517.あからさまな
フライヤ視点
「ねえ!本当に大丈夫なの!?」
「『えっ?』じゃねーよ!本当に大丈夫なんですかって聞いてんの!!」
「本当かよ!なんかほっつき歩いてるようにしか見えないんですけど!」
「お前らはどこにいて、あの害虫どもはどこにいるん……え?地名とかで言われても知らねえっての!」
「こっちが手出しできねえと思って、舐めた口を聞きやがって……」
「わかんねえからお前らに頼んでるんだろ!あのムカつく女の残滓が残りすぎてて追えねえんだよ!追えてたら、もっと別の人選があったに決まってんだろ!」
「ん?あー……そういう……。おいおい、本当かぁ?」
「まぁ……とりあえずは信じるけど……」
「え?あの搾りかす?そんなの放っておけばいいよ、別に。時間の無駄だよ」
「はいはい、叶えます。え?ちゃんと願いは叶えるって。はいはい、はいはい……しつけーなお前も!ちゃんと叶えますって言ってんの!」
「次の連絡までには成果ね、成果!」
「叶えられるものも叶えられなくなるってことを忘れるなよ?」
「ゴチャゴチャ言ってないで、キビキビ動けよ!」
* * *
ウィンズ・コールからのソリの旅は、まさに同じことの繰り返しだった。
盗賊が出ては、フローラの指摘を待つまでもなく、私が水弾で沈める。
そのたびにガルトさんとリルのちゃんは大喜びし、ダルスさんはウンウンと静かに首を振る。
私たちは、雪煙を上げながら数日を駆け抜け、ついにカーマルニアの町の門を視界に捉えた。
ほほー、ウィンズ・コールと比べて規模に大差はない感じなんだ?
物資を届けるだなんだと言ってたから、てっきりド田舎のこぢんまりした町かと思ってた……
あー、でも分かったぞ?
カーマルニアの町は、周囲が広々とした平原。
セレイア凍翠林から遠く離れているせいか、木々もまばら。
これじゃあろくな魔物もいないだろうから、食料の確保には苦労しているんだろうね。
私でも薄々感じるくらいには困窮してそうなのは明らか。
せいぜい川が流れているくらいっぽいけど、あの川じゃ全住民のお腹を四年間も支えられるとは思えない。
支えるには、川の生き物業界が一致団結して、その命を捧げないといけないけど、それはどこの世界へ行っても有りえないのは分かる。
なかなか立派な門をくぐって、町の中へとソリを進める。
ちなみに、ガルトさんが物資輸送でやってきたと聞いた衛兵は、何も徴収せずにさっさと通してくれた。
なんか私たちまで通行料免除になっちゃった。
この町の雰囲気は、ウィンズ・コールよりは少しマシなのがちょっと意外。
住民も、外を歩いている人の数も多いし、完全な飢餓状態というよりは、『極度の困窮』という感じ。
それでも、人々の顔には疲労の色が濃く、やっぱり冬の厳しさが伺えるかな。
開けた場所にあるからそこ、ウィンズ・コールだけでなく、あちこちから物資を集められるのかもしれないね。
とはいえ、この町からは一体何が提供できるってんだ?
何かしらの『強力な交易品』がないと、四年間も生きていけないわけで……
ま、私にはよくわかんないね。
鉱石とか宝石とか?掘れば出てくるとか?
