60「女神ヴァルレインのけじめです」①
愛情と戦いの女神ヴァルレインは、マニオンの成長を見守り満足していた。
ヴァルレインの天使となったマニオンは、肉体が二十歳ほどとなり、立派な青年となった。
かつて、母親の悪影響から歪んでしまった少年はもういない。過去は消えぬが、マニオンは過去を乗り越えた。
それでも、過去に奪った命に対し、深い反省をして、毎日彼らの魂の安寧を祈っている姿が、本来のマニオン・ラインバッハなのだろう。
戦いの女神として、マニオンに力ときっかけを与えた。
だが、ここまで強くなったのは単に、マニオン自身の努力の結果である。
血の滲むような訓練を与えた。
死ぬほどの思いもさせた。
しかし、マニオンは死ぬことはなかった。
死んでも生き返らせることができると告げていると言うのに、マニオンは死ななかった。
歯を食いしばり、死んでたまるかと戦い続けた。
二度目の生を受け、力を与えられた。ならば、これ以上の「ズル」はしないと、頑張った。
戦いの神として、これでもない満足感を味わったのは言うまでもない。
マニオン・ラインバッハの生前を行動を見れば、愚かの一言だ。
ヴァルレインの妹のように甘え、自分こそ一番だと思っているような嫌なやつだ。
――だが、当たりだった。
マニオンは妹と違う。
まったく違う。
性根は、間違いなく善性だった。
人間は環境で変わる。
時に、強い精神によって己を貫く者もいる。
しかし、強い人間ばかりではない。
環境に良くも悪くも馴染んでしまう。
それを悪いことだとはヴァルレインは思わない。
マニオンはかつての環境のせいで歪んだ。無論、彼にも甘えがあった。だが、子供だった。
それを踏まえ、今の彼は変わった。
良き男となった。
良き人間となった。
――とても満足だった。
愛情の女神であるヴァルレインの一面は、甘えず頑張ったマニオンを愛した。
女の愛ではない。
母の愛だ。
本来、ヴァルレインは愛情深い女神だ。
愛情があるからこそ、自分を犠牲にしてでも戦い続けた。
人生を犠牲にして、傷を作り、家族や妹に疎まれながら、戦い続けた。
その根源は――愛だ。
愛情深いゆえ、戦えたのだ。
同時に、無償の愛など存在しないと知っている。
マニオンへの愛も、自分の期待に応えたゆえに、見守っていた母性として愛情を示している。
無償の愛ではない。
管理している世界のいくつかにも、愛情を持っている。
例外であるのは、自分の故郷の世界だけ。
愛情と戦いの女神ヴァルレインは愛に囚われていた。
愛されたい。
だが、無性の愛など存在しない。
自分の愛でさえ、無償ではない。
――愛を求めながら、愛を与えられない愛の女神は、その在り方に苦悩している。
「――よくぞここまで成長した、マニオン・ラインバッハ。お前は、天使の中でも上から数えた方が早いほどの力を得た。この短期間によくぞ、強くなった」
「ありがとうございます。すべてヴァルレイン様のおかげです」
「謙遜するな。仮に、お前がただの人間であったしても、あの世界で十指に数えられる強者になっていただろう。それだけの才能がお前にはあった。努力もした。――よくやった、本当によくやった。お前は私の自慢の子だ」
「――ありがとう、ございます!」
ヴァルレインの城で、玉座に座り、眼前に跪くマニオンを女神は心から褒めた。
マニオンは心からの感謝を伝える。
その目には涙が浮かんでいた。
強くなったことも嬉しいが、ヴァルレインの心からの賛辞に喜びを噛み締めているのだ。
「あとは、体調が万全となるまでよく食べよく眠れ。そのあとは、戦いだ」
「――はい!」
「サミュエル・シャイトと最高の兄弟喧嘩をするといい。私はついに姉妹で喧嘩などできなかった身だ。存分に、喧嘩を楽しむと良い」
玉座から降りたヴァルレインが、強くマニオンの身体を抱きしめた。
「よく、ここまで育った。――私はお前を誇りに思う」
マニオン・ラインバッハは嗚咽をこぼした。




