497.ラルラバの花
暗闇に吸い込まれていくアメリとフレヤさんのイメージをGeminiで生成したので、最後に貼付しました。
フレヤさんの言葉の『魔法』は、邪神フライヤから力を得たエルヴァーンのプライドを揺さぶる、見事な頭脳戦を繰り広げた。
メーラ様やゼルさんたちも巻き込んで、未来視に音声が含まれていないという弱点を突き、完璧なはずの未来に疑念を抱かせることに成功。
そして、深読みしすぎたエルヴァーンが未来視に反した行動をとったその一瞬に、ゼルさんたちの攻撃が決まり、私たちはついにエルヴァーンを打ち倒しつつ今に至る。
「た、謀った……な……!貴様ら……」
私達の目の前には、全身血まみれで、息も絶え絶えなエルヴァーンがドロンと倒れている。
もうエルヴァーンが事切れるのも時間の問題。
フレヤさんはそんなエルヴァーンに、冷たい視線を落としたまま口を開いた。
「私は剣も振れませんし、魔法の一つも使えません。あなたは、腐っても神であるフライヤから、強大な力をもらったにも関わらず、そんな非力な私が言った『口からでまかせ』に負けたんです」
そう言ってフレヤさんは深い溜息をついてから、言葉を続けた。
「強さというのはですね、誰かから与えられて、すぐにどうにかなるものではないんですよ。その圧倒的な全能感に溺れてしまった時点で、あなたの負けです。あなたは『言葉』に負けてしまったんです」
「エル……ガムドッ……!マ……ヨルカッ……!!な、なんとか……しろ!!」
最期の力を振り絞るようにして、第二王子エルガムドと第二王女マヨルカに視線を向けるエルヴァーン。
しかし、エルガムドもマヨルカも口を噤んで俯いたまま。
この状況じゃ……私たちに敵対してまで、兄であるエルヴァーンを庇うのなんて出来るわけがない。
「お二方はどうやら、今まさに沈もうとしている泥舟よりも、あなたに騙されてここまで付き合わされたとでも言うつもりでしょう。ですよね?」
そう言ってフレヤさんはエルガムドとマヨルカの方に視線を送った。
二人は小さく頷いている。
見捨てられたな……
二人の表情から、兄弟を失おうとしていることに対する『悲しみ』とか『悔しさ』という類の感情は微塵も読み取れない。
ただただ、この先に絶望を感じているようにしか……
そんな反応を確かめたフレヤさんは肩をすくめてみせた。
「『うん』とのことです。お二方だけでなく三国も、エルヴァーンという邪神フライヤの眷属に、邪神の力を持ってして洗脳されていたとでもいう事でしょう。当事者が死んでしまえば、あれやこれやと言いたい放題ですからね」
「な、なぜ……わ、たし、は……!なぜ……ゆう、しゅうな……私がっ……!!」
ヨロヨロと伸ばしていた右手から力が抜け、エルヴァーンは息を引き取った。
倒した……エルヴァーンを倒したんだ。
エルヴァーンの言葉に、誰も何も言い返すことはしなかった。
ただただ虚空を見つめたまま、その命の光を失った。
全身からガクッと力が抜け、まるで打ち捨てられたボロの人形みたいに。
覇権国家の第一王子……王位継承権的に国王になれなかったとしても、別にそのまま平和に暮らしていれば、ギロ王国でいうところの有力な上院議員くらいにはなれただろうに……
エルヴァーン自身、きっと周囲の悪い大人たちの権力争いに巻き込まれ、散々弄ばれた、被害者の一人なのかもしれない。
それにしても……やっと終わったんだね……
「……た、倒したんだ……」
思わず声が震えた。
エルヴァーンの身体が動かなくなったのを確認して、その場にへたり込んじゃった。
緊張の糸がプツリと切れて、もう立っていられなかった。
胸の鼓動がうるさくて、まだ耳の奥でドクドクと響いている。
プツリと切れた緊張の糸は、異界に来てからずっと張り詰めていた糸。
ようやっと帰れるんだと思うと、全身からごっそりと力が抜けていく。
ははは、私の隣にドカッとフレヤさんが、大きな音を立てて座り込んだ。
「はは……やっと、終わったんですね……」
「で、ですね……」
「ついに帰れるんだなぁ……」
フレヤさんは、そう言って苦笑いを浮かべた。
その表情は、疲労と安堵が混ざり合っている。
私も思わず、フレヤさんと同じように「へへへ」と、笑い声を漏らす。
ギロ王国の精鋭部隊の皆さんがエルガムドとマヨルカを拘束し始めた。
戦闘なんてからっきしな様子だった二人は、なすすべなく取り押さえられている。
あ、精鋭部隊の皆さんが、何やら帰還の相談も始めたぞ?