私たちは、町の中心にある、商業組合の大きな倉庫前でソリを止めた。
すぐ近くには傭兵組合の事務所も。
フレヤさんとガルトさんが傭兵組合の事務所へ行っている間、ダルスさんは、倉庫から出てきた商業組合の職員の人達と積荷を降ろしては、せっせと倉庫の中へと運び込んでいた。
私とフローラとペルルは、最後の最後に積荷が狙われないか見張り役。
「クイーンスレイヤー様!フレヤ様!本当にありがとうございました!」
リルちゃんは、心底ホッとしたように、私たちに向かって深々と頭を下げた。
寒さと緊張から解放されて、ホッとしたような笑顔を見せている。
「ご無事の到着、何よりです。この食料が、カーマルニアの皆さんの希望になりますように」
フレヤさんが、穏やかな声でそう答えた。
「アメリの姐御!失礼な態度、重ねて申し訳なかった!姐御たちの噂は、カーマルニアでも広めさせていただきます!」
ダルスさんが、大きな体躯を折り曲げて、私にも頭を下げてきた。姐御、ね……
なんだか『姐御』ってさ、腕力で物を言わせるヤツみたいでさ、アレなんだよなぁ……
とはいえ、ダルスさんの親しみを込めて接してくれる感じは、とても良かった。
「えへへ……ほ、ほどほどに……!」
「とにかくよ、本当に助かったぜ!年々、盗賊の数が増えているからな……。本当にありがとうな!」
ガルトさんもようやっと肩の荷が降りたかのように、目尻にシワを寄せて微笑んでいた。
私も、新しい『世界の常識』に慣れるためとして、貴重な経験をさせてもらった。
ガルトさんたちに「お気をつけて」と別れを告げ、リルちゃんとも小さな別れの挨拶を交わす。
彼らがソリを押して、町の奥へと消えていくのを見送った。
「さて」
フローラが、一歩前へ出た。
「まず傭兵組合の事務所へ行き、手続きを済ませる」
そう言って、フローラが私とフレヤさんに視線を送った。
あー、なんか事前にフレヤさんが、フローラやペルルと相談していたなぁ。
カーマルニアで拠点登録するって。
私たち『魔女っ子旅団』は、このカーマルニアで一旦、拠点登録することになっている。
フローラとペルルも、限定クランとして引き続き、私やフレヤさんと旅を続ける形になる。
「ですね。さて、行きましょう、アメリさん」
「あ、はい……!」
「よそ見するとすぐにどこかへ行っちゃうんだから……。ほら、ついてきてくださいね」
そ、そんな腕をぐいっと掴まなくたって、迷子になんないよ!
フレヤさん、心配しすぎである。
傭兵組合の事務所はすぐそこ。
サクッとフレヤさんとフローラが事務所へと行って、サクサクっと手続きを終わらせてくれた。
フレヤさん曰く、まずは宿を確保するみたい。
宿を探すために、町の大通りを歩き始めた私たち。
ほうほう……カーマルニアの建物は、土と木材でできているんだなぁ。
まぁ、辺りから石材が切り出せるとは思えないしね……
そんなわけか、全体的に灰色がかった色合いだね。
道の両脇には、物々しい雰囲気の露店が並んでいるけれど、売っているのは、使い古された農具や、乾いた皮など、生活に直結する品ばかりだ。
少しでも金になればって感じで、生活を切り売りしているって感じ。
ん?あそこの建物の陰、町の広場の近く。
車輪のついた檻。
馬車のように何台も連なっていて……なんだなんだ?
魔物を捕獲して運搬する檻かな?
あっ……檻の中に、人影が見える!
「……あ」
思わず立ち止まっちゃった。
あれだ、これ……奴隷売りだ!
車輪のついた檻の中には、人間族や獣人族の痩せ細った子供や女の人!
まるで商品みたいに押し込められている。
その光景から、どうしても目を離せない。
ウィンズ・コールで見た奴隷売りの男が、頭の中でフラッシュバックする。
この檻の中の人たちも、同じように、どこかの貴族や商人に売られていくのかな。
男の人は皆無。
なんでだ?働き手として、絶対重宝されると思うんだけどな……
あ、だからこそ売り切れてしまって、残されるは子供と女の人ってわけか?
だよね……生活に余裕がなかったらさ、慰み者として女の人を買うなんて後回し中の後回しになりそう。
……なるよね?
あれが奴隷商人か?
