝都のような壮麗さはないけれど、厳しい寒さの中で人々が生きている、質実剛健な雰囲気があるね。


ふむふむ、町は全体的に荒削りな石造りで統一されている感じかな。

高い城壁に囲まれて、家々の屋根がヤケに分厚い。

あちこちの煙突から、濃い煙が力強く立ち上っている。

わぁ、窓ガラスはどれもこれも結露で曇ってる!

この町の内部に、熱気と生活の賑わいがあることを示しているみたいだね。


「わあ、ここ、活気がすごいですね!」


タカコさんが声を上げた。


ウィンズ・コールなんかは「絶望と飢餓」の寒さが支配していたけれど、このアイフォートの町には、生命力のある熱気が満ちている。


おぉ!大通りに、いくつかの屋台が並んでいるじゃん!

湯気を上げる大きな鍋!肉を焼く香ばしい匂い!

肉串の屋台、例の『アイス・キッカー』とは違う香りのする、樽から注ぐ酒の屋台がひしめき合っている。


住民たちは分厚い毛皮を纏いながらも、忙しそうに動き回り、声を出して笑っている。

ここを根城にしているのか、傭兵たちもその辺で賑やかにお酒を飲んでる。


使者の護衛兵が先導してくれるおかげか、私たちは誰にも絡まれることなく、その活気の中を進んでいく。




「この町の活気は、驚きですね」


フレヤさんが、感心したように言った。


「この町は、険しい山々を縫うように存在する、国境の要衝でございます」


使者が、私たちの隣を歩きながら、静かに説明を始めた。

説明は続く。


「町人たちは、近くの渓谷で『シャドウ・リザード』という岩トカゲを狩ることに長けておりまして」


ほほう、シャドウ・リザード!

魔物かなー?


「このリザードは、動物とは違い、冬眠をしません。厳しい寒さの中でも肉質が落ちない。そのため、この町は、食肉の供給に困ることがないのです。この地域では、肉は『リザード・ミート』が主流でございます」


なるほどなるほど、この町は狩猟で生きているんだ。

だから、冬の飢餓に強く、こんなにも活気がある。

活気があるから傭兵が集まってくる。

そうなると、他の魔物討伐も捗って、益々活気づくって感じかな?


私たちがその説明に納得した、その時。

アナスタシア大皇女が、優雅に立ち止まり、微笑んだ。


「私が、この町を選んだのだ」


使者の顔が、一瞬で引き締まった!

もともとアナスタシア大皇女に仕えている護衛や使用人の皆さんは涼しい顔をしているけれど、この使者の人は、どうやらアナスタシア大皇女に慣れてないみたい。


「は、ははっ!その通りでございます。本来、安全性を優先し、もっと静かな場所の宿を手配しておりましたが……」

「静かで物々しい場所よりも、活気のある場所の方が、お前たちも楽しめるだろう?」


大皇女は、そう言って、イタズラっぽい笑みを浮かべた。


「サルハナの報告でも聞いている。『静かな場所では、ヤエが退屈で拗ねる』とな。よって、私が命じたのだ。この町で、最も活気があり、最も良い酒が出る宿に変えさせた」


サルハナさん!まーた余計なことを!

ヤエさんの世話を大皇女にまで押し付けて!


「陛下にも、『たまには賑やかな場所で休息も必要だ』と、事前に承諾を得ております」


使者は、諦めたように、そう付け加えた。


「ちょっとサルハナさん!?私、別に退屈で拗ねたりしませんよ!?どうしてそんな適当な嘘を付くんですか!?」

「えっ?あ、そ、そうだっけ?そんな事、言ったような言わないような……?」


頭の後ろで両手を組んでいたサルハナさん。

ヤエさんから露骨に視線を逸らして、ピューピューと口笛を吹き始めちゃった。


「大皇女殿下、サルハナさんの言ってることは大嘘ですからね!?わ、私、そんなワガママは言いませんし、退屈だって文句を言うのは、どっちかと言えばサルハナさんの方ですからね!」

