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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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528.フレヤさんの外交計画

ワイバーン便に『宛がある』と言って出掛けてしまったサルハナさんが連れてきたのは、な、なんと!あのアナスタシア大皇女だった!

アナスタシア大皇女が心底安堵して再会を喜んでくれたて、私たちは幸せな気分に。

そして毎度おなじみ、ワイバーンの背中でパニックを起こすサルハナさん。

タカコさんの演奏で賑やかに笑い合うこの一時の安寧こそが守るべきものだと、昨日までの卑怯な疑心暗鬼を恥じつつ強く誓い、ワイバーンはレグモンド帝国を目指し、今に至る。




「はぁ……大地ってのはさ、有り難い存在だね……」


サルハナさんが、そう言って、発着場の冷たい石畳にトカゲのようにへばりついている。

その姿は、ワイバーンから降りた瞬間から変わらない。


そう!私たちが降り立った発着場は、レグモンド帝国の帝都の王城!

そんな王城の中にある発着場なだけあって、質実剛健な石造り。

巨大な石板が敷き詰められ、周囲の城壁は分厚く、一切の隙がない。


風が吹き抜けるたびに、帝国の旗が力強く音を立てており、全てが『威風堂々』という言葉を体現しているみたい。


この王城の、張り詰めた緊張感。

……思わず背筋が伸びちゃう!!


サルハナさんが顔面蒼白で張り付いているのを見て、私はふと、ワイバーンの背中で起こったことを思い出した。


結局、タカコさんの演奏は、レグモンド帝国の王城まで止まらなかった。

あの後、サルハナさんが「墜落する!」とギャンギャン騒ぎ続けたにも関わらず、アナスタシア大皇女はタカコさんに演奏を続行させた。

タカコさんの演奏した『戦いの曲』は、アナスタシア大皇女の心に深く刺さったようで、結局、私たちがレグモンド帝国の領空に入るまで、タカコさんは延々と色んな曲を演奏を続けていた。


その演奏は、まるでタカコさんの体力を全て使い果たすような、激しく情熱的なものだった。

でも、タカコさんの表情は、少しも疲れた様子を見せない。

それどころか『この素晴らしい楽器を弾けて、この音楽を誰かに聴いてもらえて、楽しくて仕方がない!』という、純粋な喜びで満ち溢れているようにすら見えた。

『これこそが、タカコさんの生きる喜びなんだな』って思った。


その音楽を聴いているうちに、私の頭の中で、「刺客」だとか「監視」だとかいう邪推が、すっかり遠ざかっていた。


その演奏を、アナスタシア大皇女も、ずっと静かに聴き入っていた。大皇女は、公務で見せるような硬い表情ではなく、尊敬と、芸術に対する純粋な喜びの視線で、タカコさんを見つめていた。




そしてサルハナさんのこのトカゲのような姿の出来上がり、というわけだ。

終始、気が気じゃないみたいな様子で、顔色を真っ青をして俯いていた。


「さて、アメリさん。サルハナさんは放っておいて、私たちも行きましょう」

「あ、は、はい……」


フレヤさんが私の肩を優しく叩いた。


ん?ああ、みんな先に行っちゃう!

そーだね、サルハナさんは放っておけば……案の定、飛び起きて、私たちのあとを歩いてる。


私たちは、王城の職員や兵士たちの視線を浴びながら、発着場を後にする。


この王城の兵士たちの視線は、私たちに向けられているけれど、それは『侵入者』を見るような畏怖の視線ではなく、『大皇女の連れてきた客人』に対する、尊敬と憧れが混じり合った、強い関心だと思う。

アナスタシア大皇女は、人間族の国家にいるにもかかわらず、その存在は完全に唯一無二。

彼女が歩くだけで、その場が静まり返るような、圧倒的な品格と威圧感を放っている。


私もみんな同様、背筋を伸ばして大皇女の後に続いた。




王城の廊下は発着場と同様、壮麗な石造りで、天井が異常に高い。

壁には、歴代皇帝のものと思しき肖像画や、巨大な魔物と戦う英雄のタペストリーなんかが飾られている。


フレヤさんは、そんな廊下を歩きながらも、横目で周囲の護衛兵の配置や、アナスタシア大皇女への視線の動きを冷静に観察している様子。

なんだか、興味津々でアッチコッチ眺めていた私が馬鹿みたいだ……


フレヤさん横顔が、突然、何かを決意したように引き締まった!


「アメリさん」


むむっ?フレヤさんが小声で私に話しかけてきた!


「あ、は、はい」

「今回の件は、ワイバーンの費用が発生しないことが、逆に重いです」

「え?あ、そ、そうなんですか……?」


ほへー、そーなの?

アナスタシア大皇女はサルハナさんのマブダチだから、気前よくワイバーンを出してくれただけじゃない?


