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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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518.狂った馬鹿

ウィンズ・コールからの旅を終えカーマルニアへ到着した私たち。

この町の極度の困窮を目の当たりにしつつも、フレヤさんたちと傭兵組合での拠点登録を済ませ、束の間の日常に安堵していた。

だけど、町の広場で遭遇した奴隷売りの冷酷さに私の全身は震え上がり、さらに檻の中に『渡りし人』の世界の言葉で助けを求める女の人を発見!

私の心は激しく揺さぶられる……!

咄嗟に縮地で逃げることもできず、騒ぎを恐れて彼女を助ける決断を下せない私は、目の前の絶望的な状況に直面しながら、自身の無力さと卑怯さに打ちひしがれつつ今に至る。




「終いにはね、アメリさん……本当に怒りますよ?」

「あ、は、はい……」


ヤだなーフレヤさん!もう怒っているようにしか見えませんよ!ナハハ!とは言えない。

静かーに怒っているフレヤさんに睨まれる私……蛇に睨まれた蛙とは私のこと。


「状況というもんを理解しとらんかったとは思わなんだ……よもや、ああ……もう良いわ」

「邪神フライヤが狙うとしたらフレヤだと思って、フレヤの周りの警戒に集中している。ペルルはマシな宿を調べらせていた。アメリ……アメリなら自分の身くらい余裕で守れると思った私が馬鹿だった……」

「ここまで考えなしの『うつけ者』とはのう……」

「ん。奇人変人。狂った馬鹿。」


ぐぬぬぬ……!!

可愛い妹分としか思っていなかったペルルからの辛辣な言葉!

私と五十歩百歩、どんぐりの背比べと思っていたフローラの、この心からの落胆の言葉!

人を『狂った馬鹿』呼ばわり……!ひ、否定できないのが死ぬほど悔しいっ!!


「あのですね……アメリさんは、ひょっとして狂っているんですか?今、この状況で、奴隷商から、しかも自ら進んで『渡りし人』を買うって……!!ああっ!!!頭と胃が痛くなってきた……!なんだか胸焼けもします……」


だ、だって……!!!


「こ、このままじゃ、すっ、捨てられるって……!」

「だからって、我々に向けた刺客としか思えないタイミングで姿を現した『渡りし人』を率先して買うなんて、気が狂ってますよ!!邪神フライヤが『アメリは、情に訴えかければコロッと騙される馬鹿だ』と思っての演出だったら、どうするつもりなのですか!?!?」


ひーーーん!

カミナリが落ちた!!

くそーーー、ぐうの音も出ないやっ!!!




今、私たちがいるのは、ペルルが調べてきて、一番マシだという宿屋の一室。

部屋の中にはベッドが四床あって、私は、あの奴隷商人の男からスーゼル金貨一枚で買った『渡りし人』、タカコ・ミネフジさんと、並んでベッドに腰掛けている。

向かい合うようにしてベッドに腰掛けているフレヤさん、そしてフローラとペルル。


私だってね?「あー、これやっちまったなぁ」って後悔してたんだよ?

そりゃそうだよ!こんなタイミングで登場するんだもん、刺客に決まってるよ!!

だ、だけどさ、本当に言葉がまるで分かんないみたいなんだよ。

これはね、多分、芝居でもなんでもない、本気で困っている人だよ。




あの後、ついつい、スーゼル金貨一枚でタカコさんを買い取ってしまった私は、タカコさんの小さな手を引いて、そのまま町の中をウロウロし始めた。

ついついだよ、本当に『ついつい』だよ!?


私は、タカコさんが本当に「刺客」だったらどうしよう、という恐怖よりも、フレヤさんに怒られる恐怖に完全に支配されていた。

だって、私は「誰も信用できない」とあれだけフレヤさんと確認し合ったばかりなのに、情に流されて奴隷を買っちゃうなんて、自分でも自分がとびっきりの馬鹿だと思う。


『タ、タカコさん、あの……』

『はい』

『あ、あの……お腹とか減ってませんか?どこか温かいところで……』


お腹が減っていませんか?じゃないよ!私!