そっか……帰りは『帰還陣』とやらで、王宮まで一瞬なんだ!
呆気ないもんだなぁ……
ふと、ゼルさんに意識を向けてみる。
あ、私のことをジッと見ていた。
照れくさい。
でも……ちょっと触れ合いたい……かな。
ダメだダメだ!私、耳まで顔が真っ赤になってそう……!
「アメリ、もう解除していいぞ」
「ひゃっ!あっ、は、はい……!」
そっか、もう『バーンアウトエクスタシー』も要らないよね。
っていうか、私達が帰ったら効果も切れる。
あとはガムガリオンや精鋭部隊の皆さんにお任せしよう。
ゼルさんにかけていた『バーンアウトエクスタシー』を解除すると、ゼルさんはまるで糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。
ゼルさんは全身から湯気を立て、顔を真っ赤にしている。
「はは……はははは!なんだ、この感覚は……!こんなヘロヘロになったのは初めてだな」
ゼルさんは、苦しそうに顔を歪めながらも、極度の脱力感に耐えきれないのか、笑い声を漏らした。
その表情は、子供みたいで、ちょっと可愛らしい。
その時、メーラ様の声が響いた。
「ついに、『時の回廊』を抜け出す日が来たんだね。長かったね……本当に長かったよ」
『ふー、やっと喋れるかな?アメリ、フレヤ、本当にお疲れ様』
わっ!やっとねぼちゃんが喋った!
重くなりかけていた腰を上げ、メーラ様の首にぶら下がっている、ネックレス型のねぼちゃんに駆け寄った。
ねぼちゃんはニッコリと微笑んでいる。
そしてねぼちゃんをぶら下げたメーラ様もニッコリ、だ。
『アメリの最後の魔法の威力もえげつなかったけどさ、何よりフレヤは凄いね!全然、なんの干渉も受けてないはずのエルヴァーン本来の力をさ、言葉だけで使い物にならなくしちゃうんだもん!』
「ほ、本当……す、凄いです……!」
『ねー!僕、こういう戦い方もあるんだなぁって感心しちゃったよ!』
ふふ、ねぼちゃんはなんだかんだ可愛い。
あっ……でもこれで別れたら、暫くは会えないんだった。
寂しいな……わがまま言ったって仕方ないのは分かってるけどさ……
『メーラも呑気に欠伸なんかして!まだ油断はできないでしょ?』
「はは、まだ油断は禁物だったね。アメリとフレヤが帰って、べーべちゃんに未来視がどうなったか聞いてからだったね」
メーラ様は苦笑いを浮かべながら、私達にそう告げた。
その言葉には、これまで何遍も世界をやり直してきた、メーラ様自身の苦労が滲み出ているように感じる。
「安心しろ。謝罪ついでに暫くは護衛としてついてやる」
ガムガリオンはそう言って、右の上の手でメーラ様の肩をポンと叩いた。
メーラ様はガムガリオンの言葉に、嬉しそうに頷いた。
「ありがとう、ガムガリオン。君の存在は、本当に頼りになるよ」
そんなメーラ様とガムガリオンのやり取りをぼんやりと見ていたら、突然、ゼルさんの隣に、ノルさん、レルさん、リャルさんが座り込んできた。
「いやー、ゼル!『惚れた女』のために戦うなんてよォ、やるじゃねえかよ、おい!」
「ねっ!そうだよ!『俺を踏み台にして逃げ出してほしい』なんてさ、かっこいいこと言うよね!」
待ってましたと言わんばかりにノルさんとレルさんがケラケラと笑いながらそう言って、ゼルさんを囃し立てた。
弄られているゼルさんは顔を真っ赤にして「う、うるさいぞ」と小さく呟いて俯いている。
珍しいっ!リャルさんが声を上げて笑いながらゼルさんと肩を組んでる!