「ワイバーン便の無償提供。そして、この後予定されている、皇帝陛下への謁見。これらは、私的な恩義のレベルを超えています。このままだと、後々、国からの『重すぎる依頼』という形で、必ずツケが回ってきます」


……フレヤさんの言う通りかも。

世の中『無償のサービス』ほど、恐ろしいものはない。

それに、異界で活躍した『筒状の魔導具』の恩義もある。

あのデタラメな性能を誇る魔導具……多分、いくら積んでも易易と手に入る物じゃない。


「だから、この恩を、ただの口頭の感謝で済ませてはいけません。レグモンド帝国にとって、最も価値があり、かつ、私たちにしか提供できないものを、献上すべきだと判断します」


フレヤさんの瞳に、強い光が宿る。

その判断が、どれほど重大なことか、すぐに私にも分かった。


「……フ、フレヤさん。あの、まっ、まさか……」

「はい。災炎獣バルグロスの死骸を一体。アナスタシア大皇女への私的な感謝と、皇帝陛下への献上品として」


バッ、バルグロスを……!


あの死骸は、オークションに出せば金貨三万枚はくだらないという、この世界の常識を遥かに超えた代物。

平均的な兵士の月給が金貨二枚なこの世界で、それは国家予算級の贈り物になっちゃう。


逆に言えば、私たちにとって強力なカードになる。


「あの死骸は、この世界では討伐不可能な『伝説の魔物』の遺骸です。レグモンド帝国がこれを受け取ることで、国としての威信と、魔物研究という実益を得ることができます」


フレヤさんは、声をひそめつつも淡々と、でも熱を込めて続けた。


「そして何より、この対価を払うことで、私たちはレグモンド帝国という最強の国家を、邪神フライヤの陰謀に対する後ろ盾にすることができます。感謝の念が八割。残り二割は、私たちが生き残るための、最高の打算です」


……合理的でありながら、義理堅い判断。

思わず息を呑んじゃった。

さすがはフレヤさん、私はそんなこと、なーんも考えてなかった……!

そ、そうだよね、献上品は大事だもん。


「そして、アメリさん。贈り物には、もう一つ『切り札』を用意します」


フレヤさんは、そう言って、周囲の護衛兵が聞こえないように、さらに声を潜めた。

その目は、すでに未来を見据えているようだけど……も、もう一つ?

バルグロスを二体も献上するのか?

それは献上し過ぎである。


「マルカ芋です」

「マ、マルカ……芋?あ、あっ!は、はい……!」

「異界で、メーラ様が言及していた、あの『毒があるが、加工すれば食える芋』を、皇帝陛下に献上しましょう」


マルカ芋!!

あの紫色の硬い芋だ!

あれ、ちゃんと処理するとめっちゃ美味いんだよなぁ!


「マルカ芋は、この極寒の世で最も必要とされている『食糧安全保障』そのものです。どんな環境でも育ち、生育も早く、更には病気にも滅法強いと聞きました。私たちは、ただ芋を献上するだけでは終わりません」


ふむふむ、ふむふむ過ぎるっ!!

うおおおおっ!!ふむふむ過ぎるぞおぉぉぉっ!!!


「皇帝陛下に、『この芋は、クイーンスレイヤーのアメリが、世界を救うために異界から持ち帰った奇跡の食料である』と、国として大々的に宣言してもらうのです」


フレヤさんの確信が満ちた声っ!

スゲー!!スゲー、あれだ……とにかくスゲー!!

フレヤさん、策士過ぎるでしょっ!?


「は、はいっ……!」

「考えてください。この宣言がレグモンド帝国の威信のもとでなされれば、私たちの周りに広がる『アメリが冬を招いた』というヘイトは一気に解消されます。私たちは、『冬の原因』から『人々の救世主』へと、一夜にして立場を逆転できる。聖女ミオの『パンの奇跡』に対抗できる、最高の『真の奇跡』です」

「……さ、流石です、フレヤさん!さっ、最高の判断です……!」


ははは、私の言葉で、フレヤさんが少し照れたように微笑んだ。


「感謝の念と、人々の救済。そして、私たちの安全確保。これこそ『最も多くの人を救うための戦術』ですよ、アメリさん」


これ以上、私の中でフレヤさんの株を上げちゃって……!


ぐふふふ……これで、私たちの旅の安全性は、格段に高まった!




そのまま、アナスタシア大皇女が、廊下の角を曲がったところで立ち止まった。

隣には、何でなのか、でかい態度を取っているサルハナさんも『ズカズカ』という擬音がよく似合いそうな具合に、風を切って歩いている。

あ、チラッとこっちを見た。

ははーん、『うち、レグモンド帝国ではちょっとした顔なんだよ!』とでも言いたそう。

はいはい、凄い凄い。


「待て」


アナスタシア大皇女が、颯爽と歩みを進めてきた一人の文官に、鋭い声をかけた!