『そうですね……ははは、この世界に来てから、硬い黒いパンしか食べてなくて……』


とりあえず、人目につかない路地で、タカコさんに肉串でも食べさせようかな。

異空間収納に大量の肉串があるけど、あの魅惑的な香りを、こんな困窮している人々の前で出す勇気はない。

さて、どっか適当に路地を曲がって、と……


「アメリ。そこで何をしている」


ギクッ!!

氷点下の空気を切り裂くような、静かで、極度に冷えた声!

背後からだ!

声の主は、フローラだ。


フローラ……ってことは、その隣には……?

あばばば、予想通り、まるで暗殺者のような無表情のフレヤさんが立っている!!


フレヤさんが、私たちに向かって歩いてきた!!

その歩みは、普段の軽快なハーフリングのそれじゃない。

まるで遺跡の調査に来た学者が、珍しい遺物を見つけた時みたいな、警戒と嫌悪に満ちた、ゆっくりとした歩みだ……!


終わった、滅茶苦茶怒ってる……


「フレ、フレヤさ……ん……」


私は、タカコさんの手を引いたまま、ガチガチに硬直した。


フレヤさんは、まず私の顔を一瞥。

次に私の手元を見て、タカコさんの無垢な顔を見た!


うわあぁぁぁぁっ!!純粋な『絶望』と『ゴミを見るような視線』だっっっ!!


「その人のその格好、道端で奴隷商人が売っていた奴隷ですよね?」

「あっ!あ!あの……!は、はい……!『渡りし人』だなぁと……」

「……その人、ひょっとして『渡りし人』ってことですか!?!?!?」


フレヤさんの目がクワッと見開いた!

うわっ!フローラとペルルもだ!!


「ああ、嘘でしょ……?ええぇ……ああ……アメリさん。あなたは、私たちがこの旅で最も避けるべき行動を、最も避けるべきタイミングで、実行に移してくれたようですね」


怒鳴るよりもずっと恐ろしい。感情が一切ない。

フレヤさんが本気で怒っている時のやつだ……


「ま、待って、く、ください!違っ、違うんです!こっ、こっ、この子、言葉が通じないんです!あ、あの、あれ、き、きっと、邪神フライヤの刺客じゃなくて、た、たた、ただの被害者で……!」


私が必死で言い訳をすると、フレヤさんは、私の手を指差した。


「その『被害者』をアメリさんはいくらで買ったのですか?」

「あ、あの……ス、スーゼル金貨、い、一枚で……?」

「アメリさんはスーゼル金貨一枚で、この飢餓の町で、一族郎党が何日も生き延びられるだけの金貨を?その刺客かもしれない奴隷を買う……誰にも相談せずに……?」


フレヤさんの冷たい視線が、私の心の奥底を抉り取る。


「あぅ……か、かも?」

「『かも』っ!?」

「あ、す、すいませんっ……!」


うう……!もう嫌だ、穴があったら埋まりたい……!

フレヤさんの、私をゴミを見るような視線、きっと生涯忘れない……!!




そして、今に至るわけで……




「そもそも言葉が分からないというもの怪しい」


フローラがおもむろに立ち上がった!

うわっ、こ、こっちにスタスタ歩いて来た!

ん?タカコさんに右手を差し出したぞ?


『握手、ですか……?』


困惑しつつも、愛想笑いを浮かべながらフローラと握手するタカコさん。

フローラが小さく微笑みを浮かべた。

なーんだ、受け入れてくれてるんじゃん!


