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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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521.戦いの曲

タカコさんの異様な服装を替え一息ついた一同。

フレヤさんはタカコさんを「贅沢な傭兵の奴隷」として認識させるため、鉄製の首輪をそのままにすると、的確な結論を導き出した。

タカコさんを『可哀想だ』と思う甘さがあった私だけれど、フレヤさんの論理が私たちの安全を守る上で唯一の正解だと認めざるを得なかった。

この巧みなカモフラージュでタカコさんを保護しつつ、同郷のミサキ侯爵夫人の元へ届けるため、高額なワイバーン便を利用するべきかという難題に直面しつつ今に至る。




カーマルニアの町にある『金色の麦穂亭』の食堂で夕ご飯を食べている私たち。

雑穀パンを千切りながらタカコさんが口を開いた。


「そのミサキさんという方ですが、その方の嫁いだ、その……えーと」

「ああ、グランベル家ですね。フレストリア王国の侯爵家になります」


『ワイバーン便』問題については、後で考えることにしたのか、スープを食べていたフレヤさんがそう答えた。

タカコさんは不思議そうに言葉を続けた。


「たしか、芸術を重視しているとか聞きましたが、芸術って具体的な分野はありますか?」

「分野、ですか?うーん……どうなんだろうな」


タカコさんからの質問に答えられなかったフレヤさん。

そのまま言葉を詰まらせて考え込んでしまった。

うーむ、フレストリア王国ってところにそこまで馴染みがないもんね、フレヤさんも具体的な話までは知らないようだ。


「何か心当たりでもあるのかえ?」


『アイス・キッカー』をチビチビ舐めていたペルルがタカコさんにそう聞くと、タカコさんは頬をポリポリと掻きながら頷いた。


「あ、はい。あそこにアコーディオンを持っているエルフっぽい人がいますけれど、あれなら弾けます……うん、私のいた世界のやつと殆ど同じ、しかもキーボード式か……不思議だなぁ……」


ふむ、食堂の片隅から「ウィー!チャチャチャ、ウィー!」なーんて、賑やかで陽気な音色が響いている。

エルフの吟遊詩人が奏でているアコーディオンの音。

その吟遊詩人は、テーブルの上に立ち上がり、派手な手振り身振りで、恋の歌を弾き語っている。

傭兵たちは、酒を飲みながら、ドカドカと木製のテーブルを叩いてリズムを取っている。


タカコさんは、その吟遊詩人の演奏に、目を釘付けにしていた。

そして、フレヤさんに向けて、照れくさそうにはにかみながら言葉を続けた。


「……アコーディオンも『芸術』に含まれるなら、グランベル侯爵家に気に入ってもらえそうな『物』は持っています」


吟遊詩人を見ながらそう言ったタカコさんは、自信なさげなタカコさんじゃなく、そして不安そうなタカコさんでもなく、自分を表現したいとワクワクしているような、とっても綺麗で……とっても自信に満ちた顔をしていた。


フレヤさんは、根菜スープを一口すすってから、慎重に答えた。


「そうですね。音楽も立派に芸術ですから、恐らくは?グランベル侯爵家は、貴族の常識を超えた芸術を求めているようですので、『渡りし人』の世界の音楽を奏でるタカコさんの演奏であれば、侯爵家の美意識に強く響く可能性はあります」

「良かった、知っている楽器があって良かった……!私、どうにかこの世界でも食べていけるかもしれません……!あとはピアノやオルガンなんかもあれば……!いや、そっちのほうが!」


タカコさんは、少しだけ顔を赤くしてそう言った。

音楽の才能かぁ、吟遊詩人として旅するってのも悪くなさそう。


「ピアノというのは聞いたことがありませんが、オルガンであれば、ある事はありますよ。ただ、物凄く高価なものでして、余程の場所でもないと見かけない……と言いますか、田舎者の私では実物は見たことがありませんね」

「そうなんですか……侯爵家ならありますかね?侯爵って、たしか結構偉い地位ですよね?」

「そうですね。王家の下に、親戚筋である公爵家があり、その下が侯爵家なので、結構なんてレベルではなく偉いですね」

「そうなんですね、耳が肥えてそうですね……ははは」


フレヤさんとタカコさんのやりとりを、ジッと聞いているフローラ。

タカコさんはミサキさんとは違って、なんだか教養が……

あ、いやいや!別にミサキさんが『馬鹿だ』って言いたいわけじゃないよ!?

