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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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496.伸るか反るか

邪神フライヤから加護を授かり、圧倒的な強さを身につけたエルヴァーン。

『原初』であるガムガリオンでも、そして『バーンアウトエクスタシー』や『アサルトジャックフラッシュ』を駆使したゼルさんでも、エルヴァーンを止めることはできない。

そんな中、フレヤさんがデタラメなことを口にし、エルヴァーンに揺さぶりをかけ始めた。

咄嗟の機転で私たちはフレヤさんの芝居に乗っかり、まんまと術中にハマっていくエルヴァーン、そして今に至る。




「ガムガリオンさん!我々に見えている『この未来』通りにお願いします!ほら!ノルさんもお願いします!」


フレヤさんの声が、森に響き渡る。

まるでこの集団の指揮者みたいだ。

フレヤさんの言葉に、ガムガリオンが頷く。


「よし、承知した!」


ガムガリオンは、エルヴァーンに拳を叩きつけたかと思うと、わざとらしく大きく後ずさった。

エルヴァーンの『時流偏向』が発動したように見える。

いや、本当に発動しているんだろうけれど、ガムガリオンはごく自然に見えるように立ち回っている。

ガムガリオンは己の過ぎた力に胡座をかいている戦士じゃない。

ガムガリオン……いや、この人は『努力の人』だって感じる。

凄いな……いつか手合わせをお願いしたいな……


「ほら、ノルさん!お願いします!」

「よっしゃ!任せろ!おい、レル!リャル!行くぞ!」


フレヤさんの言葉に、ノルさんが、ゼルさんに水弾を放つ。

ゼルさんがその水弾を素手で叩き落とす。


「よーし!リャル、やろう!」

「ああ!」


レルさんはまるで関係ない明後日の方向に生えている木に向って、そしてリャルさんもその木の太い枝を水の鞭で次々に落としていく。


「無駄だ!私にはこの未来が見えている!手に取るようにな!」


ガムガリオンとゼルさんを一度に相手にしつつも、エルヴァーンが高らかに笑う。

その瞳は、まだまだ勝利を確信しているかのように輝いている。


「精鋭部隊のジャックさん!ケインさん!マーデルさん!『アレ』の準備を!ユラさんはこの未来通りに『読み上げ』を!」


フレヤさんが、ギロ王国の精鋭部隊に指示を出す。

彼らは、フレヤさんの指示通りに、動き始めた。


「よし!メーラ様も!どうぞ!」


フレヤさんの言葉に、メーラ様が、ユラさんを抱きしめるようにして、空に向かって声を張り上げた。


「ユラ!星食まであと……」

「あと5です!」


ユラさんが、叫ぶように答える。


「違う!ユラ!もう一度!私たちが見た未来の通りに!」


メーラ様の言葉に、ユラさんが、戸惑いながらも、もう一度、天に向かって叫ぶ。


「ウッ……!ウェーブ11764年、第184日まで、あと5です!」

「そうだ!それでいい!」


メーラ様が、満足そうに頷く。


その様子を、エルヴァーンは、まるで自分が全てを操っているかのように、得意げな顔で見ている。


「ふはははは!見ろ!お前たちは、私の見ている未来の通りに動いている!この戦いの結末は、私が決めるのだ!だからつまらん小細工はよせッッッ!!謀ろうとしても無駄だぞッッッ!!」