「私はこのままお前の右腕を切断し、こめかみに紐を通せるような穴を開ける事くらい簡単に出来る。もしくはこのまま猛毒で苦しませる事もできる。どうする?どうやって死にたい?」

『嶺藤貴子です。タカコ・ミネフジ……ですかね?よろしくお願いします』

「何が目的?これは脅しではない。私は元暗殺者。殺しにかけては、何のためらいもない」

『アメリさん、フローラさん……でしたっけ?何をおっしゃっているのですか?』


やっぱフローラ、イかれてるよ!!

急に殺気ダダ漏れで何を言ってるんだ!?


『あ、あ、えーと……自己紹介と、あーと、あー……た、大変だったね、みたいな事を、い、言っています!』

『ご親切にありがとうございます。戦うなんて、とてもじゃないですけど無理ですが、精一杯、自分の出来る事をやってみせます。これから、よろしくお願いします』


そして、タカコさん、全く何も気がついてない様子。

思いっきり笑顔を見せながら自己紹介しちゃった。


「……肝が据わっているとは思えない。本当にその辺の人と大差ない。これが演技だとしたら、私は元暗殺者として悔しい」


納得が行ったのか、フローラが愛想笑いを浮かべたまま元の場所に座り直した。


『お仲間の方が怒っていらっしゃるようですが、大丈夫ですか……?』

「アメリさん、彼女はなんと?」


フレヤさんは腕を組んで、むっつりしたままそう言った。

ううっ、甘んじて『むっつり』を受け入れるしかない。


「あ、あの……み、みんなが、お、怒っている、み、みたいだけど、大丈夫ですかと……」

「そのタカコさんという方が『渡りし人』じゃないにしても、旅の途中で仲間が、無断で奴隷を買ったら、誰だって怒りますよ……」

「ち、ちなみに、フローラの、お、脅しは、みっ、微塵も伝わってないです……。し、親切な人だと、お、思っています」


私しか通訳が出来ないってのは、なかなかに面倒くさい……


フレヤさんが、深く息を吐き出した。

その表情は、怒りから一転して、諦観のようなものに変わっている。

ああ、この顔も、フレヤさんが絶望した時にする顔!

嘘でしょ、私が率先して、しかも金を払って、この絶望的な状況を招き入れた……?


私は、やっぱり馬鹿だ……!


「……これ以上、怒ってしまう前に、一つだけ確認させてください」

「あ、は、はい!」

「そのタカコさんは、この世界に来てから、何か恩恵を受けている様子はありますか?」

「お、恩恵……?」


タカコさんにバレないように、できるだけ穏やかな言葉に変換しなければならない。

そうだ、故郷である『ニホン』というところで、すげー役者、もしくは稀代の詐欺師だったら大変だ。


『あ、あの、タカコさん……』

『はい』

『あ、えーっと、か、体になんか、あの、ふ、不思議な力が湧いてくるような、か、感じとか?な、なんか、しませんか?えへへ、力持ちになった、とか!』

『不思議な力……ですか?』


タカコさんは、困惑しつつも、自分の両腕をじっと見つめた。

フレヤさんを始め、フローラとペルルもジッとその様子を見守っている。


『さあ……特に変わったことはないような……むしろ、この世界に来てから、とにかく寒いですし、お腹も空いてしかたないですし、ただただ大変になっただけですね……?』


そう言って苦笑いを浮かべたタカコさん。




あれこれ聞き出したけれども、どうやらタカコさんは本当になんの力も貰ってない様子。

これですっとぼけているなら、もう私たちはお手上げ。

一通り結果を報告すると、フレヤさんが口を開いた。


「ふむ……」


フレヤさんは、私の返答を聞いて、腕を組み直した。


「では、詠唱なしで火を灯すような芸当はできますか?あるいは、アメリさんのように、異空間収納を使えるか?」


まーた難しい質問を!

とはいえ、私に拒否権なんてない!

なんなら人権すらないっ!


