92「使徒の予感です」
「少年」はまっくろな世界にいた。
泥のようななにかに横たわり、ゆっくりと自分が沈んでいくのを他人事のように感じていた。
なにも感じない。
なにも見えない。
ただ、どろのようなものが引き込もうとしているのだけがわかる。
「少年」は抵抗しない。
否、抵抗する気がない。
「少年」は、「生前」恐怖を抱えて死んだ。
人をも弄んだ報いではあるが、「少年」にとっては発狂するほどの思いだった。
しかし、「少年」がされたことは、「少年」がしたことに対して些細なことだった。
「少年」は人を弄び、尊厳を踏み躙り、命を奪った。
ただ復讐されただけ。
もし「少年」が善良ならば、そもそもなにもされることはなかった。
「―――――――――――」
どこかから声がした。
もう何年も声を聞いていないはずなのに。
いや、まだ数日か、もっと長いのか、黒しかない世界は時間感覚がない。
時間さえないように思える。
死者である「少年」は脈もない。
息もしない。
暗闇と沈黙に包まれているだけの世界だった。
「―――――――――」
しかし、再び声がした。
聞き覚えのない声だ。
だが、どこか、懐かしく温かい。
「――――――――」
声は「少年」に言葉を紡ぐ。
言葉の内容は、心を壊しかけた「少年」の興味をそそるには十分だった。
声は「少年」に言葉を重ねる。
耳障りのよい声で、甘い言葉を囁いた。
「少年」の目に、生気が宿った。
「――――――――――」
声に従い、「少年」はゆっくり身体を起こす。
泥が「少年」を逃さないと絡みつくも、力づくに逃れていく。
「―――――――――」
立ち上がった「少年」は声に頷いた。
これからすべきことを理解し、唇を釣り上げる。
「――――――――」
「声」が響くと、世界に光が生まれた。
泥が逃げるように消え、闇が祓われた。
「少年」は黒髪の、まだ幼さを残す十代の少年だった。
どこにでもいるような男子だが、特徴的なのは片目が潰れていることだ。
鋭利な刃物で力ずくで斬られたような、痛々しい痕がある。
その顔には醜悪な笑みが浮かんでいる。
「―――――――――」
声がまた響いだ。
「…………うん。わかった。わかったよ。こんな世界どうだっていいよ」
「少年」が頷く。
声の要望を全て受け入れたのだ。
すると、「少年」に凄まじい力が宿る。
「――ひひ」
「少年」はその身に宿る力に感動と興奮を覚えた。
これだけの力があれば、なんでもできる。
――復讐だ。
「復讐してやる、絶対に殺して、犯して、後悔させてやる!」
「少年」――葉山勇人は嗤った。




