526.準備完了?
サルハナさんに、私が悪目立ちすることで世間から恨まれているという冷酷な現実を突きつけられ、正論ゆえにぐうの音も出ない私。
そして、部屋でタカコさんとヤエさんが純粋な同郷の喜びを分かち合う姿を目にした私は、益々、二人を刺客だとは思えなくなってきちゃった。
ヤエさんは同郷のタカコさんを助けるため熱意を爆発させるが、感情に流されそうになる私を、フレヤさんの冷静さが引き戻してくれる。
最終的に、極度の不安を覚えるサルハナさんの怪しい「宛」とやらに頼らざるを得ない状況に陥ったまま今に至る。
『サルハナ先生にドーンと任せなさい!』
そう豪語したサルハナさんが、私たちの前から姿を消して、今日で八日間経過した。
八日間……もう、サルハナさんのことだから、どこかで面白そうなことに首を突っ込んでいるのだろうか……
私たちのことをすっかり忘れているんじゃないかと、心配になる。
でも、その八日間は、私たちにとって、束の間の平和な日常だった。
私とフレヤさんは、毎日傭兵組合の事務所へ行き、淡々と依頼をこなした。
この荒廃した町には大した依頼はなく、町周辺の『食い詰めた魔物』の討伐ばかり。
この町の事務所にたむろしている傭兵たちが燻っている理由がよく分かった。
手間の割に儲けが少ない。
だったら、良い依頼が来るまで事務所で待っている方が得策なのだ。
そして、そんな実入りの良い依頼なんてすぐに舞い込んでくる事もなく、暇を持て余したら酒の一杯でも飲み、一杯が二杯になり……
そう考えると、私たちに絡んできた傭兵たちの苛立ちもやむ無しだと思った。
ってフレヤさんに言ったら「実入りの良い依頼が来たときに出来上がっていたら、どうするんですか?傭兵として失格ですよ」と苦言を呈された。
やっぱ、私は甘チャンなのかな……
ちなみにペルルも、露払い要員として、私たちと一緒に依頼をこなしてくれた。
ペルルの仕事は魔物討伐というより、常に周囲の警戒に専念している感じ。
流石、フローラの弟子は違う。
私たちを付け狙う刺客の視線を警戒してくれるのは有り難い。
一方、タカコさんとイシュカーさん、そしてフローラは、町でそれぞれの役割を果たしていた。
フローラは、タカコさんの護衛兼監視役として、彼女とイシュカーさんの側にピタリと張り付いている。
怪しいところは何一つ無いと、フローラも言っていた。
ヤエさんの「不死身の身体」を警戒していたフローラが、今やタカコさんの無垢な笑顔に絆されて、監視役という名のボディーガードを買って出ている。
イシュカーさんとタカコさんは、日中は宿屋の部屋で、勉強や音楽の練習に励んでいた。
そして夜は、私たちも泊まっている『金色の麦穂亭』の酒場で、タカコさんが吟遊詩人として活動する。
その演奏のお陰か、『金色の麦穂亭』は毎日大盛況。
タカコさんの演奏のおかげで、酒や飯がバンバン出るからと、『金色の麦穂亭』の主人も大感謝。
おかげで、私たちも宿代はタカコさんの稼ぎから引いてもらって、ちょっとした恩恵を受けている。
もはや立派に吟遊詩人を語っても遜色ない。
ちなみに、イシュカーさんは出会った時のエルフの姿で『ルーエンさん』として過ごしている。
ヤエさんに至っては、特にすることがないので、イシュカーさんとタカコさん、そしてフローラたちの様子を眺めながら過ごしている。
そんなヤエさんからは、本当に、邪神フライヤの刺客としての「殺意」や「焦り」といったものは微塵も感じられない。
このまま、平和が続けばいいのにな。
私は、朝食のスープを啜りながら、そう願った。
だけど、サルハナさんが姿を消して八日。
何事もないのは、逆に不気味だ。
きっと、どこかで、『何か』が動き出しているに違いない。
そして、その予感は、いつも外れない。
ちょうどその時!食堂の扉が勢いよく開いちゃうよねー……
あー、まるで近所に買い物にでも行ってたような身なりのサルハナさんが立っている。
「いやーお待たせ!フレストリア行きのワイバーン便、用意ができたよ!」
うわぁ、ウッキウキなサルハナさんの、この感じ!
こーゆーときのサルハナさん、嫌な予感しかしない……!
「ほれほれ!芋をボクボク食べてないで、ちゃっちゃと行くよ!」
「急すぎます!私たちはまだ食べ始めたばかりですよ!」
フレヤさんがバッサリと苦言を呈した!
そーだそーだ!食べ始めたばっかだよ!
