間話「エミル殿下は足掻きます」②
「ようやく来たか、エミルよ」
メイドのシューリーに縄で縛られて連行されたエミルを待っていたのは、不機嫌を隠そうとしない母だった。
「母上、ご機嫌麗しゅう」
「麗しゅうない。お前が私を待たせたせいで、次の予定をズラすことになってしまったぞ」
「申し訳ございません。僕のことなどいいので、次のご予定にどうぞ。ささ、ささ!」
「黙れ」
「……はい」
母はレイチェル姉上とエミルに甘い。
とくにエミルにはセドリック兄上から次期国王の座を奪うように口を酸っぱくしていっていた母だが、今は日常が充実しているせいか、放任気味だ。
エミルとしては、王などになってビンビン言う変態になることはごめんだったので、ありがたいことだ。
ぜひセドリックに立派な王になってほしいと思う。
「まず、座れ。シューリー、縄は解かずともよい。逃げる可能性がある」
「はい」
「ちょ、母上!?」
「今まで何度も逃げていたお前を信じておらぬ」
しくしく、と泣き真似をするエミルを無視してシューリーはお茶の支度をする。
コーデリアとエミルの前にティーカップが置かれたが、エミルは手が動かないのでお茶が飲めない。
「どうぞ、殿下」
シューリーが気づきティーカップをエミルの口元へ運んでくれる。
「あっつい! ちょっと!?」
「申し訳ございません。勢い余りました」
「ならば仕方がない。エミル、シューリーを責めるな」
「何も言ってないんですけど!?」
最近、母の自分への扱いが悪い気がする。
「さて、本題だ」
紅茶を飲み、コーデリアが改めてエミルに視線を向けた。
「お前に婚約したいという物好きから山のように書状が届いている」
「母上……さっきから僕への当たりが強くないですか?」
「気のせいだ」
「そうかなぁ」
「気のせいだ」
「はい」
残念ながら息子は母に勝てないのだ。
「お前を物好きにくれてやることは別にいいのだが、一応、それ相応の相手にしないと問題がある」
「いえ、あの」
「陛下と共に吟味した。十人まで絞ったが、個人的には気に入らない点が多い」
「ですから、あの」
「見てくれはいいが、裏で何をしているのかわからない女ばかりだ」
「……母上の偏見では?」
「調べる時間がない。お前が誰か気に入った者がいれば、念入りに調べさせるので安心しろ」
「いえ、ですから! 僕には――」
「想い人がいるなどとほざいたら、私は母親の責任として貴様の股間を潰す」
「なぜ!?」
コーデリアは深々とため息をつく。
「息子の恋心を応援してやりたいが、手紙を送る、プレゼントを送る、愛を囁くならいざ知らず、混浴しようとウォーカー伯爵家に迷惑をかけるような馬鹿息子を放置できん。伯爵家には申し訳ない」
「……そんな、僕の純愛が」
「……そもそも相手にされていないではないか」
「ぐはっ」
「竜とお前では寿命も違う。今回は諦めろ」
「し、しかし、サムお兄様は魔族の方々と」
「……サミュエル・シャイトはあれでいいのだ。彼のおかげでスカイ王国は魔族や竜と交流が進んでいる。愛の女神エヴァンジェリン様もいずれはサミュエルに嫁ぐであろう。あの方々は、寿命の違いを知っても愛を貫くのだ。お前とは違う」
コーデリアも鬼ではない。
叶うことならエミルとメルシーが結ばれることを願わないことはないが、そもそもの話として認識されていないのだから、無理というものだ。
聞けば、メルシーは幼く、その幼い時間はしばらく続くという。
結婚し、子を成し、家庭を築くのは先であろう。
「というわけで、お前の結婚相手だが、選んだ候補たちは気に入らないので却下する」
「は、母上?」
「代わりに、一番のお気に入りをお前の婚約者にしてやろう。正直、お前にはもったいない相手だが、他ならぬ本人がお前でいいと言っているのだ。ありがたく思うといい」
「待ってください、どこのどなたですか! 僕は――」
「黙れ。決定事項だ」
「そ、そんなぁ」
「お前は喜ぶべきだ。お前よりもよほどいい男である騎士から求婚されても断り、お前がいいと言ってくれるのだ。以後、良き夫婦として尽くせ」
母がここまでいうのであれば、父も了承しているのだろう。
まずい、と思う一方で、首もかしげたくなる。
相手は誰だ、と。
「あの、母上……その方のお名前は?」
「――すっかり伝えるのを忘れていた。お前の後ろにいるシューリーだ」
「ほえ?」
「シューリーはイグナーツ公爵家の血を引き、ジュラ公爵家で行儀見習いをした際にイーディスから気に入られて指導を受けた才女だ。できることならもっと良い男に嫁がせてやりたいが、他ならぬシューリーがお前がいいというのでな……正直、息子のお前よりもシューリーのほうが可愛いのだ!」
「ひどい!」
涙が出そうになったエミルの両肩にシューリーが手を置く。
顔を覗かせ、滅多に笑わない彼女が笑った。
「末長くよろしくお願いいたします、エミル様」




