73「マニオンのケジメです」②
「お久しぶりです、母上。マニオン・ラインバッハです」
「……まに、おん?」
「はい。マニオンです。見た目が変わってしまいましたが、あなたの息子です」
ヨランダは、じぃ、とマニオンを見て、失笑した。
「……馬鹿なことを言わないで。役立たずの無能な息子は死んだわ。どういう理由があって、あの出来損ないの名前を名乗るかしらないけれど、もっとマシな名前を名乗りなさいな」
「変わりませんね」
今更、出来損ないと言われても、痛くも痒くもなかった。
「あんた、悪いことでも企んでいるの? それなら、サミュエル・シャイトを名乗りなさい。あの忌々しいメラニーの息子は、今じゃ有名人らしいじゃない。田舎や別の国に行けば勝手に名乗ったってわかりはしないわ」
「ご親切にどうも。ですが、なぜそんな助言を?」
マニオンが何気なく尋ねてみると、ヨランダがいやらしい笑みを浮かべた。
「私が知る限りのサミュエル・シャイトの情報をあげるから、見返りをちょうだい」
「見返り、とは?」
「ここから出して!」
はて、とマニオンは首を傾げた。
「ここから出たいのですか?」
「そう言っているでしょう!」
「ですが、良いところのようですが」
「……これだからガキは。私はね、身体が悪いのよ。強制労働こそなくなったけどね、つまらない修道院で自給自足生活を強いられているの。私みたいな女はね、都会じゃなきゃだめなのよ」
「なるほど。しかし、あなたにとってここは牢獄のはずです。逃げ出せば、相応の罰が待っているでしょうね」
「そんなの出てしまえばなんとかなるわ!」
「……行き当たりばったりなところは健在ですか」
マニオンが死んでから一年も経っていない。
そう簡単に人は変わらないだろう。
マニオン自身も使徒として蘇った時は、同じようだった。
かつての自分を見ているようで恥ずかしくなる。
「母上が信じてくれずとも、私はマニオンです。そして、息子としてすべきことをするためにきました」
「なにを? ここから出してくれるとでもいいの?」
「ええ。ある意味、では」
マニオンはヨランダの身体を探る。
身体が悪いというのは事実のようだ。
肺を患っているのがわかる。
すぐに死ぬことはないが、いずれ死ぬだろう。
――だが、それはさせない。死んで楽にはさせない。
「ヨランダ・ラインバッハ、あなたは償わなければならない。僕もあなたを責める立場にはないが、それでも、このままあなたがゆるりと死ぬことは許さない」
「あんた、なにを!」
ヨランダを中心に魔法陣が展開する。
「ちょっと! なにを!」
「あなたを健康にしてあげます。二度と病気することがなく、怪我をしてもすぐに治る理想的な身体です」
「やめ」
ヨランダが逃げようとするが、それよりも先に術式はヨランダの中に入った。
「これで、母上は老衰で死ぬまで健康です。よかったですね、労動刑に戻れますよ」
「はっ、なにを言ってるの! 私の病は医者でも治せないと言ったのよ! そう簡単に治るもんですか!」
「では、さようなら、母上。いずれ死ぬその日までお元気で」
「待ちなさい! あんた、ちょっと!」
喚くヨランダを無視してマニオンは部屋から出ていく。
誰にも気づかれず、修道院を後にする。
のどかな田園風景を振り返る。
「――さようなら、母上」
最後まで自分のことに気づいてくれなかった母に、最後の別れを告げた。
■
その後、ヨランダ・ラインバッハは「奇跡的に」病が治った。
喜んだのは束の間、肉体が健康であるのなら、再び労働刑に戻ることとなった。
喚き暴れるヨランダだったが、兵士たちによってかつていた労働場所に戻されてしまう。
ヨランダは、病にかかり修道院に送られることとなった際、他の受刑者たちに余計なことを言っている。
そんなヨランダが戻ってきたのだ。
手厚い歓迎をされたのは言うまでもない。
ヨランダは、修道院が天国であったことに気づくと、病になろうと無茶をした。だが、風邪ひとつ引かない。
怪我をしようと骨を折っても、激痛にのたうち回ってから治ってしまう。
絶望し、死んでやろうと尖った細かい石を飲み込んでも、死ぬような痛みに襲われながら、死なない。
病にもかかれず、怪我もできない。死ぬことさえ許されないヨランダは、絶叫をあげた。
彼女は、恩赦を与えられることなく、文字通り死ぬまで刑罰を受け続けた。