いつものサルハナさんのペースに巻き込まれる私たちじゃないっ!
「イケズなこと言わないでさぁ、いいからサッサと宿を出ようよ!ねえ!ほら!さあ行こう!やれ行こう!」
もうっ!グイグイ来るなぁ。
どわっ!な、なんだよ!なんで私を標的にっ!!
わわわっ!身体をグラグラと……スープがこぼれちゃうよ!!
「きゅ、急過ぎます……!あっ、危ない……!」
「危ないのは分かったから!ねえ?ほれ!チャッチャカ、チャッチャカ!」
ど、どうして私を標的にしちゃうのさ!!
もっと他にもいるでしょ!
「怪しい」
黙ってパンを千切ってはスープに浸していたフローラが、皿を見つめたままポツリと呟いた。
サルハナさんの手が離れた!ホッ……!
「あっ、怪しくない!全然怪しくない!はい、失敬!全然、怪しくないからね!ねえ、頼むよ!」
「怪しいと言っているようなものじゃの。『宛』とやらが、果たしてどんなものやら……」
ペルルの言葉に、絵に描いたように動揺したサルハナさん。
そんなわかりやすい仕草に、助手のヤエさんは深い溜息を吐いた。
「みなさん、何か不手際があって怒られるのはサルハナさん一人ですから、ゆっくり支度しましょう。サルハナさんの人柄的に、処刑だの打ち首だのという話にはなりませんよ」
「冷たい事を言わないでよ、ヤエ君!そうなんだけど、そうじゃないんだよ!わざわざ遠方から来てもらったんだからさ、流石に待たせるのはマズいって!」
そんなやりとりを眺めていたイシュカーさんとタカコさん。
完全に不安そうな表情になっている。
はぁ……、やっぱり嫌な予感はやってきた。
サルハナさん……だもんね。
「仕方ないですね」
フレヤさんが、スプーンを置いて大きく息を吐いた。
「この調子では、まともに朝食も食べられそうにありません。分かりました。行きましょう、サルハナさん」
結局こうやってサルハナさんを甘やかすー。
まぁ、ついそうしたくなるのもサルハナさんの人望、かな。
うーむ、ヤエさんの意見、かなり的確かも。
伊達に数年、助手をやってないよ!
「わぁ!やった!話が早い!ほら、タカコ君!行くよ!」
サルハナさんはすっかり大喜びだ。
タカコさんとヤエさんは、不安そうに顔を見合わせている。
「ただし、サルハナさん」
フレヤさんが、出発前に釘を刺した。
「ん?なに?」
「一つだけ確認させてください。その『ワイバーン便』、無償ではないはずです。おいくらですか?私たちも負担させてください」
「えっ!?い、いくらかって?」
サルハナさんは、一瞬口ごもり、頭を掻いた。
うわっ!やっぱ怪しい!!
「いいじゃん!ねっ!そんなのどうだっていいじゃん!」
「どうだって良い訳がない。やはり怪しい」
「『怪しい』『怪しい』って!フローラ君はギャンギャンうるさいねえ!」
「ギャンギャン言ってるのはサルハナ。さっきまでは静かな朝だった」
「ああ言えばこう言う!なんも考えずに『わーい!ワイバーンに乗れるぞー!サルハナちゃんありがとう!可愛い!』って鼻水でも垂らしながら喜んでりゃいいんですよっての!」
ああ言えばこう言うも、サルハナさんのことだよ……
「しかし、このご時世、特権階級でもないのにワイバーン便に乗るとなると、金を詰んで解決する話ではないかと……。それこそ、大陸の南方諸国ならあるいは……」
イシュカーさんが不思議そうに首をかしげながらそう呟くと、サルハナさんが……ああっ!私の雑穀パンを奪っちゃった!
返してよ!私のパン!
「はい!イシュカー君はちょっと黙ろうかー!?余計な情報は口にしないー!」
私のパンでビシッとイシュカーさんを指した!
「か、返してくださいよ……!」
あ!!齧っちゃった!わー、もうパンいらないよ!!
ってあれ?イシュカーさんの空気が一気にぴしっと固くなった。
なんだなんだ?そーゆーいじり方されると怒っちゃうタイプ?
そんなふうには見えないけどなぁ。
「……なぜ私のその名をご存知で?」
「へっ?いや、あの……ほら。ねえ?」
「先日、初めてお会いした際、自己紹介はしていないはずです。お一人で飛び出していった様子からするに、誰からもこの名を聞いていないかと」
あっ……!
ほ、本当じゃん!
サルハナさんはイシュカーさんと自己紹介はしてないよ!?