獣人族だね。獣人族の中でも、狐人族!
狐人族特有の尖った耳が、ピコピコと動いてる。
随分と大きな体に派手な毛皮のコートを羽織っていて、顔には目立つ傷跡……あっ!お、檻のそばに立っていた奴隷商人と目があった。
マズい、完全にターゲットになっちゃった!あばばば……
私をじっと見つめると、下卑た笑みを浮かべながら、サササッっとこっちに来ちゃった!
「おや、お嬢ちゃん!こりゃ珍しいお客様だ!」
「え、あ、いや……!」
「主人から女中でも見繕ってくるように言われたのかい?」
ど、どうしよう……!
今更、マントで顔を隠そうったって、それは後の祭りか。
あわわわ……みんなスタスタ行っちゃった!
な、なんで日頃は喋んないのに、フレヤさんと三人でワイワイ盛り上がってるの!?
わ、私が逸れる危険性を軽視しているからこうなっちゃうんだよ!!
ううっ……まるで獲物を捕らえる狐みたいに、私の前に立ちはだかってる。
「可愛いお顔だね、ちいさいお嬢さん。どんなヤツが良いって言われてるんだい?」
奴隷商人の目は、私を値踏みしているようだ。
むむ、視線がまるで、私の身なりを値踏みしているみたいだ。
しっかりした身分の者か、赤貧にあえぐ貧乏人か値踏みしてる。
いやぁ、今の私を見て「冷やかしならあっちにいけ」って発想にはならないよなぁ……
なんせ、以前報酬として貰ったヒルドリック家のビロード織りの上等なメイド服を着ちゃってるんだもんな。
ただのペーペーのメイドにすら見えない。
これは逃がしてもらえそうもないぞ……急に姿を消したりして騒がれたら……あわわわ、大騒ぎになってフレヤさんに怒られる可能性が僅かに!!
ぐぬぬぬ、縮地で逃げたい、縮地で逃げたい……でも騒がれるのもマズい……
「この檻の中の子たちを見に来たんだろう?いい子が揃ってますぜ。見たところ、年齢によらず、かなり位の高い使用人とお見受けしましたぜ!さあ、どうぞ!ねえ、ほら!」
「えっ!あ、あー……」
「そう警戒するこたぁねえですって!その見事なビロードの服を見て、冷やかしだと思うほど俺も間抜けじゃねえです!」
うぐぐぐ……やっぱり!
このビロード織りのメイド服が!
男の押しが強くて、この場から立ち去れない。
「まずはランドリーメイドなんてどうです?この寒さじゃあねえ、川の水は凍りつきますわ。手をやれば、たちまち感覚がなくなる極寒の洗濯ときた!だが、あそこの、毛並みのいいオーク族の女を見てやってくだせえ!見ての通り、タフな体躯!手が荒れることを厭わねぇ。氷水に手をつけても音を上げねぇ『冬の労働力』として最適ですわ!まあ、この寒さで凍死すりゃ、それはそれで運命ですからねえ!」
凍死を運命とな……!
この世界はどこまで冷たいんだ!
男は、次に別の檻へと視線を移した。
「あるいは、食料が何よりも尊い今、腕のいい料理人は宝!あそこの、ハーフリングの娘を見てやってくれ。体は小さいが、元は裕福な商人の家にいたキッチンメイドだ!火の管理が上手で、少量の材料でも、腹持ちのいいスープを作る知識を持っている。手に入れた貴重な食材を、腐らせる心配はねえです!食いっぱぐれた元使用人ってわけでさあ!」
胃が、キリキリと痛むね……
もしそれが本当なら、ここで売られているようなことなんてあり得るのか?