「アメリに捨て駒だと言われても、それでもいいんだもんな!見直したぞ、ゼル!立派な戦士だ!」
三人は、ニヤニヤと笑いながら、ゼルさんの愛の告白を茶化し続けた。
ゼルさんは、顔を真っ赤にして、言い返す言葉も見つからず、ただ照れくさそうに黙り込んでいる。
そんなゼルさんを見ていたら、私も思わず頬が熱くなった。
「そ、そんな風に、いっ、言わないでくださいよ……!」
なんとなく気恥ずかしさから、ついついそんなゼルさんたちに向けて口を挟んでしまった。
その光景を、ギロ王国の精鋭部隊の面々も、笑いながら見ている。
彼らは、その間に、エルガムドとマヨルカをロープでぐるぐると巻いて、完全に拘束していた。
「メーラ様。そろそろ次の星食を読み上げますか?」
ユラさんが、石板を両手で持ちながらメーラ様に声をかけた。
「ん?うん、そうだね。次の星食について『読み上げ』をお願いするよ」
メーラ様は穏やかな表情を浮かべたまま、ユラさんに向けてそうお願いした。
ユラさんは、一度深呼吸をしてから、石盤を眺める。
石盤のところどころが白い光を放ち、小さい文字みたいなのか、石盤のあちこちで浮かび上がっている。
すっかり見慣れたユラさんによる『読み上げ』を見るのもこれで最後なんだね……
エルヴァーンとの戦いのことや、ゼルさんのことばかり考えていたわけだけれども、なんだか急に寂しい気持ちがブワッとあちこちからこみ上げてきちゃった。
ひょっとすると、生きているうちにもう会えないかもしれないんだ。
いや、生きていればまた会えるって思っていたほうがいいよね。
私とフレヤさんは旅から旅をする旅烏、流しの傭兵パーティだもん。
「ウェーブ11764年、第184日まで、あと3です」
ユラさんの声が響き渡ると、メーラ様は、一気に真剣な表情に戻った。
そこからユラさんは普段通りに淀みなく数字の羅列を口にしていく。
そしてゼルさんたち四人は真面目な様子に戻って、手持ちの地図へと次々に印を打ち込んでいく。
普段の光景、これを見るのも最後だ。
ユラさんの言葉が終わった。
印を打ち込んでいたリャルさんも「ふぅ」と小さく息を吐いて、改まって口を開いた。
「……小規模な星食だ。アストラリスの杖を出した時のような、邪神の介入は感じられん」
その言葉にメーラ様はホッとしていた。
もう私たちに水を差す存在はいないんだ。
フレヤさんと目が合った。
フレヤさんもホッとしてる。
「もう時間がないね……もうすぐに門が現れる。門は周囲のものを吸い込む性質があるから、私達はここから少し離れないといけないよ」
そう言うと、メーラ様は異界側の面々に視線を向けた。
「慌ただしくなってしまうけれど、これが最後の挨拶だよ」
その言葉に、私は胸が締め付けられるような気持ちになった。
やっと心を通わせたゼルさんと、別れなければならない。
まだ、全然話せていないのに。
私は、ぐっと唇を結んで、我慢した。
でも、心の中では「もう少しだけ……」と、叫んでいた。
我慢出来なかった。
気がつけば、ノルさんとレルさんに肩を借りていたゼルさんの胸に飛び込んでいた。
自分が、こんなに大胆な行動に打って出ることが出来るんだと驚いたのは、ゼルさんの胸の鼓動が聞こえてからだった。
「ま、まっ、待ってます……!ずっと……ずっと……!」
「ああ、待っていてくれ。必ず迎えに行く」
胸に耳を当てていると、ゼルさんの低い声が放つ振動が伝わってくる。
堪らなく寂しくなっちゃった。
「カントの町……!スーゼラニア王国のっ……!カントの町で、ま、待ってます……!!」
「しっかりと覚えておこう」
顔を上げると、ゼルさんはとても優しい顔をしていた。
ああ、ダメだ。
離れたくない。
「ゼル、チューくらいしろよ」
「そうだよ!男でしょ!」
ノルさんとレルさんがまた茶化した!
