プロローグ「精霊です」
はるか昔。
まだ魔王も勇者もいない、ずっとずっと古い時代。
人間と魔族は共に暮らし、精霊もいた。
現代のように人間や魔族と振り分けることはせず、誰もが「人」だった。
精霊の力を借りて人々は楽しく暮らしていた。
精霊たちも共に楽しい日々を送っていた。
精霊のおかげで豊かな土地があり、作物が育った。
実りは人々だけではなく、動物にも植物にも、そしてモンスターにも恩恵を与えた。
人は精霊たちだけに頼ってばかりではいけないと魔法を生み出した。
隣人たちを幸せにするために、当時の魔法使いたちが心血を注ぎ込んだ。
世界は豊かになっていく。
人々は増え、大地と空と海も豊かだ。
いくつもの国ができ、世界は平和だった。
――しかし、歪みが生まれた。
とある国が精霊を「神」として崇めたのだ。
精霊たちは「違う」と言った。
自分たちは神ではない。人々の隣人であり、友達であると。
だが、その言葉は届かない。
人は精霊を崇めた。
すると、精霊の恩恵があるなしで人の優劣がつけられるようになった。
体質的に精霊を見ることができない人は、言葉を失うほどひどい扱いを受けた。
精霊は見える人たちに何度も「やめて」と懇願したが、聞き入れてもらえなかった。
一部の人間の暴走は、穏やかに暮らしていた人々にも変化を与えた。
精霊を見ることができない者への扱いを止めるために、ひとつの国が動いた。
もともと精霊は隣人であり、崇める者ではない、と。
しかし、「神」と崇める人々はいう。「なぜお前たちは感謝しないのか」と。
堂々巡りだった。
しばらくして、戦争が始まった。
精霊たちが止めようとしても止まらない。
多くの死者が出た。
大地が焼かれ、川が赤く染まった。
精霊たちは泣いた。
悲しくて、辛くて、何もできなかったことが悔しくて泣いた。
そんな精霊たちは、間違いなくその声を聞いた。
「――この世界も楽しくなった」
誰のものかわからない、誰かの声だった。
精霊たちはその声に怯えた。
何年も怯え、隠れ、話し合いをした。
結果、人と関わらないことに決めた。
自分たちのせいで人が争うのならば、自分たちがいなくなろうと決断したのだ。
――世界は混乱した。
新たな戦いが起きた。
精霊を隠した、奪った、と誰かが誰かのせいにして憎しみ合い闘い始めた。
人々の変貌に、精霊たちの中にはショックで存在が消滅してしまう者までいた。
精霊たちは、人々を愛している。
愛しているからこそ、もう限界だった。
精霊たちは姿を消し、与えた恩恵を奪い、もう関わらないと決めた。
だけど、精霊たちは人を愛していた。
心から愛していたのだ。
こっそり力を与えた。
心優しい者と交流をしてみた。
このくらいの関わりでいい。
深く関わらなければいい。
そうして、現代に至る。
――精霊たちは希望を抱いていた。
――何度も希望を抱いては打ち砕かれてきたが、今なら大丈夫だと考えていた。
精霊たちの願いはひとつ。
人々の隣人ではなく、人として共に在りたい。
――それだけだった。