エルヴァーンの瞳は、狂気に満ちている。

彼は、自分が完璧な未来を創造していると、心の底から信じているようだ。


でも、違う。


未来を見ているのは、エルヴァーンだけじゃない。

フレヤさんを中心とした私たちの言葉は、エルヴァーンの『未来視』を、彼のプライドと結びつけ、彼の心を操っている。

私たちは、自分たちが見たい未来を、今、この場で作り出しているんだ。


エルヴァーンは、私たちが見せたい未来に、まんまと嵌まっている。

これが、フレヤさんの戦いだ。


みんなフレヤさんの指示通りに動く。

そして思いつきで突飛な行動を取り始める。

一人一人がこの舞台に立つ、一人の役者なのだ。


「どうした、王子様!未来はまだ見えているか!?」


ゼルさんが、嘲笑うように言う。

その言葉が、慢心しきっているエルヴァーンの心に揺さぶりをかけているようだ。


「黙れ、下郎め!私の未来視は、まだ……!」


エルヴァーンは、必死に自分に言い聞かせるように、叫ぶ。

だけどエルヴァーンの瞳は、すでに疑念の光がポツリと宿り始めているように見える。

無意味な高笑いをしなくなってきた。


「エルヴァーン、段々と焦ってきているのかな?別に君は、君自身に見えている未来通り、自分の予見眼を信じて動けばいいんじゃないかな?」


メーラ様が、静かにエルヴァーンに問いかける。

その言葉は、エルヴァーンの心を確実に揺さぶっている。


「余計なお世話だ!詐欺師めが!!」

「ユラ、あとどれくらい稼げばいい!?」


ゼルさんの叫び声が、森に響いた。


「あと、4です!」


ユラさんの声が、緊張をはらんで響く。




そこから私たちは全くの無意味な行動を重ね続けた。


しかしエルヴァーンに悟られないように、ゼルさんとガムガリオンは手を休めることなく攻撃を続けた。

私はといえば、ゼルさんに『バーンアウトエクスタシー』をかけたままなので、地道に魔力回復しながら、だ。

旅の始めの頃よりも明らかに魔力量が増えているのが、こういう時にしみじみと実感できる。

時折魔力回復のポーションを飲むだけで十分に『バーンアウトエクスタシー』を維持できちゃうんだから。


エルヴァーンの顔には徐々に焦りの色が窺えた。

自分が見えてる未来通りにことが運ぶ。

これまでのエルヴァーンの人生ではごく当たり前のこと。

でもフレヤさんが投じたハッタリにより、その絶対的な自信にヒビが入っている。


エルヴァーンは自分の見ている未来に、疑念を持ち始めているんだ。




そして──




「よし!アメリ、フレヤ!準備はいいか!?」


ゼルさんの言葉にフレヤさんは強く頷いた。


「はい!いつでもいけますよ!」


そう言ったフレヤさんは腰のベルトに挟んでいたフェニックス・グレイヴを手に持って構えた。

私も負けじと大きく頷いて、エルヴァーンが『アストラリスの剣』と勘違いしている短剣を構えてみせた。


「み、見えているぞ!!小生意気なフレヤとやらは鳥の形をした炎を!そしてアメリとやらは雷を纏った魔法を放ってくる!!見える!見えているぞ!!」


エルヴァーンが得意げにそう叫ぶけれど、どこか混乱して顔を歪ませるようにも見える。


「ええ!そのとおりですよ!さあ、あなたに見えている未来通り、これからぶっ放す攻撃をかわすことなど楽勝でしょう!」


フレヤさんが引きつったような笑みを浮かべながら叫んだ。

さらにニヤリとしながら言葉を続ける。


「さあ!どうぞ!かわしていただいて結構ですよ!」


一瞬、フレヤさんの顔が僅かに、本当に僅かに右に動いた。

そこにいたのはガムガリオンだ。

フレヤさんと一瞬だけ、目が合うなんてもんじゃないけれど、視界の片隅に互いに入った。


私も自然とゼルさんのほうにチラッと意識を向けた。

視界の片隅で、ゼルさんもこちらの方角を見ている気がした。


……フレヤさんのこの行動、これはきっとエルヴァーンへの誘いだ。

そして私の今の、まるでこっそり送ったような視線の合図。

フレヤさんのやつは恐らく合図でもなんでもないと思う。

私のやつだってなんの合図でもない。


でもエルヴァーンは今の不自然な動きを……確実に見ていた!!


あれだけ勝ち誇っていたエルヴァーンには、今は高笑いも罵りもなかった。


考えているんだ。

当然、妨害なんてされているわけのないエルヴァーンの未来視では、私とフレヤさんが攻撃を仕掛けている。

そしてそれを余裕でかわす自分の姿がエルヴァーンには見えているだろう。


「大国の王子様であれば実戦経験なんて皆無でしょう。未来視に頼って生きてきたのでしょう。……だから、あなたは今、とても迷っている。不安になっている」


フェニックス・グレイヴを構えたままそう告げたフレヤさんが言葉を続ける。


「あなたには恐らく、私がこのフェニックス・グレイヴを放ち、そしてアメリさんがマギアウェルバである『マギバングブラスター』を放つ未来が見えている。その先に見えるのは、あなたが勝って高笑いを上げている未来でしょうか。それとも、私たちに謀られて変な死に方をする自分の姿でしょうか」

「そ、そうだ!私には見えているッ!おまえが何やらペラペラ喋り、そして攻撃を仕掛けてくる未来がな!こ、ここまで全て私が見た通りに事が運んでいるではないか!!ふんっ、ただの戯言だったということだなァッ!?」


そう言って鼻で笑ったエルヴァーン。

でも、その態度に、もはや当初の勢いはない。


「そうでしょうね。戯言かもしれませんね。ま、いいんじゃないですか?そう思ったうえで、この攻撃もあなたが見た未来通りに動いても、ね」


そう言ってフレヤさんは一歩、歩みを進めながら口を開く。


「私が一歩、歩く。さて、これも見えてますね?そして……こうして左手で頬をかく。それも見えている」

「当然だ!!」

「こんな何気ない仕草ですら、あなたは恐れてしまっている。そう、はじめてですもんね、きっと。これまでは絶対的なものであったはずの未来視が、自分を『裏切る』可能性があるわけですから。今、見えている未来……果たして『本物』でしょうかね。その『未来』が外れたら、一体どうなるんでしょうね」


そこまで言うと、フレヤさんは肩をすくめてみせた。

飲まれている。

エルヴァーンは、フレヤさんの展開したこの異常なんてないはずの異常事態に完全に飲まれている。


フレヤさんは再び両手でフェニックス・グレイヴを構えてみせた。


「あなたは考えています。これから私たちが放つ攻撃を、これまで裏切ることのなかった未来視通りにかわしてもいいのか?はたまた右に飛んでかわすべきか?左に飛んでかわすべきか?私たちが放つ前に、私とアメリさんをねじ伏せるべきか?それとも、そもそも放たないのではないか?ガムガリオンは本当に未来視通りに動くのか?ゼルさんは本当に未来視通りに動くのか?私たちの『アメリを守れ!』『アメリは戦うな!』という共通認識こそが、そもそも最後の一撃のための布石ではないのか?実戦経験のないあなたは、悩んでいますね」

「……黙れ……ッッッ!!黙れ黙れ黙れッッッ!!」

「邪神フライヤが直ぐに姿を消したのも、アメリさんに女神アストラリアの加護があるのも全て考えすぎではないか?『アストラリスの剣』や『ねぼちゃん』なんてものはそもそも本当に存在するのか?あなたのお母さんであるセレスティア王妃殿下の見たという未来、それ自体がメーラ様による狂言だったのではないか?そもそもアメリさんは本当にワービット族なのだろうか?自国のあなたを推す上院議員たちがバクラ、サンダム、アイガルデン、これら三国と共謀し、自分を担ぎ上げただけなのではないか?女神アストラリア様の加護は一体どこからご自身を邪魔していたのか?」


畳み掛けるように次々に疑問という名の小石を、エルヴァーンの頭の中にポイポイと絶え間なく放り投げたフレヤさん。

エルヴァーンはもはや悩んでいる素振りを隠す気配はない。

本当に自分の未来視を信じ続けていいのか?と悩んでいるのは火を見るより明らか。


「エスメラルダ殿下よりも圧倒的に優秀な予見眼を持ち、それはお母さんであるセレスティア王妃殿下並み、いや、それ以上と言われてきましたね。たしかにその力があれば、エスメラルダ殿下より早く産まれていれば、下手に担ぐ派閥みたいなのも生じず、王位も夢ではなかったと思いますよ?敵ながら、それは本当にそう感じます。あなたの演説は頭のいい人のそれでした」


ここに来てフレヤさんがエルヴァーンを持ち上げた。

でも、それはたしかに私もそう思う。

双子として産まれてしまって、派閥ができてしまった。

そんなものがそもそも無かったら、エルヴァーンは普通に育って、いい国王になれていたのかもしれない。


「さてさて。その予見眼による未来視を信じるか?はたまた邪神フライヤをも寄せ付けない女神アストラリアの加護が見せる偽りの未来視を、その優秀だと言われた頭脳でぶち破るか?エルヴァーン、これは博打ですよ」

「博打……だと?」


もうエルヴァーンに当初の余裕はない。

完全にフレヤさんの世界に飲み込まれてしまっている。


「そうです、平民がよくやっている博打です。賭けです。自身の未来視を引き続き信じるか、それとも、自身の未来視を疑うか。伸るか反るか」


決断の時だ。

私にもフレヤさんにも、エルヴァーンが今からどう動くのかはサッパリ分からない。

そう、エルヴァーンはまだ次の行動を決めていないからだ。

行動を決めていたら、私は多分ピンと来ているはず。


「面白いじゃないか……乗ってやろう」


エルヴァーンは引きつったような笑みを浮かべてそう言った。


フレヤさんは無言で頷いた。

大丈夫だよ、フレヤさん。

やろう。


マギアウェルバ

闇よ闇よ 雷よ雷よ 光よ光よ

深淵より湧き出でし混沌な渦


エルヴァーンを挟むようにして左右に展開していたガムガリオンとゼルさんの姿勢が少し低くなった。

いつでも動けるように構えている。


渦は貫きたがっている

深遠なる魔法を纏いし者に栄光を授けん


「さあ!何を信じるか!?早く決めてくださいよ!」


フレヤさんもフェニックス・グレイヴをエルヴァーンに向けて構えた。


今こそ貫け お前は自由だ

破裂する牙


時は……満ちたっ!!


──上だっっっ!!!


マギバングブラスター


唱えながら一気に地面を蹴った。

私の時間がゆっくりと流れ始める。


ガムガリオンもゼルさんも判断は早かった。

前から、そして左右から私たちが一気にエルヴァーンに向けて跳躍する。


エルヴァーンの目は思い切り見開かれていた。


エルヴァーンは、その未来視で見えていた『自分が助かる道』とは別の選択肢、『自分が死ぬ道』を選んだんだ!!


短剣伝いに雷を纏った光と闇の光線が、複雑に絡み合うようにして、うねりをあげながらエルヴァーンへと突き進む。

左からは、ゆっくり流れているはずの時間の中でも鋭いガムガリオンの飛び蹴り。

そして右からは、ガムガリオンと同じくらいの鋭さで今まさにエルヴァーンの身体を切り裂こうとしている二振りの水刃。


エルヴァーン、お前の負けだっっっ!!!


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