しかもこのサルハナさんのしどろもどろな感じ。
「あっ!そうそう!イシュカー君はさ、ほれ、吟遊詩人をしているじゃないか!うちだって行商人だよ?エルフの吟遊詩人!そりゃあさ、ほれ……あれさ、とにかく!知ってるに決まってるじゃーん!もう、そんな妙な空気を出さないでさ、い、急ごうよ!ほれほれ!サルハナちゃんは誤魔化されないぞー?」
「この姿でイシュカーと名乗ったことはありません」
「……えっ!?あ、そ、そう?へえ……そうだったけ?じゃあ下積み時代かなぁ?」
「それも思い違いかと」
「あ!そうそう、勘だよ、勘!うちってば、人の名前を当てるのが大得意でさぁ!」
「…………」
うわぁ、すっごい空気になっちゃった。
だーれも、サルハナさんの苦しすぎる言い訳を信用してない。
イシュカーさんも『まぁ、そんなのどうでもいっか』とは引き下がらなそう。
そりゃそうだよね、元暗殺者なのに、本名が知られているって、簡単に引き下がれるよーな問題じゃないもん。
「はぁ……サルハナさん。イシュカーさんの事を知る人を取り込んでいるから、そうやって思わず口をついて出たのでしょう?私たちはそろそろ食事を終えますので、さっさと告白してください。それこそ『チャッチャカ』でお願いします」
フレヤさんはどこ吹く風って感じで、澄まし顔で食事を続けている。
ま、それが正解だろうね。
「わ、分かったよ……。あれだよ?本人の意思で取り込んだんだからね?そこは絶対に勘違いしないでちょうだいよ?あれさ、ちゃんと後で『うちが何者なのか』を説明するからね?」
お、サルハナさんが諦めた。
うーむ、死者を取り込むってのも、こういう恐れもあるんだね。
サルハナさんが、死んで間もない人の姿は滅多に使わないって理由がよーく分かった。
あ!サルハナさんが観念して変身した!
わぁお……これはまた色気が凄いというか、どこか影のある美丈夫だ。
艷やかな黒髪、狼のように鋭い眼光。
こりゃモテてモテて仕方ないって感じの人だ。
まぁ、私はこーゆータイプの男の人は興味ない派なんだけど。
「……っ!!」
イシュカーさんはカッと目を見開いたかと思うと、そのまま力なく笑ってみせた。
「ははは……トマスですか。私の事を知っているわけだ」
あ、サルハナさん、いつもの姿に戻っちゃった。
「ごめんね。ちょっと油断してたね。ま、トマスも人間族だからさ、つい数年前に死んじまってね。うちはさ、死に際に立ち会ったんだよ。その時『俺を取り込め』なんてね」
「短命種を弟子に取るのは良くないですね……そうですか。『黒牙のジャック』も老いて……そうですか」
「トマスが胸に抱えていたさ、君への感謝の念とかも含めてさ、道中、うちが何者なのかも全部ちゃんと説明するよ。想いを受け継いだ者としての務めだね」
サルハナさんが、切ない笑みを浮かべてみせた。
こういう時のサルハナさんは、なんだかこっちまで切なくなる。
ワイワイ賑やかに騒いだり、切ない気持ちになったり……サルハナさんと一緒にいるんだなって気持ちになる。
こうして、サルハナさんの無茶も通っちゃうんだろうな……
な、流されそうになってた!!
結局、ちゃんと朝食を摂ったうえで、私たちは『金色の麦穂亭』を後にすることに。
宿を引き払うときの、主人の名残惜しそうな表情がとても印象的だった。
まぁ……宿としても、かなーり儲かったみたいだしね。
サルハナさんなら本当に宣言通りに戻ってくると踏んでいたフレヤさんは、すでに傭兵組合には拠点異動届を書いてもらっていたので、本当にスス—っと町の外へ。
これで拠点異動届を申請していないなんて事になっていたら、サルハナさんがしつこくネチネチと私たちに絡んできたに違いない……!
町の門をくぐり、まず、凍りついた雪原が私たちを待っていた。
そして私たちは、町の門を出たところで立ち止まった。
寒さ、盗賊、そしてミオ聖女の脅威。
そんな感じのさ、『これから始まる旅の覚悟』なんかをね、改めて決めようとする場面じゃん?
私の目が、その『何か』を捉えた。
「ははは……サルハナさん、嘘でしょう?」
フレヤさんが、目の前に広がっている光景を目の当たりにして、暫く呆然とした後、やっと絞り出したのがその言葉だった。
※ ※ ※
物語とは無関係ですが、アメリとフレヤさんが旅している様子を画像生成AIで作成したので、掲載してみました。
こんな二人組が傭兵として旅していたら、嫌でも目につきますね……
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