男は、さらに残酷な笑みを深くした。
「それとも、主人の娘さんみたいな『お人形さん』には、身の回りのお世話が上手な子が一番ですわ!ほれ、一番手前にいるのは、元々貴族の館にいたスカラリーメイドときた!見ての通り、美しい人間族の娘だ。教育も行き届いているから、マナーも完璧!客人に恥をかかせません。だがね、この娘はもう、人として生きる希望を完全に失っています!だから、どんな命令にも逆らわねえんです。ご主人たちがどんなに贅沢な暮らしをしようと、文句一つ言わねぇ!どうだい?気に入るだろう?」
うーーーむ、言われてみれば、どの人もこの男の言うような『手に職』を持っているように見える。
あー、ちょっと、いや……過剰に言っている気もする。
でも、まるで嘘っぱちを並べているようにも見えない。
んー……
はっ!いやいやいや!!
買わないよ!!な、何を品定めしてたんだ!?
って、あれ?
なんか……リンちゃんとかミサキさんみたいな顔つきの女の人。
珍しいな、この特徴的な顔つき、まず見かけないぞ?
こりゃ『渡りし人』の世界の人では?
あ、いやいや、デリクシーラのレベッカさんみたいな『渡りし人』も居るもんね、一概にみんなリンちゃんやミサキさんみたいとは言えないわけで……
そ、そーゆーことを考えている場合じゃなくて!
いやいやいや、おいおい!こ、これ……『渡りし人』じゃない?
「おや?あの子ですかい?」
「ひゃっ!えっ、あっ……!あ、め、珍しい……か、顔つきだなと……」
「ははは……あれはですねえ、あっしらの言葉が分かんないみたいなんですわ。珍しいでしょう?人間族にしか見えねえんですけどね、一体どこの生まれやら……」
「ど、どういう経緯で、ど、奴隷に……?」
「この町に来る途中でですね?道端で蹲っていたんですわ!言葉がまるで通じねえんですけれど、置いていけば凍死してしまうし、とりあえず野垂れ死にさせるくらいなら、まぁ人間族の若い女は売れる可能性もありますしね?売りものにしようかなと思いまして」
この奴隷商人、やっていることはクズそのものだけど、でも……放っておけば死ぬかもしれないのなら、まぁ、死ぬよりはマシなのかな?
凍死か飢え死よりは、まぁ……ね?
あれ?っていうか言葉が通じない!?
いやいや、異空間収納とか魔法とか使えるでしょ!?
『誰か……言葉、わかる人いませんか……?』
「ね?どこの地方の言葉なんですかねえ?困ったな……良かれと思って拾っちまったけど、冷静に考えりゃ言葉が通じないんじゃ売れるわけもないし、これじゃあ飯が勿体ないですわ……」
うーーーーーーむ……
記憶喪失中だから知らんけど、私は遺伝で『言語理解』があるからちゃんと言葉が分かる。
この人……買わないと捨てられる?
いやいや、あからさまに刺客でしょ!?
『あ、あなたは……神様から力を、も、貰ったのでは?』
『日本語が分かるんですか!?』
どわっ!!
こっそり聞こうとしたのに、思いっきり反応しちゃった!!
「えっ!?こ、言葉が分かるんですかい!?あの、安くしときますんで、買ってはくれませんか!?これまで散々奴隷を扱ってきたけど、本当に聞いたことのない言葉なんですわ!!」
『あの!!お願いです!助けてください!力ってなんですか!?私、何を貰えているのか教えて貰えますか!?』
「頼んますぜ!拾った以上、捨てるのは流石に気が引けまして!人助けと思って!」
『ここから出して下さい!私、ひょっとしなくても、奴隷にされてませんか!?あなたは日本人ですか!?ハーフの方ですか!?お願いです!!日本人です!!助けて下さい!!お願いです!!』
「なんて言ってます?ねえ、お嬢さんに何か訴えてるでしょう?安くしときますんで、ねえ?」
うぐぐぐ……
ぐぬぬぬぬぬぬぬっ!!!
ぬうぅぅぅぅーーーおおおおおっ!!
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