ただ、タカコさんはこうね……


ん?ペルル……何かを決意したように、席を立った。

なんだ?まだ『アイス・キッカー』が飲みたいのか?

あ、嫌な予感がする……!

ペルルという蠱惑な女が、吟遊詩人になにやら話しかけている。

悪巧みしているときのペルルだ。


「フ、フローラ……!でっ、弟子が、な、なにやら……!」

「問題ない。関係ない」

「そ、そんな……!」


うわっ、全然ダメだこの師匠!

ん?吟遊詩人となにやら交渉でもしてたのか?

ペルルが微笑みを浮かべながら戻って来た。


「ペルル、一体何を……」


そう尋ねるフレヤさんも、ものすっごい不安そう。


「タカコよ」

「はい」

「あの楽器、貸してくれると言うておったぞ?ほれ、そうと決まれば弾いてみよ!聴かせとくれ!」

「はい……えっ!?きゅ、急にそんな……!」


ははは……この行動力よ。




ペルルに手を引かれながらタカコさんは、吟遊詩人のもとへ行ってしまった。

フレヤさんも『まぁペルルがそばにいるなら』とでも思ったのか、これ以上余計な心配をしたくないのか、普通に食事を楽しんでいる。

フローラも然り、ペルルの行動力には全然興味がなさそう。


タカコさんがアコーディオンを胸に抱えた!


「ひ、弾きますよ……!」

「ですね。おっ、結構、様になってますね」

「で、ですね……!」


片一方はピアノみたいな感じだけど、もう片一方は小さいボタンがビッシリと並んでる。

あれは確実に、その場のノリでなんとかなる楽器じゃない。


あれ、そういえばタカコさんも言ってたけど、第二の人生が始まってからピアノもオルガンも見てないな。

高級品なのかな、貴族のお屋敷でも見かけなかった気がする。

多分、この『ピアノ』や『オルガン』についての知識は、私が記憶を失う前、ルーマローラ王国の公爵令嬢だった時代のものなんだろうなぁ。


おっと!今はタカコさんだよ!

規則的な配置を確認してる。

ペルルの周りには、鼻の下をだらしなく伸ばした男たちが集まってるけれど、タカコさんだけはまるで、膨大な数の楽譜を一瞬で暗記し直すような、超人的な集中力だ。

アコーディオンを貸してくれた吟遊詩人のエルフの男の人も、優しい顔をしてあれやこれやとタカコさんに説明してる。


さっきの『ウィー、チャチャチャ〜』だなんだってやってた曲だ!

タカコさんが『試しに』って感じで蛇腹を動かした!


「ほほう!アコーディオンが弾けるというのは本当でしたね。これは大した一芸ですよ?」

「で、ですね!あ、あんな、ふっ、複雑そうな……!」


いやー、フレヤさんも私も感心!

フローラも視線を上げて、ジッと向こうにいるタカコさんを見つめた。

おっ!?ひときわ拍手が沸き起こった!

タカコさんが照れくさそうにペコペコしてる!


「そ、それじゃあ……!傭兵?の方が多いと聞いたので、私の、えーと故郷で人気だった戦いの曲?を演奏します!良いなと思った方は、チャンネル登……あ!いや!すいません!……やります!」


賑やかな拍手や掛け声。


タカコさんが、緊張しつつもアコーディオンを構えた。その言葉に、私は思わず身構えた。戦いの曲?一体どんな曲なんだろう。


次の瞬間、食堂の騒音を切り裂くように、荘厳で、激しく、しかしどこまでも美しい旋律が、炸裂した。


「……っ!」


それは、まるで冷たい風が雪原を駆け抜ける音のように始まった。

鋭く、速く、不規則なリズム。

タカコさんの指が鍵盤の上を叩きつけるように動き、左手の丸いボタンからは、不協和音ギリギリの、不安を煽る低音が鳴り響く。


これは……まるで、追われている感覚!