でもゼルさんは私の目を見つめたまま、小さく首を横に振った。
「男だからこそ、しっかりと筋を通してから、だ。」
「なんだよ!相変わらず堅いこと言いやがって!」
「それでも、だ」
ふふ、そんな堅いところもゼルさんらしいや。
「さ、再会したときの……お楽しみに、とっ、とっておきます……!」
私の言葉にゼルさんを除くノルさんたち三人が笑った。
「はは、そうだな」
「悪いけど、もう時間がないよ!こっちへ来るんだ!」
メーラ様が私たちの元までやってきて、そう告げた。
「アメリさん……」
フレヤさんも、申し訳なさそうに私の名前を呼んだ。
分かってる……ここで帰還に失敗するわけにはいかない。
「だ、大丈夫です!み、皆さん……あっ、ありがとうございましたぁっ……!」
『アメリ!またそのうちね!』
メーラ様の首からぶら下がっていたねぼちゃんが声を上げた。
そうだね!『またそのうちね』だね!
「皆さん!本当にありがとうございました!またそのうち!」
でも、この時間のなさが、かえっていいのかもしれない。
名残惜しさも、時間の前ではあっという間。
声を掛け合いながらも、私とフレヤさんは、メーラ様が指定した場所へ。
皆はかなり離れた木々の隙間からこちらの様子を見ている。
私とフレヤさんはぎゅっと抱き合ったままジッとしている。
そう、帰還した際に離れないため、だ。
「お互い『待ち』ですね」
「へへ、そ、そうですね……!だ、だから……待てるのも、あ、あります」
「たしかに!はは、気長に待ちましょう」
フレヤさんはトックさんを待ち、私はゼルさんを待つ。
異界で大冒険した思い出を胸に、ずっとゼルさんを待つんだ。
待てるよ、きっと──
──!?!?
ゼルさんが……縮地で目の前に!?!?
ヘロヘロのはずなのに……歯を食いしばって……!
「アメリ!!これを……!!」
わっ!!両手……首元……!!
顔が近い、ちゅ、ちゅーか!?
あっ……
「ラルラバのモチーフのネックレスだ!!ラルラバには『永遠の愛』という意味がある!!渡すのが遅れてすまん……!!」
「ゼルッッッ!!なんか辺りの魔力がヤベェぞ!!戻ってこいっ!!」
ノルさんの叫び声!!
ネックレス……!!私のために選んでくれたんだ……!!
「う、嬉しいっ……!!」
「アメリ、す、好きだ!!」
「わっ!私も、す、す、好きです……!!」
もう一回ちゃんと言えた。
涙よりも、うれしい気持ちが爆発しそう。
ゼルさん、私の頭をポンと軽く叩いて、再び縮地で、一同が待つほうへ戻った。
遠く、みんなのところへ戻ったゼルさんはそのまま座り込んじゃった。
ノルさんをはじめ、レルさんやリャルさんから肘でツンツンと突っつかれてる。
「さあアメリさん!!間もなくのようですよ!!」
「は、はいっ!!」
もう一度、フレヤさんとキツく抱き合う。
空気が、泣いてるみたいな音が徐々に響き始めた。
来た、この音……『門』が開く音だ!!
空気が鳴くような音が、穴の奥から何かが息を吸うような音に変わった……!
フレヤさんと抱き合ったまま、二人とも腕に力が籠もる。
「これで異界ともお別れですよ……!」
「は、離れないで下さい……!」
ゼルさんとの別れは辛い。
辛いけれど、このあと、私たちは元の世界のどこへ転移するのかを知らない。
それを考える以上、感傷に浸っている場合じゃない……!
転移先では、私が速攻で戦えるように心構えをしておかないと!
──視界が暗転した。
物凄い勢いで暗転した暗闇の中に吸い込まれていく。
上も下も、右も左も分からない。
けれど、抱きしめたフレヤさんの感触だけは絶対に見失わない……!!
さようなら、異界。
さようなら、ねぼちゃん。
さようなら、みんな。
さようなら、ゼルさん。
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