70「ぎゅんぎゅんの朝です」
早朝のイグナーツ公爵家の私室にて、全裸で窓の外を眺めながら紅茶を飲んでいるギュンター・イグナーツが柔らかな笑みを浮かべた。
「ふふふ、子供は無事に生まれたようだね」
優れた結界術師にして魔法使いであるギュンターは、上質な魔力の持ち主が生まれたことに気づいていた。
サムの妻たちはリーゼをはじめ昔から知っており、妹のような存在だ。
そんな彼女たちがサムと結ばれ幸せになっていることを兄として祝福している。
そして、ついに子供が生まれたのだ。
ギュンターとしても小躍りしたくなるほど嬉しいのだ。
「――ふっ、同じ妻として喜ばしいね。早く僕もサムの子供を産みたいんだが、クリーママを放っておくことはできないからね!」
「あらあらまあまあ、ぎゅんぎゅん様ったら嬉しいことをおっしゃってくださいますわね」
ノックせず部屋の中に入ってきたのは、ギュンターの妻であるクリー・イグナーツだ。
幼くも、何かと問題のある変わり者のギュンターと結婚し、妊娠した女傑である。
彼女がいる限り、イグナーツ家は安泰だ、と現当主のローガン・イグナーツが叫ぶほど、ギュンターを制御しているのだ。
「さあさあ、全裸の時間は終わりですわ」
「し、しかし、ママ……まだ光合成が」
「よくわかりませんが、股間に日光を当てたところで大きさは変化しませんわ」
「そこは気にしていないよ!?」
残念ながら、日光にそんな能力はない。
「朝食を持ってきましたので服を着るかバスローブを羽織るかどちらかをお選びください」
「……全裸で食事をするという選択はないかな?」
「構いませんが、その場合、わたくしがこのワゴンで運ぶあっつあつのグラタンが、イグナーツ流ドジっ子術によってギュンター様の股間に直撃してしまう可能性が」
「服を着ます! とういうかね、朝からグラタンは重いよ!? もっとあっさりしたものがほしいのだけど」
「おかゆもございます」
「あっつあっつのおかゆは危険だよ! ぎゅんぎゅんのぎゅんぎゅんに万が一かかってしまったら大事件だよ!」
「ですから、服を着てくださいと言っているんです」
「……はい」
ギュンターは渋々服を着る。
朝食を食べる前からこの騒ぎだ。
低血圧な人間がこの場にいたら、めまいがするだろう。
「ところで、なぜクリーママが朝食の準備を?」
「妊婦とはいえ動きませんと」
「……いや、毎日アグレッシブに動いている気がするのだけど」
ギュンターはクリーに万が一が起きないように厳重に結界を張っている。
転んだり、何かがぶつかったりしても、彼女とお腹の子は守ることはできる。
だが、結界があるからといってすべてを守れるわけではない。
「サムさまのお子様たちがみんな生まれたようですわね」
「おや、もう知っているのかい?」
「ええ、お父様が騒いでおりましたわ。ジョナサン様とお父様はご友人ですもの。吉報に喜んでおりました」
「ふふふ、僕としても喜ばしいよ」
「わたくしもですわ。しかし、お父様も気が早くて困ってしまいますわ。わたくしとぎゅんぎゅん様の子供とサム様の子供を結婚させたいとおっしゃっておりますの」
「……悪い話ではないと思うのだが」
「まだ生まれてくる子の性別もわからないのですから、早々というものですわ。それに、本人たちの気持ちだってあるでしょうし」
「そうだね。イグナーツ家は公爵家でありながら自由恋愛派だからね」
政略結婚をした者はいるし、ローガンも親が決めた結婚ではあったが、きちんと相手と向き合い関係を構築し、恋愛するという過程を大事にしている。
政略結婚どろこか縁談もまともに受けなかったのは、ギュンターくらいだ。
結果的に、クリーと出会い、なんやかんやと相思相愛になっているのだから、人と人の縁とは不思議なものだ。
「我が子の結婚の前に、サムさまたちのお子様を一目みたいですわね。お父様もお母様も、忙しいだろうからぎゅんぎゅん様を連れていって相手に心労をかけるなとおっしゃっていますので、しばらくは控える予定ではありますが」
「まったく、父上と母上は僕のことをなんだと思っているんだろうね! まるで僕が行く先々で迷惑をかけているよじゃないか!」
頬を膨らませる二十五歳の姿に、クリーは胸をときめかせながら朝食の支度をする。
――イグナーツ公爵家にしては珍しく穏やかな朝だった。