ゾワッとした!こ、この人の才能は……本物だ!!


私の心臓が、ドクン、ドクンと激しく脈打つ。

音符一つ一つが、敵の奇襲や、予期せぬ裏切りみたいに、鋭く突き刺さってくる。


この曲には、普通の戦いの歌にあるような「英雄の誇り」や「勝利の喜び」なんてものは、どこにもない。

あるのは、「絶望的な状況で、生き残りをかけて必死に剣を振るう」というような、ものすごい緊迫感。


アコーディオンの軽快さとは裏腹に、旋律は複雑で、暗く、どこまでも続く逃げ場のない戦いを描いている。


──ああ、これ、私たちが異界で戦っていた、あの時の音みたい。


倒しても倒しても、立ち上がってくる骨たち。

味方の声も届かない、紫の空の下での、終わりが見えない消耗戦。

この曲は、あの時の私の焦燥感と、疲弊しきった身体が、それでも戦い続けた『理不尽な闘志』そのものに感じられた。


『戦い』とは、英雄の物語なんかじゃない。

それは、恐怖と、生存本能だけが残る、冷たい現実なんだ。


タカコさんの演奏は、まるで私に「お前の戦いは、これほどまでに孤独で過酷だった」と突きつけているようだった。

私は、無意識のうちに、隣にいるフレヤさんの腕を、ぎゅっと掴んでいた。


タカコさんの右手が、鍵盤の上を流星のように駆け抜け続ける。

そして、左手の無数のボタンが、正確無比なリズムを刻み、完璧な和音を鳴らし続けている。


食堂の喧騒は、完全に消えていた。


誰もが、口を開けたまま、ただ音に聞き入っている。

まるで、時間そのものが、タカコさんの音楽に支配されたみたい。


タカコさんは、最後の和音を力強く、そして長く伸ばすと、ふう、と息を吐き、アコーディオンを静かに胸から離した。




一拍の、張り詰めた沈黙。




次の瞬間、食堂全体が、爆発したような大歓声に包まれた!


「すげえ!」

「なんて曲だ!」

「もう一度!もう一度だ!」


傭兵たちは、ジョッキをテーブルにガンガンと叩きつけ、口笛を吹き、タカコさんのいる場所へとなだれ込んでくる。

彼らは、感謝の気持ちを込めて、お金をタカコさんの足元に投げ入れ始めた!

わあ!すごい!タカコさん、こりゃ大成功だよ!


安堵と興奮で、胸がいっぱいになったよ……


その熱狂の渦の中で、ひときわ大きな声が響いた。


「感動したぜ!ちいさいねえちゃん!戦いの曲、最高だった!次はもっとすげえ戦いの曲を弾いてくれや!チップは弾むぜ!」


体格のいいオーク族の傭兵が、そう叫びながら……ええっ!?

き、金貨をタカコさんの足元に投げた!?

ペルルがすかさず拾い上げて、タカコさんのポケットに突っ込んだ!

目ざといっ!


タカコさんは、その熱狂を受けて、喜びと戸惑いが入り混じった顔をしていたけれど、すぐに決意を込めた表情になった。


彼女はアコーディオンを胸に抱き直すと、食堂の皆に向かって、声を張り上げた。


「あ、ありがとうございます!それじゃあ、次は……!」


あ、タカコさんがふと、私とフレヤさんの方を見た。

なんだろう?


「次は、私の故郷に伝わる、ある冒険の物語の曲を演奏します!」


タカコさんは、そう説明を加えた。

賑やかな歓声を受けつつ、さらに言葉は続く。


「その物語では、主人公たちが、たった五人の仲間で、大冒険の末に、世界の運命を賭けて、最後に邪神と戦うんです。これは、その戦いのシーンで流れる名曲です!」


じゃ、邪神と戦う……!