「ふふふ、それくらい分かっている。サルハナは、私がこういうところに泊まりたいという気持ちを汲んで、適当な嘘をついてくれたのだ」


そう言うと、歩調を遅らせて、サルハナさんの隣まで移動したアナスタシア大皇女が、サルハナさんの背中をポンと叩いた。

サルハナさんはバツが悪そうに「言わなくてもいいじゃんか」とボヤいてる。


ふふふ、なるほどね。

もはや『サルハナ帝国』と言えなくもないほどに、レグモンド帝国を建国前から支えてきたサルハナさんのワガママだ。

アナスタシア大皇女も納得しちゃったら、もう了承するしかないんだろうね。

しかも、サルハナさんが言い出すことで『アナスタシア大皇女殿下はこれだから……』というヘイトも全く溜まらない。


やっぱサルハナさんは策士だ。


フレヤさんは、その話を聞いて、私と顔を見合わせた。


「なるほど。サルハナさんは心優しい策士ということですね」


フレヤさんが、心底呆れたように肩を竦めた。


「で、ですね……でも、賑やかなのは、嬉しいかも……!」


私は、賑やかな市場の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。




私たちは、使者に先導され、町の最も賑やかな大通りにある宿屋へと入った。


宿の主人かな?肌の色が薄い緑色をした、大柄なリザード族の男の人!

豪快な笑い声と共に肉串を焼いていそうな、逞しい感じ。


わあ、この肉が焼ける香ばし匂い、すごい!


宿の中は、外の喧騒が嘘のように静かだ。

周りの傭兵や商人たちが全くいない。

ってことは……?


「この宿は、我々が丸ごと一軒借り切っております」


使者が、静かに説明した。


どひゃー!流石、レグモンド帝国!


ビックリしたのと恐縮とで、思わずフレヤさんと顔を見合わせた。

フレヤさんもクワッと目を見開いちゃった!


あ、主人と思しきリザード族の男が、私たちを見てニヤリと笑った。

その隣にいた女将さんは、肌の色がほとんど人間族に近いけど、立派な尻尾がある。

よく見れば、肌のあちこちに鱗が見えるあたり、れっきとしたリザード族の人なんだろうね。

女将さんが引き攣った笑みを浮かべたまま、そっと主人の腕を掴んだ。

ははは、バツが悪そうに女将さんに向けて小さくペコっと頭を下げた。

失礼がないようにって気を使ってるんだね。




そのまま部屋に案内されると、そこはとても広くて清潔だった。


「タカコ殿、イシュカー殿。こちらの部屋は学習室としてお使いください」


使者は、そう言ってタカコさんとイシュカーさんに微笑みかけた。

うーむ、最も静かで暖かい部屋を二人に割り当てたみたい。


荷物を置くと、イシュカーさんはすぐにタカコさんを促した。


「さあ、タカコさん。夜の長旅の前に、少しでも文字の勉強を進めましょう」

「はい、イシュカー先生!」


タカコさんは、すぐにテーブルに向かい、イシュカーさんに教わった文字の練習を始めた。

その集中力は、まるで演奏中みたい。


「次はアメリ殿とフレヤ殿の部屋になります。さあ、こちらへ」

「はい」


おっとっと!次は私たちの部屋か!

そっかそっか、貸切だから、贅沢に部屋が使えるわけだ。




私たちが案内された部屋には、ベッドが二床、そして机と椅子が置かれている、広々とした部屋だ。

これはまともにお金を払って泊まろうとしたら、安くはない部屋だよ!

とはいえ、貴族が泊まるような宿とは思えないから、気楽さがあるのは嬉しいね。


フレヤさんと並んでベッドに腰掛けた。

二つもベッドがあるのに、結局一つのベッドを使ってしまう……

私もフレヤさんも、これは完全に習慣化してるね。


「イシュカーさん、タカコさんのこと、本当に真剣ですね」

「あ、そ、そうですね……!」


うーむ、たしかにすっごく真剣に教えてる。

まぁ、タカコさんが音楽について教えてるってのもあるし、イシュカーさんとしても、ちゃんと恩返しがしたいと思ってるのかも。


「イシュカーさんは、彼女の才能を、この世界の常識を超えたものだと理解しています。だからこそ、一刻も早く、彼女を自立させようとしているのでしょうね」


フレヤさんは、そう言って、ベッドに深く腰掛けた。


「私たちも明日には、すぐに山を越え、フレストリア王国の空域に入ります。タカコさんの安全は確保されました。後は、邪神フライヤの次の手が、いつ、どこから来るか。それだけを警戒すれば……」


窓の外からは、賑やかな町の喧騒が、遠く、ぼんやりと聞こえてくる。

フレヤさんはそこまで言うと、窓の外に視線を送った。


このアイフォートの町は、平和で活気に満ちている。

だけど、私たちは知っている。


この平和の裏側で、邪神フライヤの刺客が、私たちを狙っているということを。

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