間話「エミル殿下は足掻きます」①
エミル・アイル・スカイ第二王子は、今日も朝から風呂の支度をしてウォーカー伯爵家に向かおうと廊下をスキップしていた。
道中、「懲りねえなぁ、エミル殿下」と呆れる声が響くが、気にしない。
そんなエミルの前に、静かにメイドが立ち塞がった。
「……シューリー?」
「はい。シューリーでございます」
シューリーと呼ばれたメイドは、黒髪の女性だった。
年齢は二十歳を過ぎたくらいだろう。
前髪を揃えた黒い髪は、後ろ髪は長く三つ編みにしている。
銀縁の丸い眼鏡をかけて、眠そうなとろんとした瞳を持つ。
「僕は今からお風呂に入ると言う義務があるのです! どいてください!」
「……もうすでにお風呂を入っていると思うのですが?」
「僕の勝手でしょう!」
「昨晩も念入りに身体を洗っていたのを記憶しています」
「――っ、僕の入浴を覗いていたのですか!」
「……普通にいたじゃないですか。お風呂で事故が起きないように昔から私が見守っていたと思うのですが」
「……まあ、いいでしょう。それで、僕はウォーカー伯爵家にお呼ばれしているのです! 用事がないのであれば、どいてください!」
「コーデリア様がお呼びです」
「お母様が!?」
「はい」
シューリーが首肯したと同時に、エミルは背後を向き全力で走った。
母は最近、エミルに「ウォーカー伯爵に迷惑をかけるな!」「サミュエル・シャイトに面倒をかけるな!」「というか、人様の風呂を借りに行くな!」と口うるさい。
かつては第一王妃フランシスと敵対し、父王の寵愛を得ようとしていた母はもういない。父のビンビンによって腑抜けてしまったのだ。
以前の母ならば、応援してくれたはずだ。
「逃しません」
逃げ出したエミルの眼前に、やはり音もなくシューリーが立っていた。
「コーデリア様はお怒りです。お勉強はきちんとしているとはいえ、暇さえあればウォーカー伯爵家に通ってばかり」
「い、いいじゃないですか! お姉様と義理の兄のところに遊びに行っても!」
「ステラ様は妊娠中です。サミュエル・シャイト宮廷魔法使い様はご多忙と聞いています。――正直、エミル殿下はご迷惑かと」
「言ったな! こっそり気にしていたことを言ったな!」
「しかも、竜のメルシー様に懸想なさっているとお聞きしております。それだけならいいのですが、相手にされていないのにしつこくしているとのことですね」
「あ、相手にされていないなんてことは……」
「メルシー様たちが寒さに弱いのでお風呂にいることをいいことに混浴しようと企み、今日もお風呂セットを持って……はぁ」
「た、ため息ついたな!」
「ついてません」
「嘘つけ!」
大きな声を出すエミルの襟首を、ひょいっ、と摘むとシューリーは片腕で彼をぶら下げたまま運び始める。
「力つよぉ! ちょっと、離してください!」
「駄目です」
「こ、この無表情メイド!」
「コーデリア様はエミル殿下の婚約者選び中です」
「なん、だと」
「こんな殿下に申し込みが多いなんて……よほど同世代に良い男がいないのでしょう。嘆かわしいです」
「おい、待て! ひどくない!?」
「コーデリア様が厳選した者から選びたい放題ですよ」
「いやぁああああああああああああああああああああ!」