タカコさんは、自分が今、邪神フライヤと、図らずも繋がっていることに、まだイマイチピンと来てないと思う。

だけど、これから私たちに待ち受ける運命を、正確に予言している選曲みたいだ。


爆発しそうなくらいの盛り上がりの中で、タカコさんが、再びアコーディオンの蛇腹を動かした。




今度の曲は、さっきの曲とは、また違った種類の重厚さを持っていた。最初の音が鳴り響いた瞬間、食堂の熱狂は一瞬で鎮まり、その音の持つ、圧倒的な悲壮感と、抗いがたい力に、皆が再び飲み込まれていく。


それは、まるで、広大な雪原の奥底で、巨大な悪意が胎動しているような、深く、暗い旋律だ。


ああ、これは……!

直感的に感じる。

この曲は、「終末」の音楽。

逃げ場のない、避けられない最後の戦い。

だけど、その暗い旋律の奥には、主人公たちが持つ、決して諦めない強い意志の光が、確かに感じられた。


私の脳裏には、ゼルさんや、メーラ様、そしてこの世界の全ての仲間たちの顔が浮かび上がる。

そして、邪神フライヤの巨大な悪意と、今、この曲を演奏するタカコさんの無垢な表情が、不思議な形で重なり合った。


私は、その曲の持つ不思議な魅力に、抗うことができなかった。

まるで、今まさに邪神と戦っているような感覚。


私たちは、本当に、こんな壮絶な戦いの渦中にいるんだ。

恐怖と、使命感と、そして感動。

様々な感情が渦巻く中、私は、隣に座っていたフレヤさんの手を探した。


私たちの目が合う。

フレヤさんも、この曲の持つ意味を完全に理解しているみたいだ。


私たちは、どちらからともなく、強く、自然と手をつないでいた。


言葉は要らない。

この音楽が、これから私たち二人で立ち向かう運命の全てを、語ってくれているみたいだった。


私、音楽についてはサッパリわからないけれど、わかることがある。

この曲は、単なる『楽しませるための曲』じゃない。


戦いの曲なのに、勇ましさだけじゃない。

絶望の底にいるのに、妙に冷静で、まるで、『これが、私たちの世界の終わりだ』と、淡々と受け入れているみたいに感じる。


私は、繋いだフレヤさんの手の温もりを確かめる。


この曲を聴いていると、逃げちゃいけない気がする。

もし、私が大した力もない、弱虫でモジモジしたメイドのままだったら、この曲を聴いた瞬間、怖くて隠れてしまったかもしれない。


だけど、今の私には、この曲が『使命の再確認』みたいに聞こえるから不思議。


この暗い旋律が、『お前は、この悲劇の主人公なのだ』と、私の背中を押している。

『たった五人の仲間で、邪神と戦う』というタカコさんの解説。

それは、私たち『魔女っ子旅団』が、これから向かう運命そのものだ。


私たちは、人数こそ少ないけれど、互いの命と信頼を武器に、この世界が邪神フライヤの思うままになってしまうのを食い止めようとしている。

邪神フライヤの巨大な力が、どれほど絶望的であるか理解している。

相手は腐っても神様。


でも、同時に、私たちには絶対に勝てるという、根拠のない、強い確信が湧いてくる。

戦いは、こんなにも冷たく、そして美しいものなんだ。


演奏が終わった後、私はタカコさんに、『この曲を、また演奏してほしい』とお願いしようと、心の中で決めた。

これは、私の心を奮い立たせる、最高の『戦いの魔法』だ。


……アコーディオンって、いくらするんだろう?

ちなみにタカコさんは、元の世界では音楽系YouTuber的なものだった設定です。

『弾いてみた』企画でパイプオルガンやアコーディオンに挑戦していたので、ちょっと触れば弾けるという感じです。

物心つく前からピアノを習っていて、音大生で、自身の知名度を上げるために始めたのがYouTubeという感じです。

選んだ曲はロマサガ3の四魔貴族バトルとラストバトルという設定で書いています。

ほら、ゲーム音楽って再生数多いから……


面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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