『あ、え、えーと、タカコさん……』

『はい』

『も。もし良かったらなんですけど、「火を出せー!」み、みたいな?あの、うー……ね、念じ方で、急に火が出たりしませんか?あ、あと、カ、カバンの中のものが、きゅ、急になくなる、みたいな……?』


「火を出せー!」なんて、まるで子供だましみたい。

私の『ニホン語』が分かっていないはずのペルルとフローラが呆れた顔で私を見ている。


『え!?こ、この世界って、ひょっとして魔法がある世界なんですか!?』

『ひゃっ!?え、あ、えー……』


どわっ!!こ、こんな食いつき方をするとは思わなんだ……!


「なんと言ってますか?」

「あ、えーと……ま、魔法なんてあるのか?と……」


私の言葉を受けて、フレヤさんたちはまじまじとタカコさんの様子を伺う。


「とりあえずアメリさん、コップに水を出したり、指先に小さい火を出してみてください。我々は嘘がないか観察しています」

「あ、は、はい」


ま、反応を伺うのは有りだね……


『こ、こんな簡単なのとか……?』


とりあえず指先に小さな火を……と。


『わあっ!?す、凄い!!それ魔法ですか!?ちょっと手を見せてください!何かタネがあるんじゃないですか!?』

『あ、え、ま、魔法です……!』


火を出している時に、ワッと飛びつかれたら危ないよ!!

と、とりあえず危なくない程度に風でも出してみるか……


『こ、こんなのとか……?』

『ほ、本当に魔法……!す、凄い……!!』


タカコさんは、目を輝かせて大興奮してる。


「ペルル、どう思いますか?」


フレヤさんが、ペルルに意見を求めた。


「言葉が通じないというのは、邪神フライヤ側の細工かもしれんがの、魔力と無縁というのは、演技ではどうにもならん。このタカコという女は、本当に何も力がないのかもしれんの」


ペルルの言葉に、フローラが静かに頷いた。


「ん。同感。もし彼女が能力を持っていれば、言葉が通じなくとも、何かしらの魔力反応があるはず。元暗殺者として、その程度は見抜ける」


そんな冷静な分析なんてどこ吹く風、本当に私たちの言葉が理解できていなさそうなタカコさんが更に詰め寄ってきた!


『カバンの中のものがって言ってましたが、アイテムボックスみたいなものもあるんですか!?』

『あ、あ、い、異空間収納です。こ、こんな感じの……』


と、とりあえず淹れた状態で仕舞っておいた紅茶でも飲ませて、落ち着いてもらおう。


『えっ!?ど、どこから紅茶が!?わぁ、暖かい……なんだか懐かしい香りです』

『あ、ど、どうぞ……。わ、私が淹れて、と、取っておいたものです……』


タカコさん、そのままティーカップを受け取ったぞ?

うーむ、じっと紅茶を眺めてる。


『懐かしく感じます……当たり前のように毎日飲んでたのに……ははは、異世界でも同じような香りがするんだ……』


……えっ!?な、泣き始めちゃった!?!?

あわわわ、泣かしていません!私、泣かしていません!!


「ふう、恐らく本当に刺客ではないようですね……」


フレヤさんは、そこでようやく、椅子に深く腰掛けた。


「今のところはタカコさんを必要以上に警戒する必要はありません。ただ、彼女がどうやってこの世界に来たか。そして、他に誰か一緒に来た人間はいなかったか。それを聞いてみる必要はあるでしょう」


フレヤさんの目が、私を優しく促した。

そうだ、タカコさんから情報を引き出すんだ!


「とりあえず、タカコさんにはこれを使ってもらいましょうか」


そう言って、フレヤさんが斜めがけカバンから取り出したのは……

あ!異界でゼルさんたちから貰った、言葉がわかるようになる魔道具!!


「あ、つ、使ってもらいます!」


助かった、延々と通訳をさせられるかと思ったよ……!

私はそれを使わなかったせいで、それの存在なんて完全に忘れてた。


私は、ゴクリと唾を飲み込み、タカコさんに向き直った。

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