わっ!凄い大皇女っぽい!

格好いいなぁ……!


「そなたに聞く。皇帝ヴィーゼ陛下は、今、どこにおられる?」


その時、文官は、アナスタシア大皇女の隣にいるサルハナさんの存在にも気づいたみたい。

ははは、こりゃ怪訝な顔の一つでも……さ、されない!?

なんか益々萎縮しちゃった!!


あ、そーか!

そういやサルハナさんは、レグモンド帝国を建国前から支えてきた、影の立役者だったっけか!

本人の話を思い出したけど、サルハナ帝国と呼んでも不思議じゃないような、真の黒幕ともいうべき存在らしいけど、この文官の反応から察するに、どーやら本当みたいだね……


文官は、大皇女の威厳とサルハナさんの重圧に挟まれ、顔面から血の気が引くのが分かった。

体中の水分が抜けたように、ふらふらと片膝をついた。


「は、ははっ!大皇女殿下!サ、サルハナ様!こ、皇帝陛下は、今しがた、謁見の間にてご公務中でございます。丁度、別の国の使者の謁見が終わる頃合いかと……」


文官の声は、震えていた。


「謁見の間か。分かった。そのまま、私たちが向かうことを陛下に伝えよ」

「はっ!!」


アナスタシア大皇女は、そう言って、優雅に文官の横を通り過ぎた。


「うむうむ、伝えよ!」

「こら。すぐ調子に乗るな」

「いでっ!い、いいじゃん!」


アナスタシア大皇女の真似をしたサルハナさん。

速攻で御本人からツッコまれた。


今はそれどころじゃない、いよいよ本番だ!

思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

廊下の先、重々しい扉の向こうに、このレグモンド帝国の全てが詰まっている。


基本的にはフレヤさんにお任せな訳だけど、それでも緊張はする。

この中では……フレヤさんと、ヤエさんと、タカコさんが、見るからに緊張してるね。

フローラとペルルは涼しい顔をしてるけど、イシュカーさんも案外ケロッとしてるなぁ。

やっぱ、己の強さに自信があると、こーゆー場でも緊張しないものなのかな?


私は緊張したら、フレヤさんの『侍女』として思い込みで乗り越えよう。

そ、そうだよ!

記憶こそ失えど、私だってルーマローラ王国の公爵令嬢らしいし?


いやいや、それでも他国のトップに謁見するとなれば、緊張くらいするわっ!!




アナスタシア大皇女とサルハナさんを先頭に、重々しい扉の前で一行は立ち止まった。


扉を守っていた衛兵たちにより、『ゴオッ』と、分厚い木の扉が鈍い音を立てて開く。


その瞬間、扉の向こう側。

冷たく、厳かで、圧倒的な権威の空気が一気に流れ込んできた。


……わぁ、すごい……!

謁見の間の中は、とっても広大!


高い天井は、美しいフレスコ画で飾られてる!

窓からは磨き抜かれたステンドグラスを通して、金色に輝く光が差し込んでる!

差し込まれた光の粒子が、部屋の隅々でキラキラと舞い踊ってて、空間全体がまるで神殿のように、厳かな空気に満ちている。


床は、歴代の皇帝が歩いたであろう、大理石が敷き詰められている。

歴史を感じずにはいられない、なんとも立派な床!

その大理石の上を、一歩踏み出すごとに、自分の足音までが、異様に響くような気がする。


視線を上げると、正面の小高い段上には、純金と……ミスリルかな?

とにかく、金やミスリルっぽい鉱石がふんだんに使われた、玉座が鎮座している。


そこには、威厳を纏った皇帝ヴィーゼ陛下が、私たちを見下ろすように座っていた。

その隣には、皇后と思しき女性もいる。


「さあ、入るぞ」


アナスタシア大皇女の静かな合図と共に、私たちは王城の最も重要な場所へと足を踏み入れた!


ひゃあ!玉座、眩しい!


ここまで格式高い場所に来たのは、記憶を失ってからは初めてかもしれない。

大国レグモンド帝国。

なるほど納得。

覇権国家らしい、洗練され尽くした空間だと思う。


よーし、アメリ!

メイドの魂、見せてやるんだ!


侍女として振る舞うため、フレヤさんの真後ろにピタリと立とう。


顔は伏せ、目線は皇帝陛下の足元よりも下。

無駄な動きをしないように、呼吸すらも静かに整える。


ここから、フレヤさんの、国家の命運をも左右する最高の外交が始まるのだっ!

私はそんなフレヤさんの侍女!

侍女だぞ、侍女……!


面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
忘れがちですけれど、これがアメリさんにとって本当の本領、なんですものね。頑張れっ! 誤字がありました故、もう一度送らせていただきました。すみません。
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