79「じーじとばーばです」②
「へ、ヘイゼルちん!」
「お久しぶりですね、ロバート。これはまたとても可愛らしい赤子になったようで……よくお似合いですよ」
「て、照れるでち」
(――いや、皮肉でしょう!?)
てへへ、とほっぺを両手で挟んでくねくねするロバートに、綾音が心の中でツッコんだ。
さすがに口に出して言う勇気はなかった。
ヘイゼルとは、三度ほど会って挨拶を交わしている。
サムの婚約者ということで、きちんと自己紹介はしたが、元勇者にして元女神であることは黙っていた。
リーゼたちと相談したのだが、今の綾音は、ただの日比谷綾音だ。
過去はどうあれ、今の日比谷綾音として挨拶すればいいと言ってくれたので、そうした。
「かつて氷の王と呼ばれ恐れられた王も形無しですね。私としては、あなたのありのままを知っていましたが、まさか本当に赤子になってしまうとは思いませんでした。性癖を通り越してもはや執念ですね」
「もうっ、ヘイゼルちんったら! そんなに褒められても何も出まちぇんよ!」
「…………」
(――だーかーらー、ひーにーくー!)
ヘイゼルもここまで皮肉も嫌味も通じないのか、と残念そうな顔をしていた。
おそらくだが、赤ん坊になったことで思考も子供になってしまっているのかもしれない。
「こほん。ところで、ステファニーとイェニーは元気にしていますか?」
「ステファニーちんは変わらず勤勉で、イェニーちんは毎日元気でちゅちょ。昨日もぼくちんと一緒にハイハイして遊んだでちゅ」
「…………そうですか。ふたりが元気であれば何よりです」
ヘイゼルは、夫が赤子と一緒にハイハイして遊んでいることはスルーした。
賢明な判断だ。
「ヘイゼルちんには感謝ちているでち。ぼくちんは早々に隠居ちてちまいまちが、ヘイゼルちんは今も王宮でお仕事をちていると聞いていまちゅ」
「仕事というほどではありません。娘たち、孫たち、そして好ましい若者に大きなお世話と承知しながら手をかしているだけです」
「ちょれでもでちゅ」
「かつて王妃だった頃、国王のロバートの手助けをすることができませんでした。魔王レプシーの脅威……今は気さくな方ではありますが、あの力が怒りのままに振るわれたら民はなすすべなく死んでいたでしょう。そんな魔王の封印を一人で抱えなければいけない苦渋……察するにあまりあります。クライドも苦しんでだようですが、サムのおかげで皆が解放されました」
「サムちんには感謝ちていまちゅ」
「ええ、本当に。サムのおかげでロイグとも再会できました」
「……でちゅから喪に服すのをやめたんでちゅね?」
「ロイグ自身に、自分は満足して死んだから、と言われてしまいましたから」
「ロイグちんらちいでちゅ」
しんみりした空気になる。
綾音も友也も会話を邪魔したいわけではないが、老女と赤子が夫婦としての会話をするのは違和感しかなくて戸惑いを覚えている。
「ロバート、あなたと話をもっとしたいと思いますが、それはまたの機会にしましょう。――綾音さん」
「は、はい!」
「私は、あなたとふたりだけでお話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「も、もちろんですぅ」
まさか急に、自分に話が振られるとは思わず驚いてしまう。
同時に、緊張する。
サムの祖母であり、この国の王の母だ。
ふたりきりで何を話そうというのか、綾音は疑問こそ抱くも、断ることができるはずもなく、承諾した。
「申し訳ございませんが、魔王遠藤友也様」
「はい?」
「ロバートのことをお願いします」
「はい。――え?」
ロバートを押し付けられて目を丸くする友也を置いて、ヘイゼルと綾音は食堂を出